叛逆せよ! 英雄、転じて邪神騎士

一章 その後の勇者たち ①

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 ザッハ国の酒場は連日せいきようだった。

 南東の国ざかいに近い、王都からすれば辺境ともいえる田舎いなか村の店も同様だ。

 あせと酒と、わずかばかりぶつにおいがめた店内は、ほとんどがはん姿の男たちでめつくされている。一日の労働を終えたばかりのかれらは、


「愛すべきくそったれの親方に」

「われらがザッハの復興に!」

「神のごと、ふんくさいわれらがザッハの新王に!」


 かかげたさかずきをあわせては、どっと笑いあう。歌うわ、おどるわ、店にんだしようきつくわ、なかには陽が暮れる前からもう正体をなくしてねむりこける者とてある。

 しかしかれらを、「かれすぎだ」などと責められる者が国内にひとりでもいたろうか。

 数か月もさかのぼらない過去、ザッハ各地は戦争であとになっていた。子をくしてさけぶ親は数知れず、親を失った子たちが路上を細い足でうろついていた。戦地へいった夫やこいびとを待ちつづける以外にない女たちは、昼日中から家で身を寄せあいつづけて、ひづめの音が聞こえれば窓を閉ざし、とびらくぎで打ちつけた。ランドールの軍勢は目につく人間をかたぱしから連行していくのだ。れい、もしくはじやあくな神へのもつとするために。

 善なる神のご加護にすがろうにも、教会は真っ先に焼かれていた。代わりにランドールのあがめるじやあくな神の像が領内に次々とはこまれるなか、大陸ずいいちの強国とうたわれたアルギアがほろび、南のりんごくフォーゼも国土の半分ほどがランドールにうばわれたと聞かされて、そしてついにザッハの王家が絶えたという知らせが入った。人々はほそった身体をきあい、重たげにまぶたを上下させるだけの日々を過ごすしかなかった。

 それが一転した。いまやひづめの音は大勢でかんげいされた。新王就任を祝う名目で、王都からきゆうえん物資を運んでくる馬車のものだからだ。全土をおびやかしたランドールへい、赤い目のきよじん兵、空をめつくした黒いつばさの群れはどこにもなく、人々はいつもの労働に従事できるようになって、ねこや犬の姿さええて寒風きすさんでいた往来には子供たちのけまわる姿がもどってきた。もともと歌やおどりを愛するザッハ人の性質からして、連日のおまつさわぎも無理からぬことだ。


「わがザッハが生んだ三人のえいゆうたちに!」

「〈運命の勇士〉アレフの世界を変えた勇気に。〈りゆう戦士〉ギュネイの悪をせいそうに。〈最後の聖堂〉ジューザのだいしようを求めぬ忠義に!」


 さかずきかかげる理由は山とあった。ひと晩かかっても消費しきれないほどだが、無論、よい酒ばかりとは限らない。


「おまえのその態度が気に入らないってんだ」


 店内にとつじよとしてロブのせいひびきわたると、客たちは一様にうんざりした顔になって、


(またか。いったい今日のお相手はだれだ?)


 と何人かがこう心にられて店のすみっこを見やり、当のロブと向かいあう『お相手』をかくにんすると、お気の毒さま、といった具合にかたをすくめた。

 うでっぷしまんが多いきこりのなかでも、ロブはひときわ体格がいい。対する『お相手』は、ザッハ人男性としては平均的な背格好だが、ロブと相対すると相当におとりした。おまけに、のなさそうな顔つきが頼りなさに拍車をかけている。


「待ってください、ロブさん。いったいおれのなにが気に入らないんですか?」


 若者は、気の立ったうしじみているロブを、両手で制止しながら声をあげた。

 こちらの名はジャックという。最近になって村にふらりとあらわれた若者だ。大工やらきこりやら石切りやらを日ごとにちしていて、日々、ほねしみせずによく働いた。といっても、大工以外はどれも慣れない仕事だったらしく、毎日が四苦八苦と失敗の連続だった。ロブは仕事に厳しい男だ。目下の人間がひとつでも段取りを誤るとようしやなくせいを飛ばし、誤りが二つ三つと重なると、石みたいなこぶしむないたに当てた。ロブのこうした可愛かわいがり方は年少の者たちをおびえさせた。ジャックは口答えもせずによくえていたほうだ。ロブも周囲に、


「すぐすかと思っていたが、最近の若いろうにしてはなかなか気骨のあるやつだ」


 くらいの賛辞は口にしていたのだが、今日になって、ちらりと意地悪なこう心が首をもたげてきた。ジャックは従順で、大人しかった。きゆうけい中に男たちがわす笑い話やわいだんがおかべることはあっても、自分から話の種をくことはない。「前はなにをしていた?」と聞かれてもあいまいす。そこはザッハの人間同士だから、まだれていない過去のさんがあるのだろう、とみな気をつかって、必要以上に聞き出そうとはしなかったが、


「そろそろあいつが来て一か月にはなる。『かんげい』してやらないとな」


 ロブが提案した。『かんげい』とはつまり、仕事仲間として定着したあかしに、飲みの席で主役にしてやることだ。いままでジャックはそうした席にも参加してこなかったのだが、


「今日はおまえが主役だ。酒なんて飲まなくていいから顔は見せろ」


 とごういんに店までつれてきた。「飲まなくていい」なんてのはもちろん真実じゃない。神にちかいを立てた身であったとしても、わざわざ罪に数えるまでもないほどの可愛かわいうそ。ロブはれたもので、店に着くなり、


「まあ、かんぱいのひと口くらいはいっとけ」


 とまずジョッキを持たせることに成功し、ジャックが仕方なしにひと口飲めば、


「お、割といける口じゃないか。よしよし、その調子でぐっといけ。なに、一ぱいだけだよ。主役が最初のジョッキを空にしないことには、みんな次に口をつけられないんだ。それがおれたち、にようぼう以外には山と森のせいれいだけを愛してきた男たちがわした鉄のおきてさ」


 などと適当なことをいって、ジャックに酒を飲ませつづけた。新人をわせて、無理矢理にでも腹を割ったつきあいをさせようというこんたんだったが、ジャックが順調に三ばいのジョッキを空にし終え、顔も赤みを帯びてきて、いつになくじようぜつになりはじめたころ、むしろロブのほうがそれ以上に顔を真っ赤にして、席をって立ちあがっていた。

 昼間り出す丸太によく似たうででジャックのむなぐらつかみあげようとする。「わっ」と声をあげたジャックはあみからげるちようちょのような仕草でよけた。ただしかれとてっているので足もとがおぼつかない。二、三歩、よろけながら、両手を左右にる。


「待ってください、ロブさん。どうか落ちついてくださいってば」

「落ちつけだと? さんざんめた態度取りやがって、それで落ちつけだと?」

めてなんていません。なんでも気づいたことがあればいえ、っていうから、おれは思ったことをなおにいっただけです。ロブさんはうと同じことを何度もりかえすから、ロブさん、それは今日でもう五回目です、って」

「ほう? ほかにもいっていたろう。いいぜ、えんりよせずにもう一度いってみな」