叛逆せよ! 英雄、転じて邪神騎士

一章 その後の勇者たち ③

 せいだいはくしゆと口笛が新顔をかんげいした。赤ら顔の男たちがあしみをして、さかずきをテーブルに打ちつけまくってかんせいをあげる。いまやザッハの──というより、大陸中の定番だった。

 ミルド人が太古の時代にあがめていたというじやしんカダッシュをふたたびこの世に降臨させ、全土統一をもくろんだランドール王国。先ほどれたように、ザッハはまさしくランドールのしんこうを受けた土地だ。

 だれもが、昨日までの生活と、明日への希望を根こそぎうばわれた。国民すべての命がじやしんへのもつになるのだと、老人から幼い子供にいたるまでそう信じかけたとき──。

 神のせきが地上にりた。とつじよあらわれた六人のえいけつが、じやあくの支配に「否」と声をそろえたのだ。力ずくでしんこうを強要しようとするきようしん者たちにはそれ以上の力をもってむくいて、友や家族を失った者たちのなみだなげきを力に変えた。六人の筆頭は、いうまでもない、


「〈運命の勇士〉アレフ」


 ぎんゆうじんがその名を高らかに歌うと、店中の人間たちが唱和した。っぱらいやしようたちはもちろん、いまのいままできたないテーブルにしてねむりこけていた老人も、常に歯痛をこらえているような表情の店主も、残飯が出るのを期待して店の出入り口や窓からひょいと顔を出しては店員にはらわれていた宿なしの者たちも──みなみな


「〈りゆう戦士〉ギュネイ」

「〈最後の聖堂〉ジューザ」

「〈純潔の聖女〉エリシス」

「〈けんじや〉ケイオロス」

「〈星落としの射手〉アー・シェ」


 六人の名をそらんじられない者など、いまやこの大陸にはひとりとして存在しないだろう。

 かれらはランドールの強大な軍勢に立ち向かい、じやしんけんぞくたるじゆうを次々はらった。す息がえんになるというりゆうじんも、かいとのけいやくで不死を約束されたというも、手をひらめかせるごとに信徒をじゆうに変える司教も、かれらはおそれなかった。

 六人の戦いをきっかけに、いったんはランドールのしんこうくつしかけていた諸国も立ちあがった。足並みをそろえて各方面から軍勢を進めてランドール包囲もうを築きあげたのだ。

 六えいゆうたちはそのかんげきって、ランドールの都──じやきようの総本山バン=シィへと向かい、そして見事、『この世にもっとも近づいた神』カダッシュをった。

 ランドールはほろんで、世界はあんねいもどした。なによりザッハのたみほこりに感じているのが、一度は王家さえ失ったこの国こそが、〈運命の勇士〉アレフに、〈りゆう戦士〉ギュネイ、〈最後の聖堂〉ジューザと、六えいゆうのうち三人をもはいしゆつしたことだ。

 ぎんゆうじんもそのあたりは心得たものだった。

 通常、この手の『六えいゆう物語』は、エレィノア国の王女であった〈純潔の聖女〉エリシスが、神のてんけいを受けて故郷を旅立つ場面からはじまる。じやしんを退けたすべてのきっかけが六えいゆうにあるというなら、そもそもこのえいゆうたちをいだしたのは、エリシスその人だからだ。

 今宵こよいぎんゆうじんはしかし、ザッハ人がいちばん聞きたいであろう場面から物語をはじめた。とある貴族の城にかんきんされていた運命の少年アレフが、エリシスに救出されて、追っ手からげている場面だ。

 旅慣れしていない二人は、ほどなくようへいくずれの追っ手どもにつかまる。若い二人のめいていそうも命もうばわれるかに思えたとき、そこへ、全身にかがやかつちゆうをまとった男が、長いかみとマントを風になびかせながらきゆうえんにあらわれた。かれこそのちに〈りゆう戦士〉と呼ばれるギュネイだ。


「悪党どもめ。うるわしき聖女とけがれなき少年を、貴様らごときに傷つけさせはせぬ」


 ギュネイは馬をたくみにあやつりながら、やりをもってようへいくずれどもをいつしゆんにしてした。

 りゆうによく似たかぶとで顔をひたかくしにしていたというギュネイは、その正体をめぐって諸説ある。それこそえいゆう伝説を歌う詩人が百人いれば百通りの説があるといった具合だが──すでに死んだと思われていたえいけつだとか、ミルド人貴族のまつえいだとか、〈星落としの射手〉と同じで実はランドールの武人だったとか──、ぎんゆうじんはそこもれたもので、ザッハ人がいちばん好む説を採用した。

 すなわち、ランドールによってほろぼされたザッハ王家の生き残りであり、血族をみなごろしにされたふくしゆうのためにけんを取ったが、たみと都を守るという王家の責務を果たせなかったじよくゆえにその顔を常におおかくしているのだ──という説。

 この説は、ザッハ人の王家への愛着を満足させ、一度はほろぼされかけたという痛みをいやしてくれるばかりでなく、『顔をかくした貴公子』といういかにも物語にふさわしいモチーフが、ロマンチストたちの想像力をげきしてくれるのだ。

 そのしように、ギュネイのくだりになると、ご婦人がたの顔がうっとりとなる。いつもは持ち前の手管でだん衆の持ち金すべてふんだくろうとしているしようたちでさえ、手を組みあわせて、乙女おとめのようにほおしゆいろに染める。


「ああ、おいたわしい、ギュネイさま」なみだぐむ女とていた。「王家のじよくなど、気になさらずともよいのに。ああ、うるわしきそのご尊顔をひと目でも見せてくださらないかしら」


 酒場中の人々が歌にれているなか、例の、ジャックという若者とひげをたくわえた年配の男だけ、様子がちがっていた。ジャックはもくもくと、男は相変わらずにやついた顔をしながら気のけたエール酒を飲み、素っ気ない味をした料理を口に運んでいる。


「マントと長いかみを風になびかせた貴公子とはなあ」


 男がくっくっと笑う。ジャックはジャックで、


「ガイフレイムをつけたのはあんたと出会って以降だよ。それまではつうに顔だって出してたし、かみを長くしたこともない。それに、城主の追っ手からアレフたちを守ったというのもまちがってる。逆に、あいつらをおそった一団の側だったんだから」


 意味のわからないことをくさったようにつぶやいている。


「名前がよくない。『ギュネイ』ってのは本来貴族の名前なのさ」


 そういった年配の男は酒場の入り口に目をやって、


「ひとつ予言をしてやろうか」と声をひそめた。「いまから〈りゆう戦士〉、もしくは仮面の貴公子ギュネイさまがここにおいでになるぞ」


 まさか、ともジャックはいわない。じやしんめつしてこの世に平和をもたらした六えいゆうのひとりが、こんなかた田舎いなかにあらわれるはずもない。

 だれしもそう思うだろうが、ひげをたくわえた男の予言はほどなくして的中した。

 ぎんゆうじんえいゆう物語でよく知られる場面をいくつか歌いあげたのち、


「ここで、しんしゆくじよみなさまがたにぜひごしようかいしたい方がいらしています」


 と一礼すると、武装した男たちが数名、店内に入ってきた。何事かとさわぎはじめた客たちは、しかしすぐに目をいて、そのあとにつづいて入店してきたひとかげに注目した。