叛逆せよ! 英雄、転じて邪神騎士

一章 その後の勇者たち ④

 全身をよろいかぶとおおっている。外気にれている部分などわずかばかりもないのではないかというほどのてつていぶりだ。人々のこんわくはじょじょにおくそくから生じるざわめきへと変わり、ざわめきはやがて期待と予兆からのけんそうへと転じた。


「そう、この方こそ〈りゆう戦士〉ギュネイさまその人であられる!」


 詩人の声はじゆつ師が唱えるじゆもんのひと声のようだった。

 店内がばくはつしたかと思うようなかんかんの声、声、声。


「ザッハ出身のギュネイさまは、みなさまの、現在の生活をお知りになりたいと常々おっしゃっており、こうして時折りおしのびで下町を訪ねておられるのだ。かくいうわたしも、なにをかくそう、ギュネイさまにお仕えしてじやしんとうばつに同行した見習い──」


 あれほどうっとりと耳を楽しませてくれた詩人の声だったが、もうだれも聞いている者はなかった。大勢の人がよろい姿のギュネイに群がって、平和をもたらしてくれたことへの感謝と、あなたにこうしてお目にかかれていかに感激しているかという言葉、じやしんとうばつのお話をひと言でも聞かせてはくださらないかといったこんがんなどが、もう引きもきらない波のようにあふれている。

 ギュネイは片手をあげてみなさわぎをおうように受け止めつつ、


「どうぞみなさん、席におもどりください。ああ、さわがしくさせるつもりなどなかったのに。ただみなさんが平和に過ごしているところを遠くから見守りたかっただけなのです。店主どの、すまない。ここでのはらいはわたしがするのでどうぞ許してほしい」


 飛ぶようにしてあらわれた店主も、いつものげんな顔はどこへやら、貴人相手にするような態度で深々とこしを折っている。

 ギュネイは店の一角にこしを落ち着け、やがてかれわれる形で詩人の歌が再開された。

 みな、ちらちらとだいえいゆうの姿に注意をうばわれつつも、しかし実際にえいゆうその人を間近にしながら聞く物語はより真にせまって聞こえてきて、まるでかれらは自分たちもえいゆうの旅に同行しているような気持ちになった。えいゆうたち一行は〈純潔の聖女〉エリシスの導きのまま、『ミルド人の墓所』から南のダスケス国にわたって、じやしん軍四天王の一角とされた〈りゆうじん〉ゴドイと戦い、なんとか勝利をおさめた。店内ははくしゆかつさいに包まれた。しかしその直後に、アルギア国の王都がかんらくしたとの知らせを受けて、今度は深い絶望に閉ざされた。


「大陸全土はランドールのしき手に落ちてしまうのか。われわれはひとり残らずじやしんもつになるしかないのか」


 詩人が問いかけると、「否!」とすいかんのひとりがジョッキをテーブルに打ちつけた。さっきまでジャックにからんでいたきこりのロブだ。「そうだそうだ」と店中の男たちがジョッキを上げ下げして、女たちも声をそろえる。


「われわれには〈運命の勇士〉アレフがいる、〈りゆう戦士〉ギュネイがいる」

よこしまな神など恐るるに足らず!」

「さよう!」詩人の声もますます調子が高まる。「かつもくせよ。アレフ、ジューザ、ケイオロスの三人はダスケスのとりでにとどまり、新たに差し向けられた四天王と真っ向から戦うかくだ。すべからく耳をまして聞くべし。エリシスとギュネイは北のエレィノアへとわたって、ランドールを背後からく心構えだ。えいゆうたちはだれひとりとしてあきらめてはいない。その手につかむであろう勝利を。神の加護が約束された未来を!」


 ちようしゆうたちの盛りあがりはいや増すばかり。ギュネイはそれを満足げにながめながら、テーブルひとつひとつをまわって、みなさかずきをあわせている。やがてジャックたちのいる席にまで来た。ジャックたちの酒がきているのを見て取ると、


おごらせてもらいましょう」


 と店員を呼んで新たな酒を持ってこさせた。


「いや、いいですよ」ジャックがあわてて手をった。「もう帰るところだったし」

「手前」と目ざとくそれを見つけたのは大男のロブだ。「〈りゆう戦士〉さまの酒が飲めねえだと? しつけにもほどってものがある。やっぱり一度は痛い目にあわせてやったほうが……」

「まあまあ」ギュネイはあくまでおだやかに大男のさえぎってからジャックのほうを見た。「一ぱいだけ。ここで知りあったのもなにかのえんですから」


 ジャックは不承不承うなずいた。

 また新たなテーブルに向かうギュネイの後ろ姿をながめつつ、ひげの男はジャックに、


「よいのか、酒などそうになって。おまえもっているだろうから一応は教えておいてやるが、にせものだぞ」


 店にいるだれかひとりにでも聞かれたらすさまじいパニックになりかねないことを口にしたが、ジャックの反応はきわめて大人しかった。


「いいよ、別に悪さをしているわけじゃないし。逆に、みんなにおごってやっているんだからいい人なんだろう。っとけばいい」

「いい人かねえ」ひげの男は鹿にしたように笑った。「まあ、『えいゆう』の話はいいさ。それよりおまえのことだ。さっきはきこりからげまわってやがったな。だらしのねえ。けんを持たなきゃけんひとつできねえか。男同士のけんなんざ、金玉りあげりゃ、それでしまいだろうがよ」


 男は息巻いたが、赤い顔のジャックは酒を口にしながら「うふふ」と小さく笑った。


「なにかおかしいかよ」

「あんたが、この世のことでわからないことはない、ってくらいすごい知識があることは、おれがだれよりも知っている。でもさ、ほんの時折り、つうの人がわかっていることがあんたにはまるでわからない、ってことがあるんだ。人と長いことせつしよくを断ってきたから仕方ないけど」

「おれがなにをまちがえた?」

「おれにはちからまんの兄貴が三人もいたから、けんはしょっちゅうだった。けんってのは、殺しあいじゃないんだよ。毎日顔をあわせている相手と、命のうばいあいをしてたまるもんか。命も、最低限のしんらいや尊厳もそこなわないていどにやるのがけんってもんさ。金玉なんてりあげた日には、おれは家を追い出されるか、毎日同じ仕返しをされて、こっちが命の危機におちいってたはずだよ」

「戦いにしんらいも尊厳もあるか」

「だから、わかってないんだって。当時の兄貴たちだって、ロブさんだって、いままでも、そしてこれからもいっしょにいる人たちなんだ。けんだってつきあい方のひとつ、ってこと。くやらなきゃ生きていけないんだよ。簡単にいえば、ロブさんにたてきすぎたら、おれは職を失っちゃうから、余計に守らなきゃいけない一線がある」

「ほーお。ご立派にこうしやくを垂れてくれたが、そういう心持ちなら、おまえだってもう少しわたりがくならんとなあ。ロブという男、なぜあれほどおこっていたと思う?」

いんじやわたりをいわれるのかよ。ロブさんはだれにだって短気なんだ。酒が入ればますます」

「ちがうな」ひげの男はあっさり断じた。「ロブというあの男、気づいたのさ。おまえがくつな態度を取りながらも、自分をちっともおそれてやしない、ってことに」


 いつしゆんジャックはだまりこくってしまった。


「いつもわんりよくで周りを従わせてきた男だからこそ、そういうことにはびんかんなんだろうさ」


 ジャックはそっぽを向いたついでに、まだテーブルをまわっている『ギュネイ』の姿を見やっていた。よろいは、角やら、色とりどりの宝石やら、りゆうをモチーフにしたしようやら、とにかくと余分なかざりつけが多くて、とても戦いに向いているようには見えない。それでも貴公子然としたいをつづける『ギュネイ』をなおも見やりながら、


「おれって、あんな風に見られてたのかなあ」


 ジャックがぽつりとつぶやくのが聞こえて、ひげの男は苦笑いを禁じ得なかった。

 ──あのロブというきこりも、店にいる客のすべても、そしてえいゆう物語をいまなお歌いあげるぎんゆうじんも、『ギュネイ』のしばをつづける男も、きようてんどうの思いがするだろう。

 いま、どぶくさい店のすみっこで、背中を心持ち丸めておごられた安酒をすすっている、ごくごくへいぼんなこの若者こそが、じやしんはらった六えいゆうのひとり、〈りゆう戦士〉ギュネイその人であるという事実を知ったならば。