カナエの星

1 点火済みの爆弾 ②

 摩芙は肩掛けかばんを渡すと、づかいの言葉をぎ早にかける。


「カナちゃん、前はここでねことか助けてた」

「そうだっけ」

「その前はおばあさんのかごだった。危ないよ」

「ごめん、つい」


 とぼけた返事しかさない少年に、なおもせつせつと訴え続けた。

 手梓も睨む少年・なおらいカナエに、今二つ三つこたえたようがないのは、悪いことをした自覚がないためである。結果だけを見れば、良かった、と言える──のだが、同様のとつぱつたいたびたび直面させられる側としては、正直たまったものではない──


(実際、直会には『なんとかできる』ってふんがあるからな……って、いかんいかん)


 危うくなつとくしかけた手梓は首を振って、その結果オーライな考えを振り落とした。

 逆に、彼のてつぽうに長年付き合ってなお、あるいは長年付き合ったからこそ、その程度しか求められない、としようしながら訴えるに、心の底から同情する。


(一番ぢかいちじようが、一番のがいしや、か)


 思って、せめての助けと建設的な方向へ、彼らを動かす。


「もういいから行くぞ、こくする」

「はいー」

「はい……」


 めいあん分かれた返答とともに、三人はようやく登校のについた。手梓たずさが先に立ち、カナエが後に続き、摩芙がそのそでつかむ形で──と、その一歩目を大きく出したカナエが、せんとうに並んで再び、しようちゆうに残されていた物を差し出す。


せんぱい、本当に──」

「……」


 手梓は、躊躇ためらいをおもてに表して、差し出されたものを見た。

 持っていてもようがない、もう捨てよう、と思いつつも踏ん切れず、ポケットに入れっぱなしにして、いつしか指先に遊ばせるのがくせになっていた──落とし物を。

 それを道路に落とした、と気付いたしゆんかん、自分でもがいなほど激しく波立った気持ちに、まるでこたえたかのように飛び出し、拾い上げてくれた──なおらいカナエにも。


(思いもよらないことをしでかす、なんとかできるふんのあるやつ、か……)


 流したもろもろの思いが結びつき、とある感覚で胸の内を押し始める。

 その心の力を先触れるように、おれいの言葉が、自然とれていた。


「……ありがとう」


 ようやくを受け取った彼女の、胸の内を押す心の力。


(もしかして、こいつなら)


 それは、淡い期待。



 授業を受けつつ、カナエは朝の出来事を薄ぼんやりとはんすうしていた。

 危ないから止めろ、という周りの言い分は、たぶん正しいのだろう。


(でも、やらないではいられなかったんだよ)


 居眠りをするまで、いつもと同じ答えを、自分自身へと返していた。

 そして恐らく、次に同じことがあっても、やっぱり同じように──。



 多柏たかえがくいんは、めい初期に開かれたかんせいでんしゆうじよぜんしんとする、県内くつの名門校である。そのがくせいいつかんのエスカレーター式で、高校・中学校・小学校・ようえんに当たる、こうとうちゆうとうしよとうようねんの全てを合わせて『がくいん』と称されている。

 浅いばちのようなぼんの底へと降りる坂道沿いに、上から高・中・初・幼、それぞれが校門を連ねており、なおらいカナエやいちじようやまのべ手梓たずさらの住まう学生りようこうようかん]は坂道の一番底、Tとして左右に分かれる突き当たりの正面にきよを構えていた。つまり、彼らりようせいおのおのの学校に文字通り登下校のぼりおりする、というわけである。

 カナエの通う中等部は、坂のちゆうふくにある。

 校舎は、古いもくぞうに多少のかいそうを行った三階建て。二年生は二階というあんちよくな振り分けで、上下に三年生と一年生の動きが音が容易に届く、あまり良質とは言えないかんきようだった。もっとも、彼ら中等生にとっては自分の騒ぎこそが世界の主役である。余所よそを気にするほどしんけいは細くない。時がほうとなれば、なおさらだった。

 この今も、二年二組の生徒たちは各々、下校という最高のらくきようじるため、計画を話し合い、かばんに教科しよを詰め込み、あるいはさっさと教室を飛び出している。

 そんな浮き立ったざわめきの中、


今日きようは寄り道なしか?」


 いち早く声変わりした低さで、ひのはらりんせきの友人にたずねた。

 ほおづえを突いてぼうっとしていたカナエが、首を横向きにかしげる。


「そだな。そろそろまってるばつてんを消化しないと、休みが寮のそうだけで一日つぶれる」

「男子寮は女子寮よりせいけつ、というひようばんたてやくしやらしくもない物言いだ」


 里久は、カナエと寮で同室にして級友の、少年である。がらなカナエとは逆に、へいきん身長をかなり超えた長身だが、スマートと言うよりも年経たしんようじゆのようにどっしりした高さを感じさせる。よう姿あらけずりのもくぞうぜんとしており、これもカナエとはたいしようてきだった。

 にゆうりよう以来数年、過度におくさず接し続けてくれる数少ない友人に、カナエはよこだおしの顔でたんそくして見せる。


「別に好きでやってるわけじゃない」


 そうどうを起こすたびに寮の掃除を罰として科されている彼の──鼻歌を歌いながら営々と作業にいそしむ──姿すがたを思い出して、今度は里久が、心持ち程度に首を傾げた。


「そうか?」

「そだよ」


 やる気なさげに返してから、ようやくカナエは帰り支度じたくを始める。

 と、そこに、


「直会」


 ついさっき教室を出て行ったばかりの級友が、やや浮ついたようで戻ってきた。頼りない足取りにばされた手前のを、事もなくてのひらで受け止めたカナエが尋ねても、


「どしたの」

「そ、外に」


 答えはようりようを得ない。


「外?」


 カナエが窓から外を見やると、


「違う違う、廊下だよ」


 なぜか赤くなった顔で言う。

 その間に、別の級友が二人、また引き返してきた。


「いいなあ、おまえら」

りようだと毎日いつしよなんだろ?」


 なにを言われているのか分からず、顔を見合わせるカナエとに、先に来た級友が、まるで後の二人に先を越されまいとするかのように、いきき切って言う。


せんぱいだよ、やまのべ先輩が──」

「入るぞ」


 言い切る前に、山辺手梓たずさが入ってきた。


「なんだ、いるじゃないか」

「「「はいっ」」」


 と級友三人がそろって返事をする。

 ちゆうとうの教室にこうとうの生徒がいる、というかんが、見慣れているはずの彼女を常より大人おとなっぽく見せる。全校集会等でとおに見るだけという有名人の登場に、あこがれの先輩の光をくような歩みに、たまらず女生徒らもいろい悲鳴を上げた。

 そんな周りを気にも留めず、カナエは向き直ってたずねる。


「なにか御用ですか」

「ん、ああ」


 今朝けさの件をスッカリ忘れたふうな少年に、手梓は今さら、大きなあきれと小さな気後れを抱かされた。それでも、なんとか気を取り直して、できるだけかんけつに用件を切り出す。



 声の後、数秒の静けさがあり、


「ええーっ!?」

「付き合って、っててて、つつ、つまりそれは」

「山辺先輩が、なんでこんなのと!?」

なおらい、おまえ、なんで、許せねえええ!!」


 しんこくしつからなる男子のきようがくと、


「キャーッ!!」

だいたん! 大胆だよ!」

「へー、二人って、そうだったんだ!」

「こんなとこでどうどうと、せんぱいってばてき!!」


 無責任なこうしんからなる女子のきようせいが、いつせいふんしゆつする。



 かつに盛り上がるそれらに手を挙げ、


「い、いや、付き合えってのはじゃ」


 あわてて周りを制する手梓たずさに、言われた当のカナエはなんということもなくたずねる。


「えーと、つまり、なんでしょう?」

「それは、つまり、だな」