殿様気分でHAPPY!

序章 ①

 ごちん。

 目から火花が散った。思わず前へとよろめきかかる。


「大事なしきの前にぶったるんでおるな、かず。わしが最近早朝の訓練につき合っておらんからといって、それもサボっておるんじゃあるまいな?」


 祖父のけんぞうは、振り上げたつるぎつかでもう一度ねらいを定めている。本物の刀だ。居眠りをしかけていたあそ一馬はばやく身を引きつつ、うらめしげな涙目で祖父を見上げた。


「ま、まさかー。ほら、早朝訓練をサボらずにやってるからこそ、眠くなっちまうんだよ」


 毒のなさそうながおは一馬の得意分野だ。本人は少なくともそう思っている。と、後ろから、


「へーえ」


 と、いかにも「何かあるぞ」と言わんばかりの声が聞こえてきた。一馬は振り向かず、


「うるさいぞ、

「まだ何にも言ってないもんね。ねーえ、おじいちゃん、兄貴ったらね」

「やっぱり言う気じゃねえか!」

「静かにせんか!」


 けんぞうが白いぜんふるわせていつかつした。ゆらっ、と前に並んだろうそくの炎がに踊る。兄妹きようだいがおに戻って、おほんとせきばらいした。

 が、時遅く、この三人は──というより、かずは──すでに大勢の注目を集めてしまっていた。

 蠟燭の炎だけがあたりをうすあかるく照らし出すやみの中。

 彼ら家族と同じく、白い、かんな着物を身にまとった年かつこうさまざまな男女がひそひそ声をわし合っている。


「見ろ、あれがあそ家のあとぎらしいぞ」

「あの人? このしきのとき、何にも力を出せなかった人って」

「シッ、指差すんじゃありません」

「成人の儀式だけじゃないぞ。の家の次期当主はもっと小さいころにも儀式をやるんだ。そのときだって……」

「長い、そう、あまりにも長い我々の歴史にも前例のないことだ」

「よく顔を出せるわね。あたしだったら、ずかしくって一族から出ていっちゃうと思うな」


 言われてるよ、とばかりに美亜がひじでつついてくる。一馬はふふんと鼻で笑っていた。


「浅生家も不幸がつづいているな。剣三さまの息子夫婦があんなことになり、おまけに跡継ぎがあれでは」

「いいや、結界のたみとして力が出せんなどということは、普通に考えればあり得ん事態だ。親にも何か問題があったと考えるべきではないか?」

「長生きしなくて、存外、幸せだったかもしれないな。自分のところの息子がだったら、と考えると、わたしなど──うわっ!?」


 頭を強打されて、ひとりがよろめいた。日本刀のさやが飛んできたのだ。

 剣三がぎょっとしたように、いつの間にか鞘の部分が失われた刀を見下ろす。


「おや、お気の毒」


 一馬はにこっと笑って、鞘を拾いにいった。頭を打たれた男がにらみつけてくる。


「き、貴様」

「気をつけなよ」むしろ相手をとがめるように一馬は言った。「世の中、危険がいっぱいだよ? すべってきんたま打って死んじゃうやつだっているんだから。常に気を張っていないとね」


 男の顔色が真っ赤になる。


「このっ!」

「何をさわいでいる!」


 びりりとまくふるえた。祖父の声ではなかった。かずさやを拾おうとした姿勢のまま振り返る。

 まぶしい。

 そこだけやみが晴れていた。逆光になった彼の目に、長身の黒いひとかげが見える。白いはかまに踊るしゆめの炎。肩ににぶかがやくのはつのえた肩当てであり、手には長いほこがあった。

 戦士しようぞくのそのシルエットはしかし、男性のものではなかった。


あそ一馬、おまえか」いつしゆん、声にあきれのようなものが混じったが、すぐに元のするどこわに戻り、「ここは学校じゃないぞ。こんなときにまで騒ぎを起こすんじゃない!」

「いや、こと、これは……」


 あわった一馬はそう言いかけたが、壬琴の鋭いせんに気づいて押しだまった。たとえおさな馴染なじみでも、たとえクラスメートであっても、いまは対等の立場ではない。今回のしきにおいて代表としての立場を与えられた壬琴と、〝結界のたみ〟としてたいしている以上。

 壬琴はさっと横へ身を引いた。

 新たな人影が入り口から複数現れ、あふれ出た光のずいどうを通ってくる。壬琴に目線でうながされるまま、仕方なく一馬も元の位置へと戻った。

 そこに集まった一〇〇人以上の人々を左右に従えて歩いてくるのは、今日の主役とその母親、そして──今回、はじめてこうけんにんとしてえらばれたみづきだ。

 彼女は白い、のうめんじみた顔をまっすぐに前へと向けていたが、一回だけ、ちらりと切れ長の目で一馬をすくめた。ぞぞぞっと一馬の体毛がさかつ。壬琴の視線も充分鋭かったが、みづきにはまた違う種類の怖さがあった。ひとつせんぱいのこの目線に、一馬はいつまでってもれるということがない。


「静まりなさい。大事な成人のに何事です。だれもがいずれ通る道、そしていつか来た道でしょう。心をしずめ、今日この日を境に、我ら一族にその名をつらねんとするかずらまさを見守りなさい」


 みづきにそう言われ、ようやくのことでせいじやくを迎えた聖堂内、母親に手を引かれた少年に全員の注目が集められた。

 成人の儀を迎えた──ということは一三歳だ。が、クラスでも小さいほうだろう。お仕着せの白い着物がいかにもきゆうくつそうだ。おまけに、一種独特のせいじやくと空気のためきんちように固まっているのか、歩くのもつらそうにしている。しかし息子の晴れのたいを迎えた母親のほうは、きらびやかに飾り立てた衣装と同じく顔をも誇らしさにかがやかせていて、息子のそんなように気づかずにずんずんと歩いていた。


「あっ」


 ついに歩調が追いつかず、蔓正巳が前へと転んだ。

 ちょうど目の前だったので、かずは思わず手を差し伸べかけた。まさも反射的にそれにこたえかけたが、


「触らないで!」


 母親が息子の手をひったくった。憎しみさえこめたせんを当てられて、一馬は半腰の姿勢のまま固まってしまう。


「お静かに」


 そうたしなめるみづきはあくまでも冷静だ。母親はいつしゆんじ入るように頭を下げたあと、もう一度一馬をにらんでから、ふたたび息子の手を引いて歩き出す。

 前を通り過ぎていく彼らを見送ったあと、一馬は自分の手をじっと眺め、


「……ウィルスにかんせんするとでも思ってるのかね?」

くさかったんじゃない?」小声でからかったのは妹のだ。「美亜ちゃんデータベースによるとォ、最近になって、兄貴のしゆうしん時間が一時間遅くなってるのよねー。ぐんふんとう? もいいけど、手はきちんと洗いましょーねー」

「おまえね、兄をストーキングして何が楽しいの?」


 じようだんめかした一馬だが、その声は半ばふるえていた。『美亜ちゃんデータベース』とやらに苦しめられてきたここ一〇年以上のさいげつが彼をしんそこおびやかしているのだ。他人ひとの評価はいざ知らず、この一見、何の毒も含んでいそうにないせいな花は、その実、いったん捕えたものをとことんまでなぶるのが大好きな食虫花だった。

 一馬は前を向いたまままた妹に何か言いかけたが、しゆするような姿勢で立ったことするどいちべつに気づいて、今度こそ押しだまった。

 祖父のけんぞうは今回、しきを取り仕切る役目があったので、かずら家の母子とともにさいだんへと向かっていた。

 どうくつの一番奥まった場所に木の足組みがもうけられており、その上、一馬たちが見上げる位置に三人とも立っている。あそ家の現当主である剣三は古びたまきものを開いて、直立した蔓正巳へ結界のたみとしての心得を読み上げていた。

 とうとうとよくひびく声をしている。そういや、毎夜遅くまで練習していたっけ、と祖父の姿を思い出して一馬はにやっと笑った。