三体目にはすでにギュネイが迫っている──かに見えたが、ギュネイはくるりと身を反転させて跳びかかってきたその三体目をかわすと、勢いそのままに店外へと飛び出ていた。
「〈鎖〉を打った術者は五人だ。斃せ」
ケイオロスがギュネイの背中に叫んだ、この言葉の意味を理解できた者もない。
ごく簡単に説明するならば、いま店内にあらわれた魔獣とは、邪神に仕える僧たちがこの世ではないどこか──神の領域に近い場所──から呼び寄せたものどもだ。これら、異次元の生物を支配下におくためには、呼び寄せた当人が近くにいなければならない。猛獣使いが獣につないだ鎖をずっと手にしていなければならないようなものだ。目には見えない〈鎖〉の効果範囲は術者によって異なるが、平均的には数クラット。つまり、魔獣があらわれれば、必ず数クラットの範囲内に、これを呼び寄せて操っている僧侶がいるということになる。
そして僧が討たれれば、この世と異次元とをつなぐ〈鎖〉を断たれた魔獣はまた別次元に帰らねばならなくなる。ギュネイたちが狙ったのはそれだ。ケイオロスが魔獣をひきつけているあいだに、ギュネイは店の外へと出てランドールの邪教徒を捜し出した。建物の陰や、細い路地の奥にひそんでいたが、ギュネイは彼ら相手に何度も戦ったことがある。〈鎖〉の存在を気配で感じることができた。
店から飛び出すや、ギュネイは目にも留まらぬ速度で彼らを串刺しにした。同じ箇所に固まっていた三人を相手にしたときなどは、ただの一撃で三つすべての胸を突いたのではないかというほどに速い。全員を血祭りにあげるのに一タルンもかからず、ギュネイは店内に戻った。
果たして魔獣どもは一体残らず消えており、ケイオロスはくつろいだ姿で〈竜戦士〉を出迎えた。ひっくりかえっていたロブをはじめ、店の隅に固まっていた人々も啞然とした顔で彼ら二人を見つめている。が、
「戦いに向いちゃいない男が、的確に敵をしとめて帰ってきたか」
ケイオロスの軽口を聞き流すでも笑って応じるでもなく、ギュネイは店から出ていったときと同様、突然走りはじめた。
「伏せろ、ケイオロス」
〈賢者〉とすれちがいざまに叫んだ。「おっ」と首をすくめたケイオロスの頭上を矢が飛んでいくのを目撃しながら、ギュネイは二階へ通じる階段を数段飛ばしながら駆けあがる。いまさらながら、全身に甲冑を着込んだ男の動きとも見えない。
こういう店の常として、二階は店主の住まいや宿を兼ねている。そちらに避難した人間も多かったが、ギュネイが目指した先には弓を構えた人影があった。気づくべきだった。客に扮したもうひとりの刺客が、隙を狙って伏せていたのだ。
刺客はギュネイに第二射を放った。そのすばやさと的確さは刺客が並の腕前ではないことを示していたものの、ギュネイの対応は槍のひと振りで事足りた。へし折れた矢が手すりを越えていくのを尻目に、彼は最後の階段を鋭く蹴りつけた。
まさか、というのが刺客の偽らざる心境だったろう。甲冑姿の男が突然消え失せたかと思うと、その男は刺客の頭上をも飛び越えて、いつの間にやら背後に位置していたのだ。
刺客はあわてて振り向こうとしたが、
「槍の石突で殴る」
ギュネイがなぜだか律儀に宣言した瞬間には、刺客は崩れ落ちていた。
〈異形〉を屠った鎧姿の男こそが〈竜戦士〉ギュネイ本人であることはもはや疑いようがなく、しかも彼が『ケイオロス』と呼んだことで〈賢者〉の正体も露呈した。
村中を、「ランドールの襲撃ふたたび」という恐怖の報と、「英雄あらわる」という歓喜の報が交互に駆け巡った結果、大勢の人々が店の前に集まりつつあったが、ギュネイは僧たちの後始末も含めたいっさいを〈賢者〉に任せると、店主から許しを得たうえで、二階の空いた部屋に気絶させたばかりの刺客を連れ込んだ。
尋問のためだ。最初店にあらわれて『ギュネイ』を短剣で突き刺そうとした美女のほうは、混乱に乗じてか、いつの間にやら姿を消していたし、僧たちはひとり残らず殺していたので、話を聞けそうなのは矢を放ったこの刺客しかいない。
ちなみにこちらも女だった。それも、最初のほうの美女にも引けを取らないほど目鼻立ちがととのっている。ただ、客に扮する役まわり上、目立たないようにとの配慮だろう、化粧っ気はまるでなく、泥や煤でわざと顔を汚してさえいる。歳のころは十九、二十か。ギュネイと同年代だ。椅子に縄で縛りつけて数タルン、
「そろそろ目を覚ますころだろうな」
ギュネイがひとり言にしてはやや大きな声でいったとき、女が実際に目を開いた。二、三回、瞬きをした女は、ギュネイの甲冑姿を認めるなり、その目をカッと見開いたが、
「縄で縛ってある」またも律儀にギュネイは教えてやった。「いくら訓練されたランドール兵でもそれでは動けまい」
女が「貴様」と唸った。獲物を見定める獣よろしく、ぎらぎらとした眼差しだった。
「ランドール兵ということは否定しないのだな。当然か、魔獣を呼び出して、〈鎖〉でこの世に縫いとめたうえで操る秘術はランドール司祭独自のものだ。〈賢者〉がいってた、いままでのどの神官も魔術師もなし得なかったものだとな」
鎧を装着すると──というより、ごく近しい仲間以外の相手に〈竜戦士〉として対するときは──自然、言葉遣いも重々しくなる。子供っぽさが出ると舐められかねないからだ。が、対する刺客の女は、ギュネイのそうした芝居にもせせら笑いを返した。
「魔獣だと? ふん、わが神の眷属に恐れをなした蛮人どもはそう呼ぶらしいな。だが、どう言い換えたところでわがランドールが神、そのご威光と栄光には傷ひとつつかぬ。いますぐわが神の前にこうべを垂れ、膝をつくがよい!」
ぐるぐるに縛られた身分でありながら、女はまるでいくさに勝った将軍のごとき立場で吠えている。ギュネイは肩をすくめた。
「悪いが、信仰の押し売りは断ることにしている。相手がこっちを殺そうとした相手ならなおのことだ。なぜおれを狙った?」
「なぜ? なぜだと? ほう、なぜ、か!」
女は椅子の上で身悶えしながら、驚き、笑い、そして業火のような怒りを目から放った。
「貴様を恨まぬランドール騎士があるものか。いや、騎士だけではない。民草ひとりひとり、がんぜない幼児から腰の曲がった老人にいたるまで、ランドール人の誰もがおまえを──ギュネイ、アレフ、エリシスらの名前を忘れない。この手で復讐をなすまでは」
「ずいぶんと嫌われたものだな」
ギュネイがケイオロスを真似たせせら笑いを返すと、