天才失格 -堕ちた魔王、探偵となる-

第二章 仮想妖魔《オルト》 ⑦

 風が吹く中、夜の街を歩いていく。よく知った景色だけど、こうして夜中に歩くと全然違う街のように感じるから面白い。

 大通りを抜けて、公園を過ぎて、工事現場の前を通った時だった。

 ビュウッ、ってすごい風が吹いたとき、アタシの頭の上で、バキッ、って大きな音がした。

 音のした方を見ると、灰色のビニールに包まれてる建設中の建物から、何かが落ちてきていた。しかも、それはアタシに向かって落ちてきている。

 工事に使う足場の支柱だ。

 反射的に思考加速拡張を使って、まずはどうすべきかを落ち着いて考えようと――、


「あっ」


 そうだ、アタシ今、何の拡張も使えないんだった。

 そう思った時には、灰色の支柱は目の前まできていた。

 そしてそのまま、金属の棒は、

 

 アタシの体を通り抜けた。

 

 ガァン、ってすごい音がアタシのすぐ後ろで響いた。

 でも、アタシはそんなことも気にせず、自分の体をマジマジと見てしまっていた。


「そっかぁ、こうなるんだ……」


 ぶっちゃけ、ちょっと面白い。

 あれ、でもさっき玖全に……その……む、胸を触られたのはなんでなんだろ?

 拡張肢なら触れる的な? てか、あの手は、枯椿鬼に取り憑かれてたし、そのせい? 

 まあ、いいや。とりあえず、目的地に行こう。

 いくつもの通りを抜けて、着いたのは一つの廃墟だった。

 そう、ここは、アタシと玖全が枯椿鬼に襲われた場所だ。ビルに囲まれて都市開発から取り残されちゃったみたいな、ちょっと寂しそうなツタまみれのビル。

 あ、そう言えばアタシ、ここに下から入ったことないや。いっつも、拡張肢で屋上から来るもんなぁ。

 といっても、一回の自動ドアだった場所は、完全にガラスが割れちゃってて、入る場所には困らない。ビルの中に入って、崩れかけの階段を上がっていく。

 HATの暗視拡張機能も使えてないのに、アタシの目はしっかりと夜の廃墟の中が見えていた。それだけじゃない、アタシには、が見えていた。多分鎖は、カタクリさんの封印術。木は取り憑いた枯椿鬼だと思う。

 なんでそんなものが見えてるのかと言えば……予想はついてる。その予想に確信を持つために、アタシはここに来た。

 四階について、先の廊下を進んでいく。昔は、個人企業のオフィスか何かだったんだろうけど、部屋の中も廊下もかなりボロボロ。元々何もなかった場所に、アタシたちがいろいろ持ち込んでたまり場にしてたんだよね。

 アタシが向かったのは、玖全が襲われた部屋、の隣。発電機とかソファとか持ち込んで、くつろげる場所にしてたところだ。けど、今その部屋は酷い有様になっている。

 入った部屋には、倒れたたソファや割れたカップの破片が転がっていて、そして――、


「うわぁっ!」


 部屋の真ん中に知らない人がいた。

 暗がりでも分かる、長身の男の人。お坊さんみたいな袈裟を着ていて威圧感がすごい。その人は、昔の人が被っていた菅笠? みたいなデザインのHATを被っている。

 びっくりしたけど、すぐに気づく。この人、さっきネムさんの探偵事務所で紹介された人だ。あのときは、拡張映像ARだったけど、多分ここにいるのは本人だと思う。

 確か、名前は……、


「キキョウさん、ですよね? アタシ、天音です。さっき、探偵事務所で会った……」

かぁつッ!」

「ふわぁっ⁉」


 もう一回びっくりしちゃった。思わず腰を抜かしそうなくらい。

 キキョウさんは、それ以降何も言わない。手を合わせて床に視線を落としている。

 荒らされた部屋の真ん中で、キキョウさんは床にある何かに向けて手を合わせている。その状態でボソボソと何かお経みたいなのを唱えながら。

 キキョウさんが手を合わせているものに、アタシは近づいていく。

 それは一人の女の子だった。水色っぽいスポーツウェアを着ていて、猫耳帽子型のHATを被っていて、……そして、全身が血まみれだった。

 目を閉じて、手足を投げ出したままでいるその体を見て、アタシは確信する。

 どうやら、やっぱりそうみたい。

 

 アタシ、空代 天音は、死んでいる。

 


『ダメだよ。集中してるキキョウ君の邪魔しちゃ』


 と、柔らかい声がしたかと思えば、後ろから探偵っぽい格好をした男の人、ネムさんが部屋に入ってきた。相変わらず眠ったように目を閉じたままで。どうやって動いてるんだろ?



『まさか、ここに戻ってくるとはね。後で話すってことだったのに、玖全くんと一緒に帰っちゃったからどうするのかと思ってたんだよ』

「あはは、すみません……」


 アタシは、床に倒れこんでいる自分の体に目を向ける。その首元は、大きく抉れてしまっていた。血は……もう出てない。

 こうなったのは、玖全が隣の部屋で襲われた少し前。

 蜂の囮になって、先にここに帰ってきたアタシは、枯椿鬼に襲われた……んだと思う……。正直あんまり覚えてない。おぼろげに、頭が花になってるお化けの姿が記憶にあるくらい。

 とにかく、気づいたらアタシは、何事もなく立っていて……足元には血まみれで倒れて自分の体があった。

 どういうことか混乱していたところで、隣の部屋から玖全の声と、暴れる音が聞こえてきた。それで、隣の部屋に行ってみたら、玖全が枯椿鬼と窓から落ちていくところだった。

 麦藁帽子の女の子、紫衣ちゃんが隣のビルで意識を失った玖全を支えたところで、アタシは紫衣ちゃんに話しかけた。

 アタシは、いわゆる幽霊になっちゃったみたい。死んで、それでも死にきれなくてこの世に残り続けてる存在。もちろん、ただの幽霊じゃなくて、仮想妖魔オルトとしての幽霊。だから、アタシのことは、HATの拡張映像AR機能でしか見えないらしい。

 紫衣ちゃんにアタシのことも話したけど、まずは玖全の治療をって、ネムさんの探偵事務所に行って、そこで玖全より先に軽く仮想妖魔オルトのことと、アタシが幽霊になってることを教えてもらったんだよね。

 暗い中普通に見えているのも、玖全の義手に木や鎖が見えていたのも、アタシが仮想妖魔の幽霊になっちゃったからだと思う。同じ仮想妖魔でしか見えないものがあるんだと思う。


「本当にアタシって、死んじゃったんですね」

『ずいぶんとあっさりしてるじゃないか』

「うーん……。なんか、まだ実感が全然ないというか……。幽霊ってそういうものなんじゃないんですか?

 自分が死んだこと気にしてる幽霊とか聞いた事ないですし」


 改めて、床に倒れるアタシの体を見る。血まみれで、顔は蒼白くて、息もしてない。


「玖全には秘密でお願いしますね」


 これは、玖全の目が覚める前に、事務所でも言ったこと。


『それは構わないけど。隠し通せるものかな? 拡張映像AR機能をオフにすれば、すぐにバレてしまうと思うけど』

拡張映像AR機能なんて、今時誰もオフにしないから大丈夫だと思いますよ。アタシもオフにしたことないですし」

『まあ、それもそうかな。でも、両親には?』

「メッセージで連絡……は、HATが使えないですもんね。アタシの脳波でしか使えないし……あっ、物理ロックでも解除できるんで、代わりにメッセージ送ってもらえませんか?

 春休みの間は友達のところに泊まってきまーすって」

『なるほど、了解。あとは、服かな。会うたびに同じ服なのは、変だろうから』

「た、確かに! どうしよう!」


 ネムさんから、少し笑ったような声が漏れる。


『まあ、それに関してこっちでなんとかできるかな。こちらも君のような存在のことは調査したいからね。そのお礼さ』

「え、本当ですか! お願いします!」


 思いっきり、お辞儀をして、感謝の気持ちをめいっぱい伝える。


『……君は、玖全君が才能を取り戻すために誰の手も借りないことを見越して、僕に君たちを探偵として雇うように提案してきた。それに、君が死んでいることを彼に秘密にするようにしたままで。君たちは恋人同士じゃないんだろう?

 どうしてそこまで?』

「やだなぁ、友達のこと心配するのは普通ですよー」


 ずっと眠ったままのネムさんは、表情が読めない。でも、アタシの言葉は信じられていないような気がした。


『人の霊体というのは、分類的にはいろいろな種類があるけど、その条件に共通するものがある。それは、自分の死さえも凌駕するほどの、強い思いだ。君にとっては、彼に対する思いがそうなのかい?』

「それは秘密です」


 そう言ってアタシは、ネムさんに背を向けた。

 思い出す。ずっと昔、小学校の時に玖全に言った、自分の言葉を。

 ――玖全ならさ、きっとさ……

 ああ、アタシはあのき、なんであんなことを言っちゃったんだろう。

 あの言葉が、きっと今の玖全を作ってる。

 強い思いが人を幽霊にさせるって言うのなら、きっとアタシを幽霊にさせたのは、この思いだ。死ぬかもって思ったとき、アタシの中にいっぱいに広がった強い後悔。

 これを成し遂げる前に、絶対に死ねない。

 

 アタシは、玖全にかけた呪いを解きたい。

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