叛逆せよ! 英雄、転じて邪神騎士

一章 その後の勇者たち ⑥

「アレフも、たった数か月の旅でいろんなことを経験した。おれは『さく』というが、考えることを山ほど得たという意味ならアレフはおれの比ではなかろうな。なにせ、人生のほとんどの日々を城のなかにめられて過ごしていた少年が、いく多の戦いと、出会いと別れを通じて、ついにはじやしんとうばつを果たしたえいゆうだ。〈氷雪の三つ目谷〉への旅は、それこそ整理をつける意味でもよかったのだろう。ギュネイ、おまえも同行するものだと思っていたが」

「それも考えたよ」


 ギュネイはジョッキに手をつけたが、すぐに手放した。飲み干してしまうと、おせっかいの『ギュネイ』にまた銅貨を使わせる格好の理由をあたえてしまう。


「でもしばらく鉄や血のにおいからはなれたかった。ジューザたちがついているならだいじようだろうし。いや、それをいうなら、いまのアレフより強いやつなんてそうそういないだろうけど」

「昨日には敵兵士を百人ほふったごうけつだって、明日には足もとの石につまずいて死ぬことだってあり得るさ」

「とにかく、つかれたからのんびりしたかったんだよ」〈けんじや〉の、わざとこちらをあおるような態度は相手にせず、ギュネイは言葉どおり、いかにもねむそうな目つきでいった。「前から思ってたことだけど、おれにはやっぱり、さつばつとした戦いなんて向いちゃいないんだ」

「向いちゃいないか。それを聞いたら、おまえにたれたごうゆう、つわものどもが、土の下でそろって目をくだろうな。ガイフレイムを着て、かれらの声を聞いたらどうだ?」

「だから、それがいやなんだよ」かんそうしたチーズを口に運びつつ、ギュネイはかぶりをった。「死人の声を耳にするなんてつうじゃない。──さあ、ケイオロス、得意の『さく』のネタをあたえてやるよ。どうしてつうの人間には死者の声が聞こえないんだと思う?」

けんじや〉はふたたびにやついた。


「そんないかにもぼんじんらしい問いかけはネタにもならんぜ。おまえが聞きたい答えをあたえてやるのは簡単だよ。──死人の声や願いは、生きている人間にはこの世ならぬ重みになる。いちいちかれらの願いごとを聞き入れていたのでは、つうには生きていけんのさ」

「正解。おれは、死人との約束なんて二度とごめんだ。おかげで血みどろの戦いさんまいだった。だからガイフレイムはもう装着しない。をつけていると、四方八方に死人の姿が見えるし、絶えず声が聞こえてくる。たましいとの会話なんて、じゆつの分野だろ。だって、おれには向いちゃいなかったんだ」


 と口にするとき、ギュネイは左の手首にはめた古めかしいうででさすっている。


「ガイフレイムは、生と死が同列に存在していたしんりゆううろこを用いているからな。装着者が死者の世界と常にれあっているのもそのためだろう」

くつは知らないけれど、たとえば、いまここでガイフレイムを装着したらどうなると思う? ランドール人に殺されたたましいの数々があちこちでかびあがる。そして地上にとどまっている以上、かれらにははなれられない理由がある。いいかえりゃ、うらみがある。おれにつらつらそのうらごとをぶつけてきながら、『かたきをとってくれ』とこんがんしてくる。おれを、わたしを、家族丸ごとを殺したのは、これこれこういうやつだ、お願いだ、そうでなければこの地上を永遠にさまようことになってしまう──ってさ」

「おまえは真面目すぎるんだよ。死者の声とて、いちいち背負う必要などない。死人と声をわせるなんて実に便利だな、くらいに考えときゃいいんだ。いっそのこと商売のひとつもはじめちゃどうだ? 『わたしは死者の声が聞こえる力を神よりさずかりました。おくなりになったあなたのご家族や友人と話をしませんか? おひとりさまラム貨一枚からうけたまわります』──」

「いまのじようだん、あんたでなきゃぶんなぐってるところだよ」


 ギュネイはじろりといんじやをにらみつけた。ケイオロスは太い鼻息をいた。


「だから、真面目だってんだよ」

「おれ、もう少し落ちついたら、をもとのしん殿でんあとに返そうかと思っているんだ」

「ほう」ケイオロスはあわまみれの口を開いて、真実のおどろきを表現した。「地上に二つとないかつちゆうを手放そうとは。本当に、戦いとはえんの生活をしたいんだな」

「そうだよ。もともと村を飛び出たのだって、友達に手を引かれたからだった。自分ひとりじゃそんな勇気もなかったんだ。その友達がいなきゃ、おれはおやや兄貴からどやしつけられながら大工の見習いをつづけていたはずだ。裏で文句をこっそり垂れながらね。戦いなんて向いてるはずがない。今回で思い知らされた。死者となにか約束をするのも、いのちけの戦いを毎日するのも、不死の戦士をどうやって殺してやろうかと頭をひねるのも、もう二度とごめんだよ。金輪際、やりけんも取らない」

「代わりに、きこりおのを取るか。それはそれで険しい道のりだろうが」

「多分ね。明日もロブさんにおこられるんだろうな。昼間はもちろん、夜も、さっきみたいにっぱらったロブさんにまたからまれて。はは、これじゃ生まれ故郷にいたときと変わらないな。結局、ゼレーの垂らした糸はゼレーの手に帰る(もとのもくあみ)、ってこと。それでいい。それがおれの性にあってる、ってことなんだよ。だから自分で決めた」


 ギュネイは小さく笑った。


(昔はもっと男ぶりがよかった)


 とさっきケイオロスが口にしていたが、ギュネイをからかうためにあえて持ちあげたのではなく、〈けんじや〉の本音だ。

 出会ったころのギュネイは打ちひしがれていた。〈不死将軍〉ゼオとの戦いに敗れた直後だったからだ。が、そこから必死にあがく姿をケイオロスは見てきた。心にかつえたものをかかえた若者が、しゆぎようけんさんと経験を積みあげていっぱしの武人になっていく様を。少年らしかったふうぼうが変化をげていったのも、ケイオロスはよく覚えている。目つきが変わった。口もとがまった。実戦とぼうけんの日々に子供っぽさがひとつずつぎ落ちていくなかで、しかし成長とはちがった意味で変わってきた部分もあった。

 笑う、泣く、おこる──といった感情表現に、どこかうつろな部分が混じってきた。しんけんな議論の場であれ、楽しく会話している場であれ、あるいは敵と正面切ってわたりあっている場ですら、ギュネイの意識のうち、少なくとも、一、二割はその場にとどまっておらず、あらぬ場所をながめているのではないか、という風に。


(常人ばなれした激戦の連続ゆえか、それとも死者のたましいを背負いつづけた結果か。このまま戦いがつづけば、かれはいったいどうなるか)


 ケイオロスはこのとしにしてこう心のかたまりだ。旅のあいだ、きせぬ興味をいだいてギュネイを見やっていた。そして戦いが終わって数か月の現在、


(はて、実際のところ、これもはじめて見る顔だがな。この男をはるばるさがしに来ておいて、〈けんじや〉ともあろう者がいつしゆん見誤りそうになったくらいだ)


 たるみきって、まりがなくなったような顔は、酒にったためなのか、それとも実戦やもうじやの声から遠ざかったせいでケイオロスが出会う以前のかれもどっただけなのか。いまのギュネイは、〈りゆう戦士〉はおろか、他人とけんをしたことがあるようにすら見えない。額に青い布を巻いているのだが、おそらくこの下にかくされている〈不死将軍〉ゼオにつけられた傷だけが、かれを見た目で〈りゆう戦士〉だと判別できるゆいいつの部分だ。


「アレフもそうだが、おまえにも時間が必要かもしれんな。アレフもおまえも、短期間で強くなりすぎた。精神的なしゆぎようが追いついていない」

「なんの話?」ギュネイはよどんだ目をしばたたかせる。「強さとか時間とか関係ない。おれが自分で決めた、ってそういっただろ」

「いずれわかるとも。おまえほどの男が『けんを取らない』というのがどれほど苦痛をともなうものなのか」