カナエの星

1 点火済みの爆弾 ③

 色々と分かってなさ気な彼への答えは、歯切れが悪い。ちゆうする周りへの体面を守りつつ、みじかに済ませたかったためしようりやくしていた目的、あるいはたてまえを口にする。


ほうきゆう校舎のてんけんだ」



 ただ単に、下校前になおらいカナエと話せれば、と思っただけだった。

 なのに、どうしてこう、ちゆうもくされたり騒がれたりするのか。


(まあ、ちゆうとうの校門前で待っていたら、もっとめんどうなことになってたはずだから)


 そう考えることで、自分の選択をなつとくの方向へと引きずってゆく。

 いつもいつも周りは騒ぎ過ぎると思う。こんなことでは全く……。



 多柏たかえがくいんの持つ大きなとくちようの一つは、ぼんの北側斜面を占める(生徒らは『に』と付ける)広大なしきに点在する校舎ぐんである。斜面を下る坂道を挟んでうつそうと広がる森のあい合間に、その古びたもくぞう数多あまた、海に浮かぶとうしよのようにのぞかせている。

 かつて、生徒や学科の増加に応じて無計画に拡張ぞうちくされたせいで、そくに折れ曲がる渡り廊下、今やようも不明となったしよ等で結ばれた全体は、ほとんめいと化していた。中には文化ざい指定を受けてもおかしくないようかんも混じっており、そちらは適切な管理の下、学院のけんを内外に示す舞台そうとして利用されているが、大半は生徒の減少するごと、奥からじゆんりにへいされている。より身もふたもなく表現すると、ほぼほうされている。

 ひとまとめに『きゆう校舎群』と呼ばれる、これら閉鎖・放置区域の全容をあくしている者は、学生はおろかふるかぶきようにすらかい。近年ややのかいそうを受けたげんよう校舎周辺区域のほかは、しんりよくの底に長大な身をうずくまらせる、通る者とてない近代のせきだった。

 今、

 その現用校舎と旧校舎群のきようかいに当たる渡り廊下に、のんびり歩く四つのひとかげがあった。夕暮れまでいささかの時を余した、明るい春のほうは、長閑のどかさにいちまつの陰をぎらせている。古びた木造通路のながめにも、それらはうら寂しさとうす悪さの色味で表れていた。


「ふうん、やまのべさんのお手伝い、か」


 せんとういぶかしげに言う二十代なかばの美人は、たちばなあい

 ちゆうとうの社会科きようで、なおらいカナエのたんにんである。学校に数人いるりようまい教員で、りようかんも務めている。この接点の多さはぐうぜんではなく、同じ寮住まいという関係から、非公式に危険人物のおつけやくに任じられている……ともつぱらのうわさだった。本人はしんただされる度に引きった笑いでしているが、仮にそれが事実だったとして、果たせているかははなはあやしい。


「よりにもよって直会君を、てんけん作業に、ねえ」


 後ろに続く三人、よく知る寮住まいの生徒たちに、彼女は視線をやる。


「山辺さんの仕切りなら問題は起きないと思うけど、なんだかこわぃわぁっ!?」

「っと!」


 古い床板にうわきを引っかけつんのめった逢の腕を、カナエが素早くつかんで引き留めた。


「あ、ありがとう」

「いいってことです」


 このように、お目付役の方が助けられる場面ばかりなのである。事実がどうであれ、逢の役目は仕出かすをすること、と周りから受け取られていた。


「カナちゃん」


 腕を引いて助け起こす、それ以上に触れ合わせないタイミングで、なぜか付いてきているが小さく、自分の方に引き寄せるように、カナエのそでつかむ。


「はいはい」


 甘えんぼうの少女に笑って答え、カナエも手を離した。あいの肩越しに、行く先を見て言う。


「摩芙は先に帰っててもよかったんだぞ。『廊下向こうのうわさ』は、しよとうにもあるんだろ?」

「うん……」


 摩芙は小さくうなずきつつも、袖を握る手に力を入れた。

 渡り廊下の奥に広がるがくいんきゆう校舎は、人が寄りつかない寂れたもくぞうの建物、という絶好の条件から、生徒らによって数多くの噂の題材となっている。かいだんから話、ミステリに歴史SFまで、だれもが息をむ真に迫ったものから、しつしようされる程度にちんなものまで、その種類やえはさまざま。全体の傾向としてはろん、怖い方向にかたよっている。

 摩芙のように気の弱い少女には、かなりこくな同行のはずだったが、常のごとしよとうの校門前で待ち合わせていた彼女にけいたいれんらくした結果、になっている。


「……でも、行く」


 そのけんめいように、ごく当たり前に付いてきているが、


「やることがあまりと窓ガラスのてんけん程度なら、いちじようでもだいじようだろう」


 これも常の如く平静な声でフォローした。ついでと疑問を付け足す。


「それで、当のせんぱいはどうしたんだ」

「点検にる書類を、しよに取りに行ってる。入り口のかぎを開けて待っててくれ、ってさ」


 袖を摑んだままの摩芙を振り払わないよう気を付けながら、カナエは答えた。

 逢は床に注意しながら、はん的なりようちようめる。


やまのべさん、去年から点検と簡単な見取り図作りを自主的にやってくれてるの。今向かってる所は初めてだけど、全体だとけつこうな面積になってるんじゃないかしら。業者に頼んだら費用もかかるし、こう見えて先生たちもいそがしいから助かってるのよね」

「ははあ、はいきよマニアってやつですか」


 カナエが適当なことを言ってたんにんたんそくさせる間に、渡り廊下が終点になった。

 ごついなんきんじようじようされた引き戸が、前に立ちはだかっている。地面をこうする渡り廊下をよこばらに突き刺す、ロビーすらない三階建て木造校舎の入り口だった。校舎の全体は、そうしよく性に乏しくがいへきいろせた、ふうしつじつごうけんの様式である。


「んー、9の125の……2、と」


 逢は、りようかんの習慣として腰のカラビナに結わえていたかぎたばを外すと、南京錠に刻まれたものと同じ番号の鍵でかいじようした。


「なにもなければいいけどな」

「おまえが言うと、そうなりそうにから止めろ」


 ぬけぬけと言うカナエとたしなめる、二人を余所よそに、あいはあっさり引き戸を開けて、ほこりも立たないくうきよな廊下(入り口は廊下の壁にぞうに設けられていた)の左右を見渡す。


「はい、かくにんと。かぎめも私が立ち会わなきゃいけないから、帰るときはけいたいれんらくしてね。まあ、やまのべさんがいるから、わざわざ言うまでもないと思うけど」

「りょーかいです」


 カナエの緩い返答にも、


「ちゃんと周りに気を付けて、危ないことはしないようにね」


 まるでしよとうに言い聞かせるようにねんししつつ、渡り廊下を引き返していった。

 その背中を見送る間もわずか、


「じゃ、行こうか」

「うん」


 カナエはが握るそでを、軽く引く。

 三人は古い建物独特の、どこか人をくつろがせるもつこうの中へ、ずいと乗り込んだ。

 左右、夕方前の白っぽい光に照らされた廊下は、時代がかったかんな様式も手伝って、ちゆうもくあたいするような物は見当たらない。せいぜいが、彼らには読めない英語以外の、字体までざつひようさつらしきふだが、そこここに打ち付けてある程度。きようのない人間にとっては、古びた校舎、という風景を形作る部品でしかなかった。

 そんな、特段のげきもないことにひようけする、あるいはあんする背中に、


「ん? なおらいだけじゃないのか」


 入り口、遅れてやってきた手梓たずさが声をかけた。

 カナエと里久が軽くしやくする。


「どうも」

ひとが多い方がはかどるかと思ったので」