カナエの星

1 点火済みの爆弾 ④

 摩芙も、カナエの陰からペコリとおをした。


「まあ、そりゃそうだが……」


 手梓はあいまいに返しつつ、丸めた書類らしきものを手先でもてあそぶ。


「二人の方が良かったですか?」


 カナエに明けけに問われて、手梓は気まずそうにまゆひそめ、さらにはほおを赤らめた。

 そのないさまに反応した摩芙が、カナエの袖をつかむ手に、より力を込める。ついには、


「う~」


 とねこのようにうなってかくし始めた。

 どう受け取られたかに気付いた手梓は、手を振ってべんかいする。


「ち、違う。いや、違わないんだが、そういうのじゃなくてだな。できれば二人だけの方が、その……あまりずかしくなかった、というか」

「うぅ~」


 うなりが涙声になった。


「だから、そうじゃないんだって!」

「落ち着け、いちじよう


 いいげん見かねたが、きゆうしたせんぱいに助け船を出す。


「もしかして、校舎のてんけんというのはこうじつで、おれたちがいては言いにくいことをなおらいに相談したかった、ということでは」

「そう、それだ!」


 思わず手梓たずさは、丸めた書類で指していた。

 解答が出ても、カナエはのう天気にたずねる。


「なら、教室で言ってくれれば良かったのに」

「だから、あの場じゃ口に出し難かったことだと言っているんだ。我々は帰りますか?」

「ん──」


 ていあんした里久に、手梓は同意しかけて、


(二人だけ先に帰ったら、たちばな先生にもかいをされないだろうか)


 すぐ、そとづらを取りつくろうことを考えていた。そんな自分に覚えたけん、さらには今さらかくすためにグダグダ動くことへの反発から、首を振る。


「──いや、点検もそれ以外も、ひとがあると助かるのは事実だな。せっかくだから、おまえたちにも手伝ってもらおう」


 ただし本題は、里久が察したように、言い難い。


「それで、その相談なんだが……笑わないで、聞いてくれ」


 先ほど顔が赤くなったのは、恥ずかしさが理由には違いなかったのだが、それは摩芙がけいかいしたような、カナエに対するどうこうの感情ではなかった。


「つまり、いつしよに、探して欲しいんだ」

「探す?」


 鸚鵡おうむ返ししたカナエからも、目をらす。

 理由は、まさに、まったく、ないからだった。


「ああ、きゆう校舎のどこかにあるはずの……『ことづてようせいとびら』を」


 音になった言葉の、あまりにメルヘンチックなひびきに、聞かされた三人はぽかんとなり、口にした手梓は耳までになった。



 ほおづえを突いて座っていた少女は、微睡まどろみから覚めた。

 寝ぼけた顔を、正面のくうに、ゆっくり振り向ける。


「おや、まさか……」


 遅いのか早いのか、ここにいると時間の感覚もない。

 それでも、ついに来る者が来たという、喜びがあった。



 がくいんささやかれている話の一つ──『ことづてようせいとびら』。


「あー、その話、聞いたことあります」


 てんけん作業に使う書類を受け取りながら、カナエが言った。

 同じく受け取るも、あごを引くようにうなずく。


「たしか……『きゆう校舎のどこかに、彷徨さまよい歩く扉がある。その向こうに住んでいる妖精に願えば、会えなくなった友達に、言えなかったことを伝えられる』……だったか」


 二人とも、あまりにも現実がなさ過ぎて反応に困っているふうだった。

 手梓たずさいまだにな顔で、最後の一人にも書類を渡しつつぶっきらぼうに言い、


「そうだよ」


 受け取ったの方は、真面目まじめな顔でつぶやく。


「あと、『妖精のげんが良ければ、友達に会うこともできる』って……」


 いくらかのバリエーションこそあれ、それ以上に詳しい内容も聞かない、ただのうわさ。古い校舎群のあることからいて出た、無数のばなしの一つ。かいだんほどにインパクトもない、おおぎようみつなぞほどのきゆうりよくもない、せいぜいが『おまじない』程度のそれを、しかしほんで、いつしよに探して欲しい、ということらしい。

 手梓は書類を渡し終えると、三人に背を向ける。かみはしから赤い耳だけがのぞいていた。


「冬の終わりごろてんこうしていった友達がいたんだ。理由があって、そのれんらくさきだれにも聞けなくて……でも、どうしてももう一度会って、話がしたくてさ」


 与太話と分かってなおけている真剣なこわいろに、カナエは気付いたことをたずねてみる。


「もしかして、ずっと旧校舎をてんけんしてたってのは」

「まあ、そんなところだ」


 手梓は言葉をみように濁してから、すように手を振った。


「このこと、誰にも言わないでくれよ。どれだけ夢みたいな話してるかって、自分でも分かってるからさ。友達がいなくなって落ち込んでる、ってのもがらじゃないし……」


 知らず『周りに頼られる自分』を外から見た形で言いつつ、今さらのかくにんをする。


「手伝って、くれるか?」


 そのけんめいさをみ取ったのか、あるいはそうでなくとも同じ反応だったのか、


「離ればなれになった友達と話がしたい、ってことですよね? いいですよ」


 まず、カナエがかいだくした。相談した側にとってはひようけするような、あるいは頼もしいような、いつでもどうぞ、という気安さで。

 他の二人も同じくうなずく。


「うん」

「まあ、いちじようも我々も、せんぱいにはになっていますから」


 カナエは含みのある友人の発言を聞き流して、もう一度たずねる。


「それより、先輩」

「ん?」

「その『とびら』って、とくちようとかあるんでしたっけ。そういうの、詳しくなくて」


 手梓たずさは振り向いた。しげしげとカナエの顔を見る。


「……」

「なんです?」

「……いや」


 目当ての『扉』は、じようしき的に考えて、と付けるまでもなく信じる方がどうかしているうわさばなしでしかない。それが分かっていたからこそ、彼女は思いもよらないことをするカナエの手を借りたのである。鹿にされることもかくした上で事情を話し、とにかくてんけん作業をいつしよに行ってもらい、その中で探し当てるための糸口だけでもつかみたい──程度の考えだった。


(なのに、まさか、ここまでまともに取り合ってくれるなんて)


 とくな三人に対して、手梓はまどい以上の心苦しさを覚えずにはいられない。


(にしても)


 とりわけ奇特な、なおらいカナエという少年を見つめる。

 おひとしが仕方なく付き合っているようは見えない(カナエに付き合っている二人の方はこれである)。といって、考えなしに引き受けているけいはくさも感じられない。どころか逆に『他人にはこんきようかがい知れない確信から来る、平然たるそくとう』に見え、感じられる。

 それこそ、根拠のないさつかくかもしれなかった。

 が、それでも手梓は、告げておきたくなった。


「階段わきの壁に、傾いた形で現れる、しろい木の扉──」


 を。ただし、


「──だ、そうだ」


 まるで自分の方こそが信じていない、とわけするかのような、あいまいな言葉を付け加えて。

 カナエは、それら揺れるないしんには気を払わず、やはり平然と返した。


「分かりました」


 続いてが、こっちは現実の作業の方を、たんたんかくにんする。


「ところで、校舎の点検って、どうやればいいんですか」

「ん、ああ」


 これもそとづらを取りつくろう性格の一部なのか、と手梓たずさは自覚しながら、しっかりした問いに、しっかりした答えを返し、


おお人数は初めてだから、そうだな……」


 その陰で心を平静に戻してゆく。


「まず一階分を皆で手分けしててんけんして、次の階に移るときに階段を皆でくまなく探す、ってやり方でいこう」

「分かりました。その点検というのは、素人しろうとが見て分かるものですか」


 うなずき、さらに作業の要点をたずね直した。彼は、この作業を校舎の点検以上には考えていないらしい(まあ、それが当然の反応なのだが)。

 手梓もしよくはつされるように常のかんろくを取り戻し、てきぱきとしてゆく。


「古いもくぞうだし、あまりやひどいたみは、見れば分かる。ガラス窓は穴じゃなくひび程度なら報告しなくてもいい。かぎは入り口以外全部開いてるはずだけど、もし閉まってる所があったら、用紙にメモしておいて。それ以外にメモするときも、ひようさつにある教室番号の記入を忘れるなよ」

「りょーかいです」