天才失格 -堕ちた魔王、探偵となる-

第二章 仮想妖魔《オルト》 ⑥

『枯椿鬼に才能を奪われた人間は、本来人体にない機能付加三次拡張人体機能の延長二次拡張だけでなく、人体機能の補完一次拡張も失われる。つまり、才能を奪われた君は、本来HAT系の義手を付けることはできないはずなんだよ』

「……」


 。玖全はそれに気づいたが、何も言わないことにした。


『けれど、君はそれができている。ちょうど、君の才能を奪った枯椿鬼の破壊した部位と同じ部位の補完がね。枯椿鬼の破壊と才能の返還は、おそらくイコールだ。つまり、君たちの才能を奪った枯椿鬼を倒せば、才能を取り戻せる可能性が高い」


 

 ▼▼▼

 

 と、そんな会話があったのだ。


「アタシたちの才能を盗った枯椿鬼をちょうど見つけ出すなんてこと……できるのかな?」

「やるしかねぇだろ。お前も才能取り戻したいだろ?」

「うーん、そうだけどねぇ……」

「……?」


 玖全は隣を歩く幼馴染を見た。ずいぶんと呑気な返しだ。

 才能が奪われるなんて、今後の人生を大きく変える一大事だ。何事も軽い感じに捉えていそうな幼馴染だが、いくら彼女でも、この重大さを分かっていないはずはない。

 違和感がある。と、思ったが、今日起きたことを経験していつも通りでいられる方がおかしいか、と彼は思い直した。

 天音とは小学生のころからの長い付き合いだ。全く反対の二人を繋いだのは、当然、才能だった。玖全は、平均よりもずっと多く高い精度で脳機能の拡張が使える才能があったが、それは天音も同じだったのだ。

 お互いに性格も考え方も合わない。だが、才能のあるもの同士でしか通じ合えないこともある。思考加速拡張とマルチタスク拡張を同時利用して、夏休みの宿題を何分で全て終わらせられるか競ったり、動体視力拡張と拡張肢を使った複数腕での、叩いてかぶってジャンケンポンをしてみたり……。

 才能があるという一点の事実だけが、交わるはずのない二人の間に、二人だけの世界を作ったのだ。才能とともに、その思い出さえ引き抜かれたように玖全は感じていた。心の一部が腕と共に欠落してしまったような。風が体を吹き抜けるような虚しさを。


「絶対に……才能を取り戻す……」


 その言葉は、無意識に玖全の口から漏れていた。

 しかし、


「んー、でもさ、ないままでもいいかもって……そう思ったりもしない?」

「は?」


 思わず玖全は天音の方を見た。彼女は少し困ったような笑みを浮かべている。


「ほらアレ。なんでもできるせいで、見えないものもある的な? そういうこと思わない?」

「思わねぇよ、一切。さっきから、なんか変だぞお前」

「そりゃ、変にもなるよ。いろいろあったんだもん今日。才能は盗られるし、仮想妖魔オルトなんているって知っちゃったし、玖全に胸揉まれちゃうし」

「ぐっ……! あ、あれは、この腕のせいだろうが!」

「でもその腕に意志があるわけじゃないんでしょ? 実は玖全の欲望が反映されてたり……」

「ねーっての!」


 そんな会話をしていたら、いつの間にか玖全の家の前についていた。オートロック付きの高層マンションだ。ガラス張りのエントランスの奥に、淡くライトアップされた綺麗な中庭が覗いている。


「そんじゃあな」

「ほーい、またねー」


 天音とはここでお別れだ。彼女を家まで送るなんて思考は玖全にはない。


「ねぇねぇ、玖全」

「ん?」


 数年来の親友が、上目遣いで玖全の顔を覗き込んでくる。


「アタシの胸触ってさ、アタシのこと、女の子として意識したりした?」

「な、なに言ってんだ。ねーよ。今更そういう目で見れるか。つか、別にお前を女として見てないわけでもねぇし」


 悪戯っぽい笑みを浮かべる幼馴染に、改めて目を向ける。


「男女の友情は成立する。そうだろ?」

「お、友達であることは認める?」

「違ぇ。お前がいつも言ってることに乗っただけだ」


 玖全は冷たい目を、夜の先へと向けた。


「友達も彼女も俺には必要ねぇ。……いつも言ってんだろ」

「……。うん。そだね」


 二人の間に風が吹く。その風はどこか湿った冷たさを持っていた。


「それじゃあ、今度こそ帰るね。お休みー」

「おう」


 そう言って、玖全は振り返ることなく、マンションに入っていった。そのまま、エレベーターへと乗り込む。

 そして、完全に一人になったエレベーターの中で……、


(いや意識してねぇわけねーだろー!)


 と、玖全はエレベーターの壁に頭をぶつけるのであった。

 いや、そうなのである。天音とは昔からの付き合いで、今更彼女とかそういう恋愛的な関係になろうとか思えないし、何か恋愛とか下心的な感情を抱くこと自体ちょっと嫌悪感があるのもそうなのだが……。それはそれとして彼は一六歳の男子高校生。正直、意識はしてしまう。


(あー、クソ。今更関係変えるとか、ねーっての)


 自分の中に、フワフワした感覚が芽生えてしまっている。

 だが、しかし……、

 ――玖全ならさ、きっとさ……

 頭の中に、いつかの少女の声が響いたとき、スッ、と玖全の心が冷え切った。


(そうだよな。そんなの俺にはいらねぇ)


 エレベーターの到着音が鳴り、その扉が開く。開いた扉から現れた彼の表情は、いつもの険しいものに戻っていた。

 マンションの廊下を進み、鍵を開けて、彼は自分の家に入る。


「おかえりなさいませー! 玖全様!」


 ハイテンションで出迎えてきたのは、三〇センチくらいの物体だった。真っ白な体と短い腕、足がなく胴体だけの姿は、クリオネのよう。顔に当たる部分は黒いディスプレイのようになっており、そこに映る簡単なデザイン目と口は、嬉しそうな表情を見せている。

 ホームAI。家の中で家族の様々なフォローを行うAIである。もちろん、こうして見えている映像はただの拡張映像ARであり、実体はない。用途は多岐にわたり、ただの話相手から、予定管理、健康状態のモニタリング、警備、行動のアドバイスなど、家にあるセンサー類を用いて様々なことをしてくれる。

 実際、玖全が帰宅した瞬間に電気が点いたのも、ホームAIが行ったものだ。

 玖全の身体状態をスキャンしたのだろう。ホームAIが突如驚いた表情を表示する。


「玖全様! 今朝と比べて血液量、筋肉量の異常な減少が見られます! 腕も義手になっているではないですか!

 一体どうされたのですか!」

「気にしなくていい。食事と事後ケアだけしろ」

「承知しました。しかし、専門的な治療やリハビリは医療機関を頼ることをお勧めします。空いている日に予約しますか?」

「必要ねぇ。こっちでどうにかする」

「承知しました。また、この件は、ご両親にも報告させていただきますね」

「そんな無駄なことしなくていい」

「無駄なことではありませんよ。私たちはご両親から、あなたのお世話を頼まれて――」

「最後に俺の親がお前の報告を見たのはいつだ?」

「六五二日前です。しかし、これはお二方ともお忙しいゆえであり――」

「もういい。黙れ」

「承知しました」


 聞き分けのいいAIたちはいっせいに喋らなくなる。

 ため息をついた玖全の耳に、トトト……、と静かな足音が聞こえてくる。


「ミー」


 と、鳴いて足元に寄ってきたのは、黒ぶちの猫だ。

 その猫をひと撫でして、玖全は玄関をあがって家の中へ入っていく。

 誰もいない、この家に。

 

 ◆◆◆

 


「さて……」


 玖全を見送ったあと、アタシはそう口にしていた。

 見上げれば、空に届きそうなくらい高い玖全のマンションがある。

 もう玖全は、部屋に戻ったかな。あの誰もいない部屋に。

 それを思うとやっぱりアタシは悲しくなった。

 強い風が吹いて、目の前を木の葉が通り過ぎた。

 アタシは、回れ右してきた道を戻って行く。

 家はここからそんなに遠くないけど、帰らない。行きたいところがあるから。


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