カナエの星

1 点火済みの爆弾 ⑥

(学校の話程度のソースを頼りに、あの先輩が何ヶ月もきゆう校舎を巡るだろうか?)


 彼女は『扉』についての情報をでんぶんっぽくしていたが、げんどうには「な物を探している」というブレが感じられない。まるで情報は正確と分かっている……もっと言えば、本物の『扉』を知っている、といった風情ふぜいだった。全く以て、鹿げたすいそくだが。

 そもそも、てんこうした友人とれんらくを取りたいのなら、もっと他にやりようがあるだろう。なにもこんな話に頼る必要などない。理由がある、と彼女は言っていたが……。


なおらいやつは、いったいどこまで分かって付き合っているのやら)


 数年来の友人というにも、直会カナエという少年のこうの底は計り難い。吞気のんきものに見えながら異常に鋭いところもあるし、逆に理解していて当然と思っていたところが抜けていたりする。しかも、そのいずれなのかは、行動に出て初めてはんめいするようである。


(まったく『てんみのばくだん』とはよく言ったものだ)


 浮かべたしように、答えの出ないあんを打ち切って、作業に戻る。


「ん……?」


 と、その一歩目で気付いて、里久は立ち止まった。

 長々思案していたというのに、が廊下に出てこない。教室のてんけんは、さほど時間のかかる作業ではない。真剣に励んでいるとしても、すで姿すがたを現してしかるべきころいだった。


(おかしいな)


 思ってから、


(というより、変だ)


 胸の中にいやな予感がふくれあがった。思わずけ出す。


いちじよう!」


 廊下をさかのぼってとなりの教室の中、開いたままの扉の奥に、見つけた。

 床に倒れ伏している、摩芙の姿を。

 走り寄った里久は、抱き起こそうとして、危うく思いとどまった。

 そのおさなはくせきれいようは、今にも消え果てそうなほどにせいを失っている。

 火がいたように動くカナエとたいしよう的に、里久は努めて自分を冷たく静め、倒れる少女をゆっくりと、あおけに転がした。体を揺すらず、ただ声だけをかける。


「一条、聞こえるか」


 返事はない。顔色が、じんじようでなく悪かった。


ていけつあつなくらいで、とくだんの病気はわずらっていなかったはずだが)


 ここまで摩芙の調子が悪くなったところを、里久は初めて見る。どうすればいいのか、と考えてようやく、へいぼんながら最善の方法──だれよりも彼女をづかう直会カナエに急報する──に思い至った。ポケットからけいたいを取り出す。

 と、そのときようやく、


だいじようだよ、里久ちゃん」


 くちびるかすかに動いて、れそうないきに声を混ぜた。

 しかし、と言いかけた里久に、


「違うの」


 はか細くも鋭い声をかぶせる。


「病気とかじゃ、ない」


 心配を打ち消すように、微笑すらして見せた。その言う通り、あせこそかいているものの、見つけたときよりいくぶんか、顔色を取り戻している。いままどに、


「ただ、ビックリしただけ」


 言って、胸の前で小さな手を握りめた。

 少女にできる限りの強さで、けんめいに。





 手を強く握ることで、少女は懸命に、追い払おうとする。

 とうとつな呼びかけ、知らされた事実、二つのしようげきいんを。


(ああ──今日きよう、ここで、だったんだ)


 ついに来てしまったことに、あきらめたような悲しみがあって、

 やっとこうなったことに、うれしいような切なさがあった。



 ふと、がカナエの目に入った。

 何気なく視線を振り向けた、すぐかたわらに。

 今まで見えていなかった物が、こつぜんと現れていた。


(──)


 手梓たずさと並んで渡り廊下を帰る、ちゆう

 行きに降りてきた短い階段。

 その、板張りの壁。


(──あれっ?)


 ようこうに白く焼けたがいへきとは逆に、物陰で黒ずみ乾いたないへきの、どなか

 最初はおおまどが開いているのかとさつかくしたが、そんなものはおくにない。

 そもそも、心持ち傾いた長方形の大窓など、あるわけがなかった。


(窓じゃなくて)


 ようしろな、板張り。

 それがよこに、現れていた。

 気付けば、ノブも付いている。


とびら、だな)


 とうとつなそれのしようたいなつとくした。

 納得して、視線を前に戻そうとした。

 戻そうとして、ギョッとなり、見返した。


(扉!?)


 手梓の言葉がせんめいよみがえる。


(──「階段わきの壁に傾いた形で現れる、真っ白い木の扉」──)


 一つ一つ、かくにんした。

 ここは階段脇の壁である。

 傾いた形で、現れた。

 真っ白い、木の扉である。


(見つ、けた)


 かい的ににんしきしてから、


(見つけた!!)


 感情が追いついてきた。


(これ、が──『ことづてようせいの扉』だ!!)


 カナエの身がげきはつし、

 いつものように、すんでの道を辿たどって、

 手梓に呼びかけ、見つけた物をゆびそうとして、


「先ぱ──」


 失敗した。

 というより、じやされた。

 せいふくそでが、なにかに引っかかっていた。


くぎ!?)


 今までない経験にあわを食うカナエが、手元のそれを目に留めた。

 なんということのない、頭を少し出した一本の釘だった。

 他ならぬ『ことづてようせいとびら』から出ていた、それ。


(う、わ)


 引っかかりを支点に、そうていがいの形で、体が振り回される。

 手梓たずさに教えようとした勢いはそのままに、異なった方向へと。

 たたき付けるような勢いで体が向かったのは、手梓ではなく、『扉』。


(──)


 そして、また突然、それがカナエの目に入る。

 しろいそれの上部、のぞき穴の場所に輝いている、もんしよう

 どんかくを下に向けた平べったいとうへん三角形と、中心にある多重の半円。


(──  ──)


 カナエはそれを、こう、感じた。




(──半開きの、目──?)




 感じたしゆんかん、扉にげきとつした。

 が、しようげきはなく、痛みもない……とあくしたたん

 かいの全てが消え去って、まっしぐらに、落ちた。


「    ──っぁぁああああああああああああああああああああああああああ    !?」


 たまらず、カナエは大きく開けた口から、きようぜつきようあふれさせていた。初めて感じるもうれつらつそくの感覚、全身をたたそうぜつな空気の圧力が、叫ぶ声すらぶち切ろうとする。それでもカナエは、絶叫という自分に残された最後の行為を、息が切れるまで続けた。

 その何十秒、あるいは何秒かを突き抜けて、


「あ」


 しゆうちやくてん呆気あつけなく、まぶしさとともに訪れた。

 ぼいん、というけなかんしよくが、ほんの半秒前までの落下を打ち消す。

 緩く低く跳ねて、カナエはだいに放り出された。いくらかのいんが、その体を中心としたもんになって、どこまでもどこまでも、さいげんなくの表面を広がっていく。

 ぜつきよう名残なごりとして、ぽかん、とおおぐちを開けたまま、カナエはかいを埋め尽くす一つ色をながめていた。正確には、眺められるものはなにもない。さっきまで夕暮れ前だったはずの空が、み切った青となって、どこまでも果てしなく続いていた。荒いいきづかいを自覚していなければ、これこそ死のせいじやくだと思ったに違いない。

 やがて、たっぷり時間をかけて息を整えたカナエは、こうするゆうを得る。


「どう、なったんだ?」


 そのあいまいな、いきのようにれた問いに、


に、降って来たんだよ」


 可笑おかしげな声で、曖昧な答えが返ってきた。


「っ!?」


 きゆうげきしきが覚めて、勢いよくはんしんを起こす。起こして、その姿勢のまま固まった。せっかく取り戻した思考が、また飛びそうになる。ならざるを得なかった。

 カナエの眼前に、星が広がっている。

 夜空に輝く光としての、星ではない。足を着けて立つだいとしての星が、見渡す一面にへいせんを緩やかに描いて、広がっていた。その全ては、土ではない。しずくのような薄い白と、えたみずうみのように淡い青で、奥底の彼方かなたしんかくす、きよだいかたまりだった。

 それら空と星、

 在り得ないこうけいの中間に、

 かろうじて理解可能な形のものが一つ、

 というより一人、ほおづえ突いて、ちゆうに座っていた。

 薄いワンピースを着た、カナエよりやや年上と見える、かみの長い少女だった。れんといっていいようぼうに、悪戯いたずらっぽいみが不可分の力として宿っている。その笑みが、


「やーっと、見つけてくれたんだね」


 まるで欠片かけらを振りくように、明るい声としてこぼれた。

 そうして少女は、スッキリと短く、


「こんにちは。私の名前は『せいへいせんのそよぎ』──」


 あいしようを付けて、自分の名を告げる。


「そよぎ、でいいよ」