寺院も急遽傭兵を募ったものの、パーシーが朝早くから山中をうろつきまわって、ざっと把握したところによると、戦える男の数は、七、八百あたり。それも、職業的な傭兵などではなく、百姓のせがれか山賊まがいが大半だ。あるいはこのなかには、当の寺院を襲って一度ならず退けられた者もいるのではないかというくらいだから、とてもではないが統率が保たれているとはいいがたい。
それどころか、募集に応じればひとまず飢えと雨露くらいはしのげるだろう、という考えの者たちだから、いったん戦端が開かれればこのうち半数ほどは泡を喰って逃げ出すのではあるまいか。
だというのに、昨夜お目どおりがかなったログレス司教は、茶飲み話でもするかのような落ちつきを見せていた。力の差はあきらかだというのに、よもや、いざとなれば神が聖敵を打ち払ってくれよう、などと無邪気に信じ込んでいるわけでもあるまい。
(あるいは、東のディティアーヌから援軍が送られてくるのではないか)
その思いは、寺院に駆けつける前からパーシーの頭のなかにあった。アトールよりさらに東に存在する聖ディティアーヌ連盟はいくつかの勢力が一つの宗教のもとに寄り集まった国家群である。その宗教というのは、大本がコンスコン寺院のそれと共通している。現在、大陸においてアリオンの勢力に匹敵し得るのはこのディティアーヌだけであろうとも目されていた。
そのディティアーヌが──東に勢力を伸ばそうとするアリオンを牽制する意味でも──寺院に援軍をよこしても不思議ではない。パーシーは昨夜、それとなくディティアーヌの関与を探ってみたが、ログレス司教の口からは期待していたような言葉は耳にできなかった。
それとは別に、気になる発言があった。
「わたしはアリオン王族の方々を呪ってなどいませんよ」ログレス司教は柔和な笑みでそういった。「神に仕えるわたしが、呪いなどと、口にするだにおぞましい。それに、この寺院の再建がかなったのは、神がわたしとアリオン王家を結びつけてくださったからこそ。王家に感謝の念こそあれ、かの方々を恨み、憎む心などはいっさいございません」
それから細い目をきらっと輝かせ、
「今回の一件、わたしと王家の関係云々より、アリオンの一部に邪悪な意思が見え隠れいたしまする。どのような虚言を弄し、事実をねじ曲げてでも、この聖域を侵して奪い取らねばならぬ、といったようなね。アリオンの政治中枢に巣くうおぞましき魔道士か、先の戦いで美味い汁を吸えなかった没落貴族か武人たちか。ともあれ、わたしの知るアリオン王ならば、このような意味のない戦いにさほど金も時間も費やすことはありますまい。形の上だけでもいったん軍を送ったのち、すぐに引き返させるはずです」
(さて、そう簡単な話かどうか。いや、そもそもログレスどのご自身が本気でそう思っていらっしゃるかどうか)
真意は読めない。いつ戦闘に突入してもおかしくない状況だというのに、これではますます命の懸けがいがないとも思う。
(ともかく、わがアトールの公王さまが貧乏くじを引かされることにならなければよいが)
パーシーはそう思いつつ、人差し指の先端を口に含むと、唾で湿した指先を、左右の眉につけた。と、
「変わったおまじないであるな、パーシーどの」
後ろから声をかけられた。振り向くと、若い僧兵が立っている。鎖かたびらの上に、僧衣である白い膝丈のローブを着て、腰を青い色をした布で締めている。昨夜、ログレスと面会した部屋のなかにいた男だ、とパーシーは気づいたものの、それより別のことに驚いた。
「わたしの名前を覚えておいでで?」
あのときは、五百の兵を率いるノーマ・ラウマールと、パーシーをはじめとする数人の小隊長格が招かれていた。この若い僧兵と顔をあわせた時間など数分にもならない。
「おれは一度会った人間の顔は忘れない」僧兵は得意げでもなく、事実のみを淡々と語っている口ぶりでいった。「パーシーどの、早くからお一人で出歩かれていたようだが、食事は摂られたか?」
街なかには朝餉の煙があがっている。傭兵たちが道端に列をなしているのも見えた。
「隊を率いるほどの方が一兵卒と同じ境遇で申しわけないが、まだなようならあちらに並んでいただきたい」
「なんの。いわれたとおり、小隊長といっても兵卒とほとんど変わりありません。お気遣いなきよう」
「左様であるか? 由緒ある血筋の方々を、山賊、夜盗まがいと同じ列に並ばせるのはいささか気が引けるのだが」
若い僧兵は苛立ったような視線を、わいわいと下品な声を張りあげる傭兵たちのほうへと向けていた。
(なにやら、気性の激しい僧のようだ)
パーシーは胸中で思った。まず、風貌からしていかにも荒々しい。太い眉に、糸で吊りあげられたように鋭い目、のみで削り取ったような頰。僧というより、これは功名心に燃える武人の顔だ。体格もよく、同年代のなかでも背の高いほうであるパーシーにまったく見劣りしない。となれば、手にしている槍も伊達ではあるまい。肩のそびやかし方や足の運び方に、ある種の自信がうかがえた。これは同じ槍を得意とするパーシーだからわかることでもある。
いかにも勇猛な性格が透けて見える。それゆえ、寺院を守るためとはいえ、どこの馬の骨とも知れぬ輩を神域に招き入れねばならないいまの状況が歯がゆくてならないのだろう。それさえわかるのは、僧兵の視線に含まれた怒りは、彼らのみならず、先ほどからパーシー自身にも向けられていたからだ。
パーシーたちを率いてきたのは先述したとおりノーマ・ラウマールという男だ。ラウマール家といえばアトールでは高名な貴族だった。ノーマはその次男に当たる。ただし、ノーマはここへ来たとき、自身を、
「ノーマ・シャーリング」
と名乗っている。
「わたしは魔道王朝貴族の血筋を連綿と継ぐ一家に生まれ育ち、ここよりずっと南東の地に質素ながらも城を構えて、いまも王朝時代の血筋を下にもおかず崇めてくれる善良な人々に生活を支えられながら自堕落に日々を送っていたものの、こたび、神をも恐れぬ所業に出たアリオンを懲らしめるべく、倉庫内に眠っていた剣や鎧の錆を取るのもそこそこに、取り急ぎ家臣たちを揃えてこちらへ足を運んだ次第」
ということだ。もちろん、噓っぱちもいいところだった。
パーシー・リィガン自身も姓はあきらかにしていなかった。リィガン家はラウマール家ほど有名ではないものの、一応はアッティール公家を古くから支える譜代である。
そうやって両家の姓を隠したのは、『アトール公国からの援軍』という事実を明るみにしたくないからである。
──コンスコン寺院より援兵の要請が来たとき、現アトール公国公王マグリッド・アッティールは頭を抱えた。
西にアリオン、東に聖ディティアーヌ連盟という巨大な勢力に挟まれたこの小国は、双方と友好関係を結ぶことでかろうじて成り立っているといっていい。七年ほど前、西のアリオンと小競りあいを演じたことはあるものの、やはり彼我の力差はいかんともしがたく、結果、第二公子レオ・アッティールを人質として差し出すことで和睦にいたった。
当然、ここでアリオンと敵対するコンスコン寺院に力を貸すようなことがあれば、アリオンとの和睦も終わりを告げよう。人質のレオにどのような累がおよぶかわからないし、なにより、アリオンが次に軍勢を差し向けるのはアトール領内ということになる。