カナエの星

1 点火済みの爆弾 ⑤


 カナエが言って、ようやっと四人は、まず点検、のちたんさくの作業に取りかかった。

 この木造校舎は、いつ直線の廊下、連なる教室、ひだりはしに階段、という単純な作りである(昔の建物ではトイレべつむねが常らしい)。てんじようからり下がる黒いかさにはでんきゆうすら入っていないが、カーテンのない窓から差し込む午後のようこうだけでも、もく点検には十分な明るさがあった。

 一人一教室ずつ順番に入って、点検はとどこおりなく進んでゆく。


「面白そうなものは見当たらないな。というか、こくばんまでないんだ」

せんぱいの落ち度になるから、点検の方もサボるなよ」


 どこかけんぶつ気分なカナエを、里久が注意し、


「こっち、なにもなかったよ」

「木造ってのはがいにしっかりしてるからな」


 真面目まじめがん、手慣れたようの手梓が、未記入の書類を手に出てくる。

 実際、十年たんほうされていたにしては、校舎の傷みは少ない。普段の学校生活で見ることのない、からっぽの教室というこうけいは、彼らに意外な開放感とそうかいかんを与えていた。

 廊下のはしまで点検し終わると、手梓はいよいよと三人をうながす。


「じゃあ、階段に取りかかろうか」


 彼女にとっての本番、二階までの階段ホールを、四人がかりで壁から床から裏側から、上りつつ探して回る……が、やはりこちらも同じく、なにも見つからない。もっとも、いきなり成果が──『扉』そのものでないにせよ、なにか変わった物が──あるとはだれも思っていなかった。始まったばかりで飽きが来ていないこともあり、特に不満もかない。

 そんな四人が、二階でも同様の作業を終えて上がった三階で、いきなり出くわす。


「あれ?」


 カナエがまどいの声をらし、かんを共にしたが再び降りて、下とながめを見比べた。


「……?」


 目にしたものの意味がみ込めないも、小首をかしげる。

 三階、階段ホールの奥行きだけが、ちがいやの範囲を明らかに超えるほど、増していた。二階にはなかったはずの奥行きと、先で折れ曲がる通路まで見えている。他の部分が全く同じな分、違和感はより大きく感じられた。

 三人は、もしかして早々にの一角を探し当てたのか、という期待を込めてらいにんを見たが、その手梓たずさは動じたようもなく、しようして肩をすくめる。


「残念だけど、がくいんじゃ良くある形式だな」


 説明の意味が分からない三人に、広がっている奥を指さして見せる。


「校舎うらが切り立った斜面で、三階部分がその斜面の上に張り出してるんだよ。たぶん、この通路の先は、別の校舎につながってるはずだ」


 そのすいそく通り、校舎は低いがけを背にして建っており、階段ホールだけが奥側に廊下を張り出させていた。この部分は後付けで、学院の無計画な校舎増設の典型と言える様式である。手梓は数ヶ月のてんけんたんさくで、似たような場所を上下そうほうから辿たどったことがあるのだった。


「ふぅむ……」


 発見のしゆんかん、自分でも予想外なほどこうふんしていたことに、里久はちよういきらし、


「なんだ。せっかく、それっぽい手がかりをつかんだと思ったのに」


 逆に、真剣かつ大いに残念がるカナエを、摩芙が辿たどたどしくも必死になぐさめる。


「カナちゃん、これから見つかるよ、きっと」

「ん、ありがと」


 その肩を軽くたたくと、カナエは不思議の名残なごりを惜しむように、奥へと歩み入った。

 なるほど手梓の言う通り、階段ホールがそのまま廊下として、長く延びている。いかにも後付けらしく、増築した部分からは床も壁もねんの度合いが違って見えた。

 階段のたもとに残っていた里久が、かたわらにたずねる。


せんぱい、あっちの奥もやるんですか?」

「そうだな、とりあえずかぎが開いていれば足を伸ばすことになるけど……」


 少し考えた手梓は、カナエに何らかの糸口を発見してもらう、という本来の目的にかんがみて、まったくじようしき的なはんだんを下した。二人に言い置いて、奥に向かう。


「私たちで先に、奥を確かめてこよう。そっちはいちじようと、三階の教室の点検を頼む」

「分かりました」

「あっ……」


 そのじようしき的なはんだんを許容できると、できないが、後に残された。


「どうせなにもないし、できないさ。行こう」

「うぅ~」


 ゆうゆううながし、うなってしぶしぶ、取りかかる二人を背に、カナエと手梓たずさは廊下のかどを曲がる。


「ここにも下り階段が」

「斜面上の高さに合わせてるんだろう」


 なんということもない言葉を交わして、奥に進む。渡り廊下の窓から手梓の言った通り、一段上のがけに二階建ての別校舎が見えてきた。十メートルも歩かない内に廊下は終わり、新たな入り口、今度は洋式の一枚とびらが前に現れる。

 カナエは、くすんだおうどうのノブをひねって確かめてみた。


「あ、開きますよ」

「こっちも初めて見る校舎だな……今日きよう中にやるのはそうだ。もう日も傾いてきたし、向こうの三階を調べたら、今日は引き上げよう」


 中をのぞきながら言った手梓は、少年のげんな顔に気付き、笑って説明する。


「ほら、ここ電気がかないからさ」

「ああ」


 言われて気付いたカナエはてんじようでんきゆうの入っていないでんとうがさを見上げた。

 夜は明かりが点いて当然、と彼が思っていたことを、手梓は鹿にしない。先の笑いは、自分もそうだった、と思い出したからである。


「私も一度、それに気付かなくて、けいたいの明かりを頼りに帰るになったことがあってさ。でんげん切れになるならないでヒヤヒヤしたよ」


 そのせいで、以前は緩かったきゆう校舎への立ち入りが、教員立ち会いひつになった、という裏事情は伏せておく。人のことをとやかく言えた立場じゃないな、と笑いににがさが混じった。

 カナエの方は、扉を閉め直し、気軽に笑い返す。


「外の天気によってはそうなんですね」


 がくいんの校舎は斜面をおおうつそうとした森の中にあるので、これはあながちじようだんでもない……のだが、そんなことよりも手梓は、彼のいつもの気軽さに、続きを、ふと待っていた。


「……」

「なんです?」

「……いや。とりあえず、こっちは後回しだ」


 なにかリアクションが欲しかった、ということなのか。自分のみような行為と、わずかな残念さがきようちゆういたことへのあせりをかくすため、手梓はきびすを返した。

 二人は渡り廊下を戻ってゆく。


「おまえやひのはらなら、そうなってもなんとかするだろうな。危ないのはいちじようくらいか」

「そのときは助けますよ、ちゃんと」


 ひようひようと言ってのける姿すがたが、実にさまになっていてにくらしい。


「まずがくいんの方にいつぽう入れてからにしろよ」


 にくっぽく返した──これにもリアクションは、少なくとも表面上はなかった──手梓たずさは、カナエとの、共にいて当然というこうけいを思い浮かべた。じんのない状況も手伝って、ふといた疑問を投げかけてみる。


「そういえば、一条とはいつもいつしよだな。なにか理由があるのか」

「まあ、色々と事情が。だいな妹ですよ」


 、とすら付けない。

 色々な事情とやらを詳しくき直すより、そっちの方が気になった手梓は、


(こいつ相手だと、かどうかすら分からないんじゃないか?)


 健気けなげに付いて回っている少女のことが、少しどくになった。



 に深々と腰掛けたそれは、みやくどうを感じ取った。

 かすれるほどに小さな、始まりの一打ちを、確かに。


「   ……   」


 あごかすか上げることで、ぼくひざもとへと呼び寄せ、

 同時に自らが外に伸ばした手の先に、感覚をやる。



 三階教室を調べている他方、二つ目のてんけんを終えたが、廊下に現れた。


なおらいじゃないが、そうそう変わったものは見つからないな)


 思いつつ、廊下の奥、階段ホールの方を、軽く見やってかくにんする。


(まだ二人は戻っていない、か)


 そこからしきが、当初より抱いていたあんに流れた。


(どうも、せんぱいの話はみようだな)


 彼はじようしき的な人間として『とびら』が実在するとは思っていないので、この思案は、わくではない。やまのべ手梓に対する常の信用をていとした、しんだった。