「だから、戦いが好きじゃないんだって。おれが戦う目的はずっとひとつだけだった。ランドールを地上から消し去ること。そのために戦って戦って戦いすぎて、胃がもたれそうなくらいなんだ。これ以上戦うとげっぷが出ちゃう。げえ。あ、ほら出た、そら出た」
ギュネイは赤い顔をしてけらけらと笑った。ケイオロスは嘆息して、
「好きとか嫌いとかじゃねえ。おまえはいずれ選択を迫られる。そして選択をしている自分自身をも呪うことになるだろうさ」
「ふうん」
ギュネイはもうまったく聞いていない。ケイオロスは息をつきながら背中を反らそうとして、あわや椅子から転げ落ちそうになった。背もたれがあると誤解してしまったのだ。ギュネイはそればかりは見逃さず、けたたましく笑った。
「山やら洞窟やら荒地やら、大地を褥にしてきた〈賢者〉さまも、豪勢な生活に慣れちゃったんじゃないの。王侯貴族の歓待を受けつづけたのはあんたひとりだったもんな」
「ゆえあってのことだぜ」
ケイオロスはぎろっと若者をにらみすえた。よく他人をからかうくせに、自分が笑われた場合は割と本気で気分を害する。
「いったんは滅びたこのザッハのためだ。おれが新王を見出さずば、勝手に王族の末裔を名乗るような輩や、家臣残党の集団が、ふたたびこの地を戦場にしていたろうよ。……まったく、なんでおれが縁もゆかりもないこの国のためなんぞに奔走せねばならんかったのだ」
「ごめん、悪かった。感謝してます」
「言葉には価値と意味が付随するものだ。いまの言葉には二つとも欠けておるわな」
「新王さまは愛されているよ。連日、各地に食糧や物資を届けているから。騎士たちも派遣して治安にも気を配っている。おかげで、おれだってこうして酒を飲めるわけだし」
現在、ザッハ国の玉座にいるのは、ランドール兵に殺された先代王が、かつて宮廷で下働きをしていた女性に産ませた子だった。幼いころ、王妃のたくらみで、母親もろとも王宮から追い出されており、都から離れて暮らしていたのをケイオロスが苦労して捜し出すと、六英雄の威をもって、家臣団には有無もいわせず新王の座につけた。
「さっき、『馬糞臭い』とかいわれてやがったな」ケイオロスは機嫌をなおしてくっくっと笑った。「あ奴は、馬具職人であって、馬の世話をしていたわけではないんだが。まあ、人の話ってのは過程であれやこれやとねじまがるものだ。おれらがいちばんよく知っている」
「馬具職人がよく王として受け入れられたなあ」
「貴族たちにそんな順応性があるかよ。おれが十分脅しつけておいただけのことだ。もしも新王に歯向かったら、『晴天から稲妻を呼んで』黒焦げにしてやる、ってな。まあ、いまのところはそれでいい。問題は新王その人にある。口説き落として玉座に据えたはいいが、とことん欲のない男でな、『自分はあくまで国の混乱をおさめる役まわり。勇士アレフさまがザッハへお帰りになったら、かのお方をこそ王として迎えたい。邪神を討った英雄ならば、自分を筆頭に、皆も喜んで仕えるであろう』なんていってやがる。あれが承知するとも思えんが」
ギュネイは、かつて旅の仲間だったアレフが王冠をかぶっている姿を想像して噴き出した。旅をはじめたときはわずか十五歳の少年だった。眉目秀麗で、またあまりに大人しかったこともあって最初は女の子とまちがえたくらいだ。それがいまや英雄たちの筆頭格。その成長ぶりと、実力、胆力はギュネイも認めるものの、まだ旅をはじめた当初、おどおどして泣き虫だったころの印象がどうしても拭えない。
「あいつが王ね。村祭りで、子供たちがやっている芝居みたいだな。似合いそうもない」
「……同じザッハの出で、しかも英雄というなら」
ケイオロスの大きな目が正面から見据えてきたので、ギュネイは大急ぎで首を左右に振る。
「おれのほうこそ、似合うわけないだろ」
「いっそのこと、ずっとガイフレイムを装着しておけばいい。威厳は十分だ。ザッハ国新王ギュネイ。いい響きじゃないかよ。それに」
「へえ。それに?」
悪い冗談にはつきあいきれない、という顔をしていたギュネイだったが、
「一国の王ともなれば、エリシスとも釣りあいが取れる」
ケイオロスのその言葉に、一瞬真顔になった。〈賢者〉はひとつ嘆息して、
「いくら隠者とて、若い二人の心を読み取れないほど馬鹿じゃねえ。この戦いが終われば、二人はごく自然の流れに乗って、ともに暮らすようになるのだろう、とおれは思っていた」
「それこそ馬鹿だ。エリシスはエレィノアのお姫さまだよ。おれとは身分がちがいすぎる」
「だからこそのザッハの玉座よ」
「馬鹿いうなって」
「ここに来る前に〈純潔の聖女〉の顔も見てきた。あの娘も気苦労が絶えんようだぞ。エレィノア国はランドールとのいくさがはじまる前から王家と教会の仲が悪かった。その橋渡しにならんとしている。いったんは教会から『異端者』となじられ、王家からも半ば追放された身でありながらな。その助けになってやろうとは思わんか」
「おれが? ただの大工の息子で、一度は山賊の手下にまでなっていた。旅人を脅して金をむしりとって、護衛役を斬って殺したことだってある。そういうの、悪党っていうんだよ」
「大工の息子で、悪党だったその男が、ランドールを討伐したではないか」
「敵に剣を振るのと、王家と教会の板挟みにあう女の子を支えるのはわけがちがうだろ」
「難しいことを考えるな。ただ近くにいさえすればそれでいいだろうが」
「それでいいわけがない。そんな単純じゃない。あんたがいうな、なにも知らないくせに」
ギュネイは気色ばんだ。彼が感情的になるところを見た人間など、この村では皆無だろう。ケイオロスはなおも口を開こうとしたが、首を一度ひねることで自身の言葉を封じた。
ギュネイもふっと力を抜いて、汚いテーブルに火照った頰を押しつけた。
「なあ、〈賢者〉さま、魔法使い、教会の敵。エリシスがよくいっていた、神託だの、宿命だの、運命だのは、おれにはよくわからない。自分が本当にそんなものに選ばれたかどうかなんていまだにわからないんだよ。神さまに直接『おまえに決めた』なんていわれたわけじゃないから。おれは──、おれは、ただ、ランドールを許せなかった。おれの親友を生贄にして、おれの故郷を火で焼いた奴らを、そのままにはしておけなかった。自分の力で国ひとつを滅ぼせるなんて信じてたわけじゃない。ただ、じっとしていられなかった。ひとりでも多くのランドール兵を殺さなけりゃ気が済まなかった。それだけだった」
詩人の歌と、酔漢たちのあげる掛け声が不思議と遠い。
「だけど、アレフは……そう、泣き虫で、臆病だったあいつが、気がつけば一行のリーダーになって、誰よりも先を歩き、おれたちを先導していた。いつからだろう、あいつの背中についていけばまちがいないんじゃないか、それが運命なんじゃないか、とも思うようになった。あいつこそ神に選ばれた本物の〈勇士〉だよ。そいつの背中を守りながらおれが戦うことだって、ひょっとしたらアレフの運命にまつわる予言書の片端にでも小さく書いてあったのかもしれない。ケイオロス、あんたやジューザだってそうさ。おれたちは確かに導かれた。だけど」
何度目かのげっぷをひとつ挟んでつづけた。