天才失格 -堕ちた魔王、探偵となる-

第二章 仮想妖魔《オルト》 ⑤

「いやァ、詳しいことはボクらもわかんないヨ。そんな事例初めて見るしネ。だからこそ、キミが貴重な被験者なワケなんだけどネ」

『ちなみに、その腕は君の意志で動かせそうかい?』


 そうネムに言われ、拘束されてもなお暴れようとする腕を止めようとするが、全く腕が大人しくなる気配はない。


「できねぇ……。んだこれ……」

『うーん、なるほど。完全に制御が利かないタイプか。まあ、当面はさっきの封印術で抑えるしかないね。……たまにちょっと封印でも抑えられないようだけど』


 それを聞いた天音が、顔を赤くして胸元を押さえた。


「退治はできねぇのかよ、これ」

『できなくはないけど、それを破壊したら、枯椿鬼に繋がる手掛かりも消えるよ?』


 それは、絶対に避けたい。ただでさえなんの手がかりもないのが現状なのだ。とはいえ、こんな腕ではまともに生活もできない。

 そう考える玖全へ、逆さまの少女が寄ってくる。


「とりあえず、キミにはコレをあげるヨ」


 と、逆さまの少女がそう言うと、玖全の視界の端に通知画面が表示される。内容は……、


「アプリ共有?」

「そ。封印術をHATのアプリに入れ込んだものだヨ。ダウンロードして起動しなヨ」


 言われるがままに玖全はアプリのダウンロードを許可する。他人からのアプリを入れるにはセキュリティ的に大いに問題があるゆえに何度か警告文が表示されるが、冷静にウィルスチェックにかけて、それらの警告を突破していく。


「妖怪に対しての対抗手段がアプリなのかよ」

「安直にそうした、みたいな言い方してるけどネ、アプリに封印術を落とし込むまで、超大変だったんだからネ。仮想妖魔オルトはあくまでもHATの脳機能拡張で見えるだけの存在。対抗策も脳機能拡張に頼る形になるっていうのは、実際、理にかなってるんだヨ」


 話しているうちに、アプリのインストールは完了し、玖全はそれを起動した。

 すると、どこからともなく現れた真っ黒な鎖が古木のような腕に巻き付いた。ネムの拡張肢に縛られたままの腕は、苦しむような動作を見せた後、枯れるように萎んでいき、やがて鎖と共に消えていった。

 残されたのは、綺麗な玖全の義手と、虚空を縛る形となったネムの細い拡張肢。


『うん。アプリは正常に動いてるようだね』

「……」


 こんな急に披露する形ではなく、もっとやり方があっただろ、と非難の目を玖全は向けるが、眠ったままの男はどこ吹く風だ。


『アプリは腕にも常駐できるようにしてあるから、あとで移しておくといいよ。そうすればHATを取っても封印が解けることはない』

「……ああ」


 そう言う玖全は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


「結局あんたの誘い、俺に拒否権なかったんじゃねぇか。このアプリが無けりゃ、俺はまともに生活できねぇんだから」

『そのうえで、それを人質としなかったことを評価してほしいな』

「……」


 食えない男だ、と玖全は眠ったままの男に半目を向けた。


『さて。それじゃあ、改めて。新しく入った君たちに他のみんなも紹介しようか』


 探偵がそう言うと同時に、彼の周囲に次々に拡張映像ARの男女が現れる。ここの探偵事務所のメンバーなのだろう。

 笠を被った袈裟の男。シルクハットを被った少女。ニット帽の青年。目元まで深くフードを被った性別不詳の何者か。それぞれが、笑みや警戒の表情を玖全たちへ向けている。

 探偵が細い腕を玖全へ差し出す。


『合歓木探偵事務所へようこそ』


 こうして、堕ちた魔王は、探偵となった。


 ***


 探偵事務所を後にしたとき、すっかり夜の帳は落ち切っていた。

 夜を煌々と染めていた光は街灯のみになり、立ち並ぶビルは眠りに就こうとしている。薄汚れた通りを行く車はなく、代わりとばかりに過ぎ去る風が、ビルの間で唸っていた。

 日付はとっくに超え、終電もない。ただ、幸いにも徒歩で帰れないほどの場所ではなかった。玖全と天音は歩いて家に帰ることにした。

 ビュオッとひときわ強く吹いた風に、玖全は思わず顔を背ける。

 玖全の足取りは重い。その背に使えなくなった拡張肢のリュックを背負っていたからだ。才能が奪われた今、拡張肢の自重制御機能も使えない。金属の塊の重さがずっしりと彼の背に乗っかっている。一応、拡張肢の内骨格フレームに使われる金属は、カーボン配合の超軽量素材だが、それでも玖全ほどのサイズになると重い。

 玖全は隣を軽快に歩く幼馴染に目をやる。彼女はその背に何も背負っていない。


「つか、お前、拡張肢どうした?」

「え? あー……。壊れてたから、ネムさんのところに置いてきた」


 天音は、玖全の右腕に目を向ける。千切れた袖から露出したそれは、機械機構丸出しの武骨なものだ。サイズすらあっていないので、玖全のシルエットが不格好になっている。


「その腕、だいぶ禍々しい感じになっちゃったね」

「禍々しい? どっちかっていうと、武骨すぎって感じだろ。いろいろ剥き出しだしな」

「えっ?」


 なぜか幼馴染は、不思議そうな顔で玖全の腕を改めて見た。


「そっか……そう見えるんだ……」


 と、彼女は小さく呟いた。


「は? なんだよ?」

「う、ううん! なんでもないっ!」


 そう言って、彼女は風が吹きすさぶ空を見上げた。


「なんか、いろんなことがあったねぇ。まだ夢なんじゃないかって思うわー」

「正直俺もだ。でもまぁ、こんな経験したら信じるしかねぇよな」


 玖全は自分の右腕を見る。見た目はただの手袋をした義手だが、この腕の中には得体の知れない化け物がいる。といっても、ネム達から軽い検査を受け、一旦は大丈夫だろうという話にはなっているが。本格的な検査は、明日からだ。


「仮想妖魔って、拡張映像なのに物理的な作用あったよね? エネルギー源なんなんだろ? 人に知られるほど強くなるって話からすると、アレかな? 量子情報の偏差とかかな?

 ほら、情報消去にもエネルギー使う、みたいな原理あるし。えーと……確か名前は……」

「ランダウアーの原理か?」

「そうそう、それそれ! それを逆転させたら、いい仮説が……」


 とまで口にした少女は、突如かぶりを振る。


「だめだぁ……。HATで知能系の補助ないと、無理だね……。ランダウアーの原理も、概念習得拡張とかないと、まず理解するのにすっごい時間かかりそう」

「だろうな」


 それは玖全も同じだった。HATで理解の補助もなしに、新規の理論や概念の習得など、想像しただけでもうんざりする。自分たちから欠落した穴の大きさが、こんな形でわかるとは。


「なんだか……急にすっごい頭悪くなったみたい……」

「それが本来の頭ってことだろ」

「でもすっごい気になるー。原理解明したいー」

「ネムたちもそう思ってるだろうよ」


 玖全は、軽い検査を受けた際のネムとの会話を思い出す。


 ▼▼▼



『僕たちはね、仮想妖魔オルトの探偵だけど、仮想妖魔オルトに詳しくないのさ』

「は?」


 唐突に告げられた探偵の言葉に、玖全は眉を寄せる。

 言葉を引き継いだのは、逆さまの少女だ。


「そりゃあネ。だって、仮想妖魔オルトが現れ始めたのなんてつい最近だヨ? 研究も進んでるわけないじゃないカ。枯椿鬼の情報も全然ナシ」

『僕がいろいろ持っている知識は、あくまでかつていた妖怪たちのものだからね。元々僕の専門、というか、詳しい領域はそっちなんだよ』

「待て。なら、俺たちの才能取り戻す方法も全く分からないってことか?」

「もちろン!」

「はぁ⁉」


 思わず立ち上がりそうになった玖全だが、そこに被さるようにネムの言葉が続く。


『ただし、その鍵は君が示した』

「……?」


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