レオ・アッティール伝I 首なし公の肖像

二章 コンスコン寺院の若者たち ①

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 コンスコン山のじようは活気であふれていた。多くの人出がある。パーシー・リィガンの足もとをけまわる子供らの顔は、どこの町でも共通のじやさをりつけていた。

 ただし、市場として正式に機能しているのはごく一部のようだ。そのしように、食べ物をあつかう店がほとんどない。聞いた話によれば、現在、麦や野菜、果物や食肉といった食料は、寺院がいつかつして買いあげているらしい。

 そのせいか、物売りの声がわずかばかり大人しい。それでもどんな規模の市にも引けを取らないくらい人でごったがえしているのは、コンスコン寺院がかかえるある種の問題によるものだった。

 市の周囲には、木造や石造りの建物が並んでおり、その列に沿って道を登った先を見あげれば、コンスコン聖堂の一角が視界内に入ってくる。細いせんとうの頂点から、じゆうが大きくそそりたっているのが見えた。


うわさどおりだ)


 とパーシーは感じた。この山はただそうりよたちがしゆぎようを積む聖域というのではなく、一つの都市を形成している。

 それもただの都市ではない。じようさい都市だ。

 パーシーをふくむ五百の兵が山に入ったのは昨夜おそくだった。山道を登ってくる最中にいくつも山門があり、どれも例外なくじゆうやりで武装した僧兵らによって固められていた。

 いまパーシーのいる市場にも、武装した男たちの姿が数多く見られる。といっても、くさりかたびらの上に白い僧衣をまとっている僧兵集団はともかく、あとは着くずれた姿にけん一本をこしに差しているようなあらくれ者たちの姿が大半だ。コンスコン寺院が臨時につのったようへいたちである。


ゆいしよ正しき寺院が焼かれるとあってはまんならぬ」


 などとふんいだいてやってきた信者などはそのうち一割にもなるまい。大半が、日々の労働にいやが差して農村から飛び出したようなやからか、食いめたとうさんぞくといったところだろう。実際パーシーは、「どこそこでぬすみをした」「あの町をらしたことがある」などと武勇伝を大口に語っている者たちを昨夜だけでも多数見かけた。

 じようはともかくも、こうした傭兵が大挙して押しかけたおかげで、コンスコン山は平素以上の活気にあふれている。自分たちで持ち込んだのか、朝っぱらからエール酒をわしている者もあれば、市にてんを出した屋で武具を調達する者、寺院の目を盗んでこっそり卵や肉を売っている路地の商人とだみ声を張りあげて値段こうしようする者などの姿が目につく。なお、寺院が食料をいつかつして買いあげているのは、それを配給制にして、彼らようへいや、もともとの住民にっているためだ。

 聞けば、ここには常から一千人近い人間が住んでいるのだという。ほんの数年前までは打ち捨てられたはいきよ同然であったなどと、にわかには信じがたい活気だ。

 山の名をそのまま取ったコンスコン寺院は、かつて大陸東部にせいきようきわめた宗教が大本となっている。

 しんこうされている神に、特別、ほかの宗教と差別化できるような名前はない。ただ、聖堂などの建物や、僧侶たちが身につけるしようそうしよく物に、じゆうがシンボルとして多く用いられているため、ぞくに『十字教』などと呼ばれている。

 パーシーが幼少時に家庭教師から聞いた話によれば、移民船がこの星にやってきたときから存在していた教えらしい。当然のようにこの星にも根づいたが、長い歳月の経過によって宗教内にもばつが生まれた。信者たちがたもとをわかつのはまだよいほうで、そのうち、それぞれの教義をめぐってたがいに争うようにもなった。

 しゆぎようそうのなかには、もともと布教活動や世界救済などには興味がなく、ただおのれの心身を神の域にまで近づけたい、と願うどう者めいた者たちも多い。そうした修行僧などが、ぞくけんきらってこの山にこもったのがはじまりだとされている。

 コンスコンの山で修行した僧のなかには、のちに大陸各地でそれなりに名をせた者もあったが、それも五百年以上前の話。山にこもる僧たちもじよじよに減って、石造りの、当時がんきようそのものだった聖堂も、さんぞくやら、国外とうぼうしてきたごうぞくらによってたびたび乗っ取られるなどしながら、だいちていった。

 これをいまある形に再建したのが、現在、コンスコン寺院の最高権力者ともなっているログレス司教である。

 パーシーも昨夜に出会っている。ふくよかな体格をしていて、その目は油断ならぬきつねのようであった。としは五十をいくつも過ぎていよう。そのふうぼうと、独特に深みのある声は、どっしりと石のように落ちついたふんをかもし出していて、なるほど、


(アリオンにけんを売ったじんなだけはある)


 と思わせるものがあった。

 かつてアリオン王国と寺院は良好な関係を保っていた。というよりも、寺院の再建に金と人をしみなく投入したのはアリオンである。およそ七年前のことだ。その七年で、ふたたび山は大勢の修行僧をむかえて活気づき、もともと寺院再建のためにやとわれた大工や石工が住み込みのために家を構えていたこともあって、その他の職種の者も大勢おとずれはじめ、また、この山での商売には税金やめんどうなしきたりが必要ないと宣伝したおかげで商売人たちも数々店を構えるようになって、コンスコン寺院はじよじよに勢力を増してきた。

 が、ここへ来て関係がにわかに悪化した。

 理由のしようさいはあとで述べるとして、ログレス司教はアリオン城内にも礼拝堂を構えていたのだが、この堂が焼き打ちにあうという事件さえもぼつぱつした。

 堂内にいた大勢のそうたちがくなった。かろうじて命を取りとめたログレスはただちにコンスコン寺院へと引き返し、焼き打ち事件の犯人を寺院がわへ引きわたすよう、アリオンに要求。

 アリオンはこれに応じることはなかったが、関係修復を求めて調停団を寺院にけんした。うち一人は、以前クロード将軍のやかたとうりゆうしていたヘイデン・スウィフトである。

 しかし寺院側もこれをっぱねた。さらには、


「罪人を神の裁定にかけられぬのなら、アリオン王族にはしんばつが下る。現世のみならず、未来えいごうにわたってのろわれよう。生まれるあかはことごとく病にうなされ、作物のしゆうかくりのものはすべてたちまちのうちにくさり果てて、城としきは真っ赤なほのおに包まれる。ごうしやな服を着て、銀細工で身をかざった者たちは、みな、遠からぬ将来、こうしゆだいにのぼらされるであろう」


 などとアリオン王族に呪いの言葉をもいた。

 アリオン側はこれにげきこう。宣戦布告とみなし、また寺院側もこれを取り消しはしなかった。応戦する構えを見せたということだ。

 かねてより、どの国の領域にも属さない地理上の関係から、とうぞくたぐいねらわれることが多かったため、寺院は各国からたいほうじゆうふくむ武器を買いつけ、僧職にあるにもかかわらず若い僧は大半が武装していた。いざ神の教えをぼうとくする外敵があらわれれば、いのりや呪いの文句などではなく、はがねじゆうだんをもって打ちはらってやるぞ、という気風が常から満ち満ちていたのだ。

 しかし、とパーシーは思わずにはいられない。


(アリオンはつねごろから万単位の軍勢を動かせる状態にあるという。アトールとは大ちがいだ。寺院をおどしつけるのにどれほどの規模をくかは不明だが、数十、数百ということはあるまい)