レオ・アッティール伝I 首なし公の肖像

二章 コンスコン寺院の若者たち ②

 寺院もきゆうきよようへいつのったものの、パーシーが朝早くから山中をうろつきまわって、ざっとあくしたところによると、戦える男の数は、七、八百あたり。それも、職業的な傭兵などではなく、ひやくしようのせがれかさんぞくまがいが大半だ。あるいはこのなかには、当の寺院をおそって一度ならず退けられた者もいるのではないかというくらいだから、とてもではないがとうそつが保たれているとはいいがたい。

 それどころか、しゆうに応じればひとまずえとあめつゆくらいはしのげるだろう、という考えの者たちだから、いったんせんたんが開かれればこのうち半数ほどはあわってげ出すのではあるまいか。

 だというのに、昨夜お目どおりがかなったログレス司教は、茶飲み話でもするかのような落ちつきを見せていた。力の差はあきらかだというのに、よもや、いざとなれば神が聖敵を打ち払ってくれよう、などとじやに信じ込んでいるわけでもあるまい。


(あるいは、東のディティアーヌからえんぐんが送られてくるのではないか)


 その思いは、寺院にけつける前からパーシーの頭のなかにあった。アトールよりさらに東に存在する聖ディティアーヌ連盟はいくつかの勢力が一つの宗教のもとに寄り集まった国家群である。その宗教というのは、大本がコンスコン寺院のそれと共通している。現在、大陸においてアリオンの勢力にひつてきし得るのはこのディティアーヌだけであろうとも目されていた。

 そのディティアーヌが──東に勢力をばそうとするアリオンをけんせいする意味でも──寺院に援軍をよこしても不思議ではない。パーシーは昨夜、それとなくディティアーヌのかんさぐってみたが、ログレス司教の口からは期待していたような言葉は耳にできなかった。

 それとは別に、気になる発言があった。


「わたしはアリオン王族の方々をのろってなどいませんよ」ログレス司教はにゆうみでそういった。「神に仕えるわたしが、呪いなどと、口にするだにおぞましい。それに、この寺院の再建がかなったのは、神がわたしとアリオン王家を結びつけてくださったからこそ。王家に感謝の念こそあれ、かの方々をうらみ、にくむ心などはいっさいございません」


 それから細い目をきらっとかがやかせ、


「今回の一件、わたしと王家の関係うんぬんより、アリオンの一部にじやあくな意思が見えかくれいたしまする。どのようなきよげんろうし、事実をねじ曲げてでも、この聖域をおかしてうばい取らねばならぬ、といったようなね。アリオンの政治ちゆうすうくうおぞましきどうか、先の戦いでしるを吸えなかったぼつらく貴族か武人たちか。ともあれ、わたしの知るアリオン王ならば、このような意味のない戦いにさほど金も時間もついやすことはありますまい。形の上だけでもいったん軍を送ったのち、すぐに引き返させるはずです」

(さて、そう簡単な話かどうか。いや、そもそもログレスどのご自身が本気でそう思っていらっしゃるかどうか)


 真意は読めない。いつせんとうとつにゆうしてもおかしくないじようきようだというのに、これでは命のけがいがないとも思う。


(ともかく、わがアトールの公王さまがびんぼうくじを引かされることにならなければよいが)


 パーシーはそう思いつつ、人差し指のせんたんを口にふくむと、つば湿しめした指先を、左右のまゆにつけた。と、


「変わったおまじないであるな、パーシーどの」


 後ろから声をかけられた。り向くと、若いそうへいが立っている。くさりかたびらの上に、僧衣である白いひざたけのローブを着て、こしを青い色をした布でめている。昨夜、ログレスと面会した部屋のなかにいた男だ、とパーシーは気づいたものの、それより別のことにおどろいた。


「わたしの名前を覚えておいでで?」


 あのときは、五百の兵を率いるノーマ・ラウマールと、パーシーをはじめとする数人の小隊長格が招かれていた。この若い僧兵と顔をあわせた時間など数分にもならない。


「おれは一度会った人間の顔は忘れない」そうへいは得意げでもなく、事実のみをたんたんと語っている口ぶりでいった。「パーシーどの、早くからお一人で出歩かれていたようだが、食事はられたか?」


 街なかにはあさけむりがあがっている。ようへいたちがみちばたに列をなしているのも見えた。


「隊を率いるほどの方がいつぺいそつと同じきようぐうで申しわけないが、まだなようならあちらに並んでいただきたい」

「なんの。いわれたとおり、小隊長といっても兵卒とほとんど変わりありません。おづかいなきよう」

「左様であるか? ゆいしよある血筋の方々を、さんぞくとうまがいと同じ列に並ばせるのはいささか気が引けるのだが」


 若い僧兵はいらったような視線を、わいわいと下品な声を張りあげる傭兵たちのほうへと向けていた。


(なにやら、気性の激しい僧のようだ)


 パーシーは胸中で思った。まず、ふうぼうからしていかにもあらあらしい。太い眉に、糸でりあげられたようにするどい目、のみでけずり取ったようなほお。僧というより、これは功名心に燃える武人の顔だ。体格もよく、同年代のなかでも背の高いほうであるパーシーにまったく見おとりしない。となれば、手にしているやりではあるまい。かたのそびやかし方や足の運び方に、ある種の自信がうかがえた。これは同じ槍を得意とするパーシーだからわかることでもある。

 いかにもゆうもうな性格がけて見える。それゆえ、寺院を守るためとはいえ、どこの馬の骨とも知れぬやからを神域に招き入れねばならないいまのじようきようが歯がゆくてならないのだろう。それさえわかるのは、僧兵の視線にふくまれたいかりは、彼らのみならず、先ほどからパーシー自身にも向けられていたからだ。

 パーシーたちを率いてきたのは先述したとおりノーマ・ラウマールという男だ。ラウマール家といえばアトールでは高名な貴族だった。ノーマはその次男に当たる。ただし、ノーマはここへ来たとき、自身を、


「ノーマ・


 と名乗っている。


「わたしはどう王朝貴族の血筋をれん綿めんぐ一家に生まれ育ち、ここよりずっと南東の地に質素ながらも城を構えて、いまも王朝時代の血筋を下にもおかずあがめてくれる善良な人々に生活を支えられながららくに日々を送っていたものの、こたび、神をもおそれぬ所業に出たアリオンをらしめるべく、倉庫内にねむっていたけんよろいさびを取るのもそこそこに、取り急ぎしんたちをそろえてこちらへ足を運んだだい


 ということだ。うそっぱちもいいところだった。

 パーシー・リィガン自身もせいはあきらかにしていなかった。リィガン家はラウマール家ほど有名ではないものの、一応はアッティール公家を古くから支えるだいである。

 そうやって両家のせいかくしたのは、『アトール公国からのえんぐん』という事実を明るみにしたくないからである。


 ──コンスコン寺院より援兵のようせいが来たとき、現アトール公国公王マグリッド・アッティールは頭をかかえた。

 西にアリオン、東に聖ディティアーヌ連盟というきよだいな勢力にはさまれたこの小国は、そうほうと友好関係を結ぶことでかろうじて成り立っているといっていい。七年ほど前、西のアリオンとりあいを演じたことはあるものの、やはりの力差はいかんともしがたく、結果、第二公子レオ・アッティールを人質として差し出すことでぼくにいたった。

 当然、ここでアリオンと敵対するコンスコン寺院に力を貸すようなことがあれば、アリオンとの和睦も終わりを告げよう。人質のレオにどのようなるいがおよぶかわからないし、なにより、アリオンが次に軍勢を差し向けるのはアトール領内ということになる。