「いざ戦いが終わっちまえば、運命とやらもあっさり終了だ。じゃあ、そのあとはどうする? そのあとの人生にも、神さまが新しい運命を用意してくれるのか? ちがうね、神さまはもう知らん顔だ。『運命に選ばれた子らよ、よくやった、じゃああとは勝手にしろ』ってさ。もうそれぞれの生き方に戻るしかない。アレフはどうするつもりか知らないけれど、ジューザは真実の聖堂騎士になろうとするだろうし、アー・シェは旅の途中から繰りかえしいっていたように種族としての故郷に帰るんだろう。エリシスは国のために働いて、あんたは思索のために山篭り。そしておれは──、おれは、ランドールがなくなったいま、誰かを殺す理由もない。傭兵でひと稼ぎするとか、名をあげて一国一城の主になるとか、そんなつもりもさらさらない。だからこの村で日雇い労働者。それでいいんだ。おれは、満足しているよ」
言葉の最後に、素朴な笑みを添えた。ケイオロスも釣られたみたいに笑った。
「おまえもおまえで、欲のない奴だわな。王とはいわんまでも、おまえが望めば、いまでも城のひとつといわず、二つ、三つくらいは与えられるだろうに」
「いろんなことから解放されたばっかりなんだ。もうなにも背負いたくなんてないね」
それが、現在のギュネイの偽らざる本音のようだった。ケイオロスとて、彼を本気で王にしたいわけではない。なにがなんでも、戦っているころの彼に戻ってほしいとも思わない。ギュネイが自分で自分の人生を決めたのなら、それで構わなかった。
二人はそれから詩人の歌を聞くともなしに聞きながら、いくつかの思い出話を交わした。
「さて、名残惜しいが」
と、ケイオロスがジョッキを置いたのが、店に入ってからおよそ二タード後。
「少し顔を見るだけのつもりが、思わず長居してしまった」
「もういくの? 宿を労働者たち共同で借りてるんだ。泊まっていけばいいのに」
「おまえたちの汗の臭いといびきに悩まされながらか? 嫌なこった。魔術の思索に励みながらなら、風も雨も雪も楽しいものだが、男と枕を並べるのだけはごめんこうむる」
「あんたらしいよ」
ケイオロスとギュネイが席を立った。〈賢者〉がテーブルの脚を蹴ると、床に突っ伏していた犬がぴくりと頭をもたげる。ひとつ大あくびをした。
店もそろそろ閉めどきだったが、なにせ『ギュネイ』がいるので店主もどうしようかと頭を悩ませている様子だった。と、そこへ新たな客が入ってきた。一瞥したケイオロスが、
「五人、いや六人か」
と低くつぶやいたが、実際に店内へ姿を見せたのは女ひとりきりだ。
巡礼の旅の途中だろうか、薄茶色をした飾り気のない長衣で全身を覆っている。美しい顔に、男たちの視線が集中した。
「悪いが、そろそろ店を閉めようかと思っていたんだ」
店主が、いつもの仏頂面に戻って女に告げる。男たちが「気の利かない石頭野郎め」という顔をするなか、女は、やはり自分が巡礼の途上にあることを明かしたうえで、
「わたしは、遠く、アルギアはイーベの出身。夫も息子もランドールの侵攻で殺されてしまいました。二人の魂を慰めるための巡礼中でありましたが、こちらにギュネイさまがいらっしゃると聞いて、矢も盾もたまらず飛んできた次第です。イーベをお救いくださったのは、ほかならぬ〈竜戦士〉さまでいらっしゃいますので、ひと言だけでもお礼をと──」
「おお、これはイーベよりわざわざ」
『ギュネイ』が席を立って、女のほうへ近づいた。女がその甲冑姿を見て、はっと立ちすくむ。『ギュネイ』は何度も頷きながら、女の手を取った。
「覚えていますとも。イーベでの戦いは熾烈を極めました。あなたのような方をひとりでも救うことができたのならそれはわが誇り。しかし、わたしの剣があと一歩間にあわず、あなたのご亭主やお子さまをお救いできなかったとなれば、それはわが生涯に残る悔いであります。どうかわたしにもご家族の御霊へ祈らせていただきたい」
「ああ、〈竜戦士〉さま、なんともったいないお言葉。そのお言葉だけで、夫も息子も天上で救われる思いがしましょう」
女は両目から涙をあふれさせ、その場に崩れ落ちそうになった。『ギュネイ』が力強くその腰を支えてやると、女はよよと『ギュネイ』にすがりついた。店中の人々がこの感動的な一場面に目を細めた。
が、それを邪魔する無粋者があらわれた。眠そうに大あくびをしていたはずの犬が、突如大きく吠えたかと思うと、テーブルの下から突風みたいに飛び出してきて、『ギュネイ』と女のあいだに割って入ったのだ。
身を逸らそうとした『ギュネイ』は甲冑の重みに抗えず後ろ倒しになった。がしゃんと金属が派手な音を奏でる。客たちの何人かが『ギュネイ』を助け起こそうとし、何人かが犬を蹴飛ばそうとしたのだが、誰ひとりとして行動に移せた者はなかった。
代わりに「あっ」と声を揃えたのは、『ギュネイ』が倒れた瞬間、女が武器を手にしていることがあきらかになったからだ。長い裾に忍ばせていたのだろうか、刃先の鋭い短剣──というより、もう針に近い形状の刃が握られている。先端が黒く変色しているのは毒を塗っているためか。鎧の隙間から突き刺されれば、さしもの〈竜戦士〉とてひとたまりもなかったはずだ。
女は小さく舌打ちすると、二度目に跳びかかってきた犬を巧みにかわしざま、起きあがろうともがいていた『ギュネイ』への距離を鋭く詰めて、一瞬にして馬乗りになった。『ギュネイ』の兜を手で押さえると、刃を喉首めがけて突き入れる。
その間、誰も身動きできなかった。
──かのように見えたのだが、いつの間にやら女の背後に人影があった。
ギュネイだ。人々からすれば『ジャック』。時間も距離も一足飛びに越えたかのような唐突さで、女の背後に位置すると、首の側面めがけて手刀を叩き込んだ。
女が白目を剝いて『ギュネイ』の上に倒れる。手から落ちた刃が甲冑の胸当てに跳ねかえって音を立てた。
店内の人々は声もない。誰も彼も、酔いのさめた顔で凍りついている。
六英雄暗殺事件が突如として勃発、そしてこれも突如として未然に防がれた──と客たちの何割かがようやくのことで理解したそのとき。
「来るぞ!」
叫んだのはケイオロスだ。
次の瞬間、ザッハ片田舎の酒場に〈異形〉があらわれた。