叛逆せよ! 英雄、転じて邪神騎士

一章 その後の勇者たち ②

「ほかに? ええと、そう、たまには身体を洗わないと、とてつもなくくさいときがあります、っていったかな。今日みたいにお酒をたくさん飲まれたときなんか、酒と、あせと、その他もろもろのにおいが混じって大変なことになる、となりにいたキースさんが真っ先にいちゃったのは、酒のせいじゃなくてロブさんのにおいのせいじゃないか、って、おれはごくごくなおに」


 見て見ぬりをしていた客たちが笑いをこらえかねて背中をふるわせた。「手前」とせいとともにが飛んでくるのを、ジャックは首をすくめてまたもかわした。


えんりよせずにいえというからいったのに。おれにどうしろっていうんですか?」


 こんわくしきりの顔からは少年っぽさがけきれていない。まだ二十はえていないだろう。ロブからすれば息子むすこ同然だ。


「とうとう酒で本心があらわれたな。手前、大人しいりして、おれを鹿にしてたんだろ」

「そ、そんなわけないでしょう。どうすればロブさんは満足してくれるんです?」

「おれのいうとおりにしてくれるってのか。なら、いますぐ、そのふぬけたみたいなツラをやめろ! 自分でできないんなら、おれがもっとマシな顔に変えてやるよ」


 顔色を『変えた』のはロブのほうだった。昼間、地面に強く根を張った大木相手にそうするみたいにこぶしおの代わりにりかぶる。と、


「わあ、待て待て、ロブ。いきなり新入りの顔変えちゃなんねえ」


 さすがにロブの顔見知りたちがこぞってなだめにかかった。一人、二人とかいりきり飛ばされたが、五人がかりでようやく身動きを止めた。ジャックはたんそくした。


「申しわけありません、ロブさん。おれは、本当にどうしたらいいのか」

「その態度をどうにかしろっていってんだ!」

「いいからあっちいってろ、わかぞう」ロブにしがみついた赤鼻の男がジャックに手をった。「明日には、あせと小便にまぎれてすっかりいがけて、こいつもけろりとしてるよ。だからいまははなれてろ……あいたっ、ロブっ、手前、いい加減にしねえか」


 男たちがもつれあっているのをよそに、ジャックはしぶしぶと、おぼつかない足取りでその場をはなれた。


「おれが悪いのかな。いや、おれじゃない。おれじゃない」


 ひとり言をぶつくさいいながら、ロブたちのいた席とは反対側のすみっこにあるテーブルに近づいた。すでに客がひとり席についている。ジャックは「こんばんは」といいながら、木のくされかかった別のを引いた。


「相席いいですか。仕事仲間にきらわれちゃいまして」

「構わんよ。ジャックといったかな」

「聞いておられましたか。ずかしい」


 相手が年配の様子だったので、ジャックはげっぷをしながらきようしゆくした。年配といっても、ジャック以上に長身で、身体つきもきこりたちにおとらずぶ厚い。屋内だというのに穴だらけの大きなぼうぶかにかぶっている。水みたいに酒を飲みながら興味深げに聞いてきた。


「毎日がこんな調子なのか?」

「ああ、毎日、毎日、毎日、ですよ。こうまでうらまれるんじゃ、あれだ、きっとおれの顔が、昔ロブさんをだまして、あり金全部持っていったっていうしようによく似てるんでしょうね」

「ほほう、なるほど」


 ジャックの精いっぱいのじようだんに、年配の男はにやついた。話し言葉にザッハのなまりがない。色あせた服やブーツのよごれ具合から察するに、旅人だろうか。太陽と風に長年さらされてかわいた地表によく似たはだの色からも、いかにも旅慣れた様子が伝わってくる。

 テーブルの下では、がらな犬がゆかしてねむっていた。この店で飼っているのではなく、男の『連れ』らしい。茶色い毛並みはうすよごれているが、ツンとはなづらびた顔立ちにはなんだか気品があるようにも見える。時々小さく鼻を鳴らしたり、耳をぱたぱたと上下させたりしているが、じっとしていて鳴き声ひとつあげない。


「おまえにそっくりなしようにどれほど客がつくやらわからんが」

「ひどいこというね、じいさん」

「おまえ、昔は──というほど前じゃない、ランドールをあとにするまでは──もう少し男ぶりがよかったはずなんだがな。いつから、そんなけたツラになりやがったんだ?」

「だからひどいね」苦笑いをかべたジャックは、ふと、「むかし? ランドール?」


 しげしげと目の前の人物をながめはじめ、それからとつぜんたおす勢いで立ちあがった。


「あ、あ、あなた、いや、あんた──ケ、ケイ……」


 今度こそいのさめた顔をしながら、年配の男を指差した。すると相手は「やっと気づいたか」という顔をしながら、こちらはくちびるの前に指を一本立てた。ジャックははっとした様子で周囲の様子をうかがい、それからいっぺんに力がけたようにふたたびこしをおろした。


「お、おどろいたな。おどろいた、おどろくよ、そりゃ。いったい、いつここに?」

「ついさっきだよ」年配の男はにやけ顔にもどった。「おまえを捜すのはひと苦労だった。ザッハに出かけりゃすぐわかるだろう、と高をくくっていたんだが、まさか、どこの城主になるでも、かかえられるわけでもなく、『素』の顔をしてきこりの仲間入りとはな。おかげさまでこっちはなんの手がかりも得られやしねえ。あきらめて帰ろうかと思っていたが、がおまえのにおいを覚えていてな」


 男は、テーブルの下でている犬のわきばらをブーツのつまさきいた。犬はめいわくそうに目を向けただけだ。


「ああ、リーリン。久しぶり」


 まだおどろきの覚めやらぬ顔でジャックがあいさつすると、犬は、そちらにもめんどうそうに視線を送っただけで返事をした。長旅に連れまわされたせいでつかれているのだろう。


「リーリンはにおいで人間を判断できるがよ。おれはそうはいかん。実際、おまえはおれに気づくのにおくれたが、本当のことをいうと、おれのほうだって、おまえがひと目じゃわからなかった。『がお』を半ば忘れてた、ってのもあるが、しかしおまえ、そんなツラしてたか?」

「い、いきなりでずいぶんじゃないか。ツラの話なんてどうでもいい。なんだって、あんたがここに?」

「まあ、そうあせるな」男はねんれいの割に健康そうな歯を見せながら笑った。「ひとまず飲みわそうではないか。旅のあいだ、おまえと酒を飲む機会なんざなかったからな。しかしまあ、それがシャンデリアきらめくけんらんごうな城の大広間ではなく、ぶつにおいがする安酒場の一角とはな!」


 男が改めてジョッキをすすめたちょうどそのとき、店内の空気が変わった。

 ひょっこり店へ入ってきた新たな男が、手にしたたてごとをひとつつまいただけで、絶え間ないかんぱいおん、女たちの笑いさざめく声、注文をる声、だれかをののしるような声など──、こんとんとしていたけんそうがぴたりとやんだ。

 新顔は酒場の中央に進み出てきて、一礼した。背の高いぼうに、かつて大陸を支配していたミルド人の民族しように似せた若葉色の上衣。それにたてごととくれば、ぎんゆうじんにまちがいない。

 すいかんたちの注意と期待を一身に集めたこの新顔は、


「ご列席の、尊くて上品なる方々」と投げキッスをして何人かを笑わせてから、たてごとを高くかかげた。「まずはお近づきのしるしに、一曲歌わせていただきたい」

「なにを?」すかさず石切り職人がった。「ここのお上品な方々は耳が肥えてらっしゃるぞ。つまらねえ歌だったら身ぐるみがれて追い出されるからな」

「おお、こわい。それならば、みなさまがた──、じやしんカダッシュをちはらい、この世に光をもたらした六えいゆうの話などはいかがでしょう?」