叛逆せよ! 英雄、転じて邪神騎士

一章 その後の勇者たち ⑧

「いざ戦いが終わっちまえば、運命とやらもあっさりしゆうりようだ。じゃあ、そのあとはどうする? そのあとの人生にも、神さまが新しい運命を用意してくれるのか? ちがうね、神さまはもう知らん顔だ。『運命に選ばれた子らよ、よくやった、じゃああとは勝手にしろ』ってさ。もうそれぞれの生き方にもどるしかない。アレフはどうするつもりか知らないけれど、ジューザは真実の聖堂になろうとするだろうし、アー・シェは旅のちゆうからりかえしいっていたように種族としての故郷に帰るんだろう。エリシスは国のために働いて、あんたはさくのためにやまごもり。そしておれは──、おれは、ランドールがなくなったいま、だれかを殺す理由もない。ようへいでひとかせぎするとか、名をあげて一国一城のあるじになるとか、そんなつもりもさらさらない。だからこの村でやとい労働者。それでいいんだ。おれは、満足しているよ」


 言葉の最後に、ぼくみをえた。ケイオロスもられたみたいに笑った。


「おまえもおまえで、欲のないやつだわな。王とはいわんまでも、おまえが望めば、いまでも城のひとつといわず、二つ、三つくらいはあたえられるだろうに」

「いろんなことから解放されたばっかりなんだ。もうなにも背負いたくなんてないね」


 それが、現在のギュネイのいつわらざる本音のようだった。ケイオロスとて、かれを本気で王にしたいわけではない。なにがなんでも、戦っているころのかれもどってほしいとも思わない。ギュネイが自分で自分の人生を決めたのなら、それで構わなかった。

 二人はそれから詩人の歌を聞くともなしに聞きながら、いくつかの思い出話をわした。


「さて、名残なごりしいが」


 と、ケイオロスがジョッキを置いたのが、店に入ってからおよそ二タード後。


「少し顔を見るだけのつもりが、思わず長居してしまった」

「もういくの? 宿を労働者たち共同で借りてるんだ。まっていけばいいのに」

「おまえたちのあせにおいといびきになやまされながらか? いやなこった。じゆつさくはげみながらなら、風も雨も雪も楽しいものだが、男とまくらを並べるのだけはごめんこうむる」

「あんたらしいよ」


 ケイオロスとギュネイが席を立った。〈けんじや〉がテーブルのあしると、ゆかしていた犬がぴくりと頭をもたげる。ひとつ大あくびをした。

 店もそろそろ閉めどきだったが、なにせ『ギュネイ』がいるので店主もどうしようかと頭をなやませている様子だった。と、そこへ新たな客が入ってきた。いちべつしたケイオロスが、


「五人、いや六人か」


 と低くつぶやいたが、実際に店内へ姿を見せたのは女ひとりきりだ。

 じゆんれいの旅のちゆうだろうか、うすちや色をしたかざのないながぎぬで全身をおおっている。美しい顔に、男たちの視線が集中した。


「悪いが、そろそろ店を閉めようかと思っていたんだ」


 店主が、いつものぶつちようづらもどって女に告げる。男たちが「気のかない石頭ろうめ」という顔をするなか、女は、やはり自分がじゆんれいじようにあることを明かしたうえで、


「わたしは、遠く、アルギアはイーベの出身。夫も息子むすこもランドールのしんこうで殺されてしまいました。二人のたましいなぐさめるためのじゆんれいちゆうでありましたが、こちらにギュネイさまがいらっしゃると聞いて、矢もたてもたまらず飛んできただいです。イーベをお救いくださったのは、ほかならぬ〈りゆう戦士〉さまでいらっしゃいますので、ひと言だけでもお礼をと──」

「おお、これはイーベよりわざわざ」

『ギュネイ』が席を立って、女のほうへ近づいた。女がそのかつちゆう姿を見て、はっと立ちすくむ。『ギュネイ』は何度もうなずきながら、女の手を取った。


「覚えていますとも。イーベでの戦いはれつきわめました。あなたのような方をひとりでも救うことができたのならそれはわがほこり。しかし、わたしのけんがあと一歩間にあわず、あなたのごていしゆやお子さまをお救いできなかったとなれば、それはわがしようがいに残るいであります。どうかわたしにもご家族のたまいのらせていただきたい」

「ああ、〈りゆう戦士〉さま、なんともったいないお言葉。そのお言葉だけで、夫も息子むすこも天上で救われる思いがしましょう」


 女は両目からなみだをあふれさせ、その場にくずちそうになった。『ギュネイ』が力強くそのこしを支えてやると、女はと『ギュネイ』にすがりついた。店中の人々がこの感動的な一場面に目を細めた。

 が、それをじやするすい者があらわれた。ねむそうに大あくびをしていたはずの犬が、とつじよ大きくえたかと思うと、テーブルの下からとつぷうみたいに飛び出してきて、『ギュネイ』と女のあいだに割って入ったのだ。

 身をらそうとした『ギュネイ』はかつちゆうの重みにあらがえず後ろたおしになった。と金属が派手な音をかなでる。客たちの何人かが『ギュネイ』を助け起こそうとし、何人かが犬をばそうとしたのだが、だれひとりとして行動に移せた者はなかった。

 代わりに「あっ」と声をそろえたのは、『ギュネイ』がたおれたしゆんかん、女が武器を手にしていることがあきらかになったからだ。長いすそしのばせていたのだろうか、さきするどたんけん──というより、もう針に近い形状のにぎられている。せんたんが黒く変色しているのは毒をっているためか。よろいすきからされれば、さしもの〈りゆう戦士〉とてひとたまりもなかったはずだ。

 女は小さく舌打ちすると、二度目にびかかってきた犬をたくみにかわしざま、起きあがろうともがいていた『ギュネイ』へのきよするどめて、いつしゆんにして馬乗りになった。『ギュネイ』のかぶとを手でさえると、のどくびめがけてれる。

 その間、だれも身動きできなかった。

 ──かのように見えたのだが、いつの間にやら女の背後にひとかげがあった。

 ギュネイだ。人々からすれば『ジャック』。時間もきよも一足飛びにえたかのようなとうとつさで、女の背後に位置すると、首の側面めがけて手刀をたたんだ。

 女が白目をいて『ギュネイ』の上にたおれる。手から落ちたかつちゆうの胸当てにねかえって音を立てた。

 店内の人々は声もない。だれかれも、いのさめた顔でこおりついている。

 六えいゆう暗殺事件がとつじよとしてぼつぱつ、そしてこれもとつじよとして未然に防がれた──と客たちの何割かがようやくのことで理解したそのとき。


「来るぞ!」


 さけんだのはケイオロスだ。

 次のしゆんかん、ザッハかた田舎いなかの酒場に〈異形〉があらわれた。