叛逆せよ! 英雄、転じて邪神騎士

一章 その後の勇者たち ⑨

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〈異形〉を具体的にどういいあらわすかは、目の当たりにした人間によってそれぞれ異なるにちがいない。

 たとえばふくらんだ水死体を見たことのある人間には、が息をきかえしてあらわれたように見えた。ある人間には、自分が先ほど店のかたすみしたぶつが人の姿になったように見えたし、ある人間には、黒いすすが寄り集まっているように見えた。

 目にした姿は様々であっても、反応はいつしていた。


「ランドールのじゆうだあっ」

やつらがまた来たぞ!」


 ぜつきよう、悲鳴をとどろかせながら、テーブルやすべてひっくりかえす勢いで、店の入り口から遠ざかろうとする。『ギュネイ』は人波にまれて立ちあがることができずにいたのだが、そこを〈異形〉──かれらいうところのランドールのじゆう──にねらわれた。

 じゆうはその背中につばさらしきものを有していた。ただし体格の割におそろしく小さくて、おまけに見る者を不快にさせるほどねじくれており、それで飛べるとも見えないのに息をむほどの速度でゆかすれすれをかつくう

 黒っぽく、いびつにふくらんだうでかつちゆうの足をつかむ。『ギュネイ』が「ぎゃっ」と声をあげた。かつちゆうは白銀色をしていたのだが、つかまれた部分が黒く変色していた。水ぶくれを起こしたそっくりに鉄があわだち、次いで黒くって、じゆうの手のなかでけていく。


ろうっ!」


 とこのときロブが、かべに立てかけてあったモップを手に取るなり、じゆうの背中になぐりかかった。しかしじゆうれたしゆんかんからモップも黒い色にしんしよくされてぼろぼろにくずれて、勢いを持て余したロブはつんのめってたおれてしまった。

 人々の悲鳴が店内でいびつなうずを巻いた。つい先ごろまでのかれ気分などそのうずまれてえていた。暗黒の時代にぎやくもどりだ。家族で身を寄せあってかれらの注意を引かないよう、赤子の口さえ手でさえながら、そろって息を殺しつづけたあの時代に。

 このとき──、『ギュネイ』のおつきとして店にあらわれた例のぎんゆうじんは、テーブルの下にかくれひそんでいた。

 かれしようしていたような「えいゆうに同行した見習い」などではなく、大戦がはじまる前から、今宵こよいと同じく酒場をめぐっていどれを気分よくさせるだけの歌を歌ってはぜにかせいでいる身分だった。いくさが終わったあとになって、やはり酒場で歌っているところを『ギュネイ』に拾われた。『ギュネイ』はいわゆるごうしよう息子むすこであり、こうして特別に仕立てたかつちゆうを身にまとっては、夜中にかつしてえいゆうごっこを楽しむのがしゆだった。ただし、都会で派手にやったのでは正体がばれやすいので、こうした田舎いなか村で楽しむのがせいぜいだ。

 最初、『ギュネイ』を護衛するようにあらわれた武装兵たちも、金でやとわれた村人に過ぎないから、いまはあっさり主人を見捨てて裏口から外にげている。ぎんゆうじんはテーブルの下に身をしのばせたはいいが、身動きできず、骨ごとふるえるような思いをしながら、


(なにが六えいゆうだ。なにがじやしんった伝説の戦いだ。悪夢はまだ終わっちゃいなかったんだ。おれたちはあくもてあそばれて、一生いてのた打ちまわる運命なんだ)


 そう毒づくしかなかったが、かれは、この一夜で見た光景すべてを歌にして、ザッハ各地で歌いあげることとなる。歌い出しはこうだ。


(われらに希望をいだかせた六えいゆうとはなんであったか。世界中の人々をかんさせ、おどりさせたじやしんとうばつの報とはなんであったか。すべてはただ夢、まぼろしに過ぎなかったか)

。そう、みな声をそろえよう。否である、と)


 黒いじゆうが『ギュネイ』の身体を引き寄せにかかった。これ以上はないと思われていた悲鳴がさらに大きくなった。あおけにさせられた『ギュネイ』にじゆうつめせまる。


(否、否、否。なぜならばそう──われらには)


 ぎんゆうじんの眼前を、暗緑色のとつぷういた。

 しゆんかん、そこにあらわれたのは全身にかつちゆうをまとった武人。めんぽおをおろし、がおはおろか、外気にれている部分などひとかけらもないのではないかというほど全身をよろったその姿は、ぎんゆうじんが見慣れていた『ギュネイ』のものとはだいぶ様子がちがっていた。

 かぶとは、絵巻物などに登場するりゆうの顔そっくりで、上下左右、四つに割れた口の中央に顔が位置しているようだが、これがぴったり前面で閉ざされているためがおはまるで見えない。かつちゆうには、ひとつずつていねいなつくりの小ざねが無数に折り重なっており、こちらはまるでうろこのようだ。〈りゆう戦士〉と呼ばれるゆえんだ。


(われらには、そう、〈りゆう戦士〉ギュネイがいる。よこしまな神など恐るるに足らず)


 かつちゆうにはりゆうに似た長いもついていたが、無数にとげを生やしつつせんたんするどとがったそれがひとりでに垂直近くまでそそり立つと、根もとからあっさりとれた。ゆかに落下する寸前にかつちゆうの主が右手で受け取る。だれもがこのしゆんかんひとつの単語をおもかべたことだろう。

 ああ、あれぞ〈りゆう戦士〉の──じやはらせいべんにして、悪を穿うがせいそう、エル・スリーンである、と。

 じゆうほうこうは、あらしの夜、戸板しに耳にする風の音そっくりだった。『ギュネイ』にりかざす予定だったいちげきせきを変え、暗緑色のかつちゆうめがけてよこなぐりにるわれた。

 そのうでちゆうから寸断された。ロブのいちげきを黒くかしたはずの体皮は、かつちゆうの主がるうやりいちげきにはあっさりくつしたのだ。じゆうがよろめいた。『ギュネイ』をつかんでいたうではなれてつばさがはためく。いったんきあがってきよを取ろうという試みは、しかし無造作に一歩をみつつかつちゆうの主が放ったついげきやりによってはばまれた。

 空中でいびつな形のどうたいが真っ二つになった。

 だが、〈異形〉は一体だけではなかった。すでに、二、三のかげが店内にあらわれつつある。


かつもくせよ。〈りゆう戦士〉ギュネイはじやしんけんぞくおそれぬ。〈けんじや〉ケイオロスはよこしまなるじゆつの産物をさげすみの目で見る。聞けや聞け聞け、ギュネイのやりが巻き起こす風のほうこう、ケイオロスがかざした手から放たれる火球のとどろきを)


 たったいまやりるったかつちゆうの主とは、ギュネイその人だ。ついさっきまではかつちゆうなど身につけていなかったはずだが、ケイオロスが「来るぞ」とさけんだしゆんかん、左手首にはめてあったうでかがやいたかに見えると、次のせつには、ギュネイの姿は暗緑色のかつちゆうおおわれていたのだ。

 つづいての二体目は、ケイオロスがいったん退けた。かれもいつしかその手につえにぎっている。伝説に語られるえいゆうるうつえは、そのせんたんからしやくねつほのおを生み出し、それは球状の形をしながら放たれた。