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コンスコン山の市場は活気であふれていた。多くの人出がある。パーシー・リィガンの足もとを駆けまわる子供らの顔は、どこの町でも共通の無邪気さを貼りつけていた。
ただし、市場として正式に機能しているのはごく一部のようだ。その証拠に、食べ物を扱う店がほとんどない。聞いた話によれば、現在、麦や野菜、果物や食肉といった食料は、寺院が一括して買いあげているらしい。
そのせいか、物売りの声がわずかばかり大人しい。それでもどんな規模の市にも引けを取らないくらい人でごったがえしているのは、コンスコン寺院が抱えるある種の問題によるものだった。
市の周囲には、木造や石造りの建物が並んでおり、その列に沿って道を登った先を見あげれば、コンスコン聖堂の一角が視界内に入ってくる。細い尖塔の頂点から、十字架が大きくそそりたっているのが見えた。
(噂どおりだ)
とパーシーは感じた。この山はただ僧侶たちが修行を積む聖域というのではなく、一つの都市を形成している。
それもただの都市ではない。城塞都市だ。
パーシーを含む五百の兵が山に入ったのは昨夜遅くだった。山道を登ってくる最中にいくつも山門があり、どれも例外なく銃や槍で武装した僧兵らによって固められていた。
いまパーシーのいる市場にも、武装した男たちの姿が数多く見られる。といっても、鎖かたびらの上に白い僧衣をまとっている僧兵集団はともかく、あとは着崩れた姿に剣一本を腰に差しているような荒くれ者たちの姿が大半だ。コンスコン寺院が臨時に募った傭兵たちである。
「由緒正しき寺院が焼かれるとあっては我慢ならぬ」
などと義憤を抱いてやってきた信者などはそのうち一割にもなるまい。大半が、日々の労働に嫌気が差して農村から飛び出したような輩か、食い詰めた夜盗、山賊といったところだろう。実際パーシーは、「どこそこで盗みをした」「あの町を荒らしたことがある」などと武勇伝を大口に語っている者たちを昨夜だけでも多数見かけた。
素性はともかくも、こうした傭兵が大挙して押しかけたおかげで、コンスコン山は平素以上の活気にあふれている。自分たちで持ち込んだのか、朝っぱらからエール酒を酌み交わしている者もあれば、市に露店を出した鍛冶屋で武具を調達する者、寺院の目を盗んでこっそり卵や肉を売っている路地の商人とだみ声を張りあげて値段交渉する者などの姿が目につく。なお、寺院が食料を一括して買いあげているのは、それを配給制にして、彼ら傭兵や、もともとの住民に振る舞っているためだ。
聞けば、ここには常から一千人近い人間が住んでいるのだという。ほんの数年前までは打ち捨てられた廃墟同然であったなどと、にわかには信じがたい活気だ。
山の名をそのまま取ったコンスコン寺院は、かつて大陸東部に盛況を極めた宗教が大本となっている。
信仰されている神に、特別、ほかの宗教と差別化できるような名前はない。ただ、聖堂などの建物や、僧侶たちが身につける衣装、装飾物に、十字架がシンボルとして多く用いられているため、俗に『十字教』などと呼ばれている。
パーシーが幼少時に家庭教師から聞いた話によれば、移民船がこの星にやってきたときから存在していた教えらしい。当然のようにこの星にも根づいたが、長い歳月の経過によって宗教内にも派閥が生まれた。信者たちが袂をわかつのはまだよいほうで、そのうち、それぞれの教義を巡って互いに争うようにもなった。
修行僧のなかには、もともと布教活動や世界救済などには興味がなく、ただおのれの心身を神の域にまで近づけたい、と願う求道者めいた者たちも多い。そうした修行僧などが、俗世間を嫌ってこの山にこもったのがはじまりだとされている。
コンスコンの山で修行した僧のなかには、のちに大陸各地でそれなりに名を馳せた者もあったが、それも五百年以上前の話。山にこもる僧たちも徐々に減って、石造りの、当時頑強そのものだった聖堂も、山賊やら、国外逃亡してきた豪族らによってたびたび乗っ取られるなどしながら、次第に朽ちていった。
これをいまある形に再建したのが、現在、コンスコン寺院の最高権力者ともなっているログレス司教である。
パーシーも昨夜に出会っている。ふくよかな体格をしていて、その目は油断ならぬ狐のようであった。歳は五十をいくつも過ぎていよう。その風貌と、独特に深みのある声は、どっしりと石のように落ちついた雰囲気をかもし出していて、なるほど、
(アリオンに喧嘩を売った御仁なだけはある)
と思わせるものがあった。
かつてアリオン王国と寺院は良好な関係を保っていた。というよりも、寺院の再建に金と人を惜しみなく投入したのはアリオンである。およそ七年前のことだ。その七年で、ふたたび山は大勢の修行僧を迎えて活気づき、もともと寺院再建のために雇われた大工や石工が住み込みのために家を構えていたこともあって、その他の職種の者も大勢訪れはじめ、また、この山での商売には税金や面倒なしきたりが必要ないと宣伝したおかげで商売人たちも数々店を構えるようになって、コンスコン寺院は徐々に勢力を増してきた。
が、ここへ来て関係がにわかに悪化した。
理由の詳細はあとで述べるとして、ログレス司教はアリオン城内にも礼拝堂を構えていたのだが、この堂が焼き打ちにあうという事件さえも勃発した。
堂内にいた大勢の僧たちが亡くなった。かろうじて命を取りとめたログレスはただちにコンスコン寺院へと引き返し、焼き打ち事件の犯人を寺院側へ引き渡すよう、アリオンに要求。
アリオンはこれに応じることはなかったが、関係修復を求めて調停団を寺院に派遣した。うち一人は、以前クロード将軍の館に逗留していたヘイデン・スウィフトである。
しかし寺院側もこれを突っぱねた。さらには、
「罪人を神の裁定にかけられぬのなら、アリオン王族には神罰が下る。現世のみならず、未来永劫にわたって呪われよう。生まれる赤子はことごとく病にうなされ、作物の収穫、狩りの獲物はすべてたちまちのうちに腐り果てて、城と屋敷は真っ赤な炎に包まれる。豪奢な服を着て、銀細工で身を飾った者たちは、皆、遠からぬ将来、絞首台にのぼらされるであろう」
などとアリオン王族に呪いの言葉をも吐いた。
アリオン側はこれに激昂。宣戦布告とみなし、また寺院側もこれを取り消しはしなかった。応戦する構えを見せたということだ。
かねてより、どの国の領域にも属さない地理上の関係から、盗賊の類に狙われることが多かったため、寺院は各国から大砲や銃を含む武器を買いつけ、僧職にあるにもかかわらず若い僧は大半が武装していた。いざ神の教えを冒瀆する外敵があらわれれば、祈りや呪いの文句などではなく、鋼や銃弾をもって打ち払ってやるぞ、という気風が常から満ち満ちていたのだ。
しかし、とパーシーは思わずにはいられない。
(アリオンは常日頃から万単位の軍勢を動かせる状態にあるという。アトールとは大ちがいだ。寺院を脅しつけるのにどれほどの規模を割くかは不明だが、数十、数百ということはあるまい)