天才失格 -堕ちた魔王、探偵となる-
第三章 奪われたもの ⑤
と考えつつ、玖全は鋭い蹴りを相手の前足の膝へ叩き込む。材木程度なら軽くへし折れそうなほどの威力の蹴りだが、相手は低く呻くのみで膝を付かせるに至らない。いや、相応にダメージがあろうが、四脚の相手にとっては、足一本の負傷では跪くことなどないだろう。四脚の利点が生かされている。
追い打ちで振るわれた腕を防ぎつつ、玖全は相手の左側面を維持するように動き続ける。
(機動力じゃ敵わねぇ。超近接戦を挑み続けるしかねぇ!)
長い腕を捌き、相手に張り付き、距離を取ろうとする相手へ即座に肉薄し、異形の相手と渡り合っていく。
そんな玖全の頭を支配しているのは怒りだった。
相手のこの動きは明らかに拡張肢を扱っている人間の動きだ。そして、その動きは……、
(下手くそが……!)
どのような拡張肢を付けられるは才能で決まる。
手を伸ばして物を取る際、『上腕三頭筋を収縮させつつ、上腕二頭筋を伸ばすことで腕を伸ばし、五指のそれぞれの筋肉を、力加減を調節しながら収縮させ~』なんてことを考えている人間はいないだろう。手を伸ばす。指を曲げる。そこに筋肉操作の思考などない。
拡張肢の才は、そんな感覚的に操作可能な部位がどれだけあるかというものだ。とはいえ、生身の手でもペン回しが上手い人と全くできない人がいるように、拡張肢の動きでも練度というものはある。
玖全の見たこの
側面に回られたときの対処法が腕で払う一辺倒だし、それで無理なら距離を取りなおして仕切りなおすだけ。そんな悠長なことさせてくれる相手がどれだけいるのか。そもそも、本当の馬のように足を移動にしか使わないなど論外だ。関節の付き方を見れば横方向にも動かせることは分かっている。側面に回られてもそれで対処すればいいだけなのだ。
そんな下手な拡張肢使いの相手など、見ているだけでイライラしてくる。
だが、それよりもさらに玖全をイラつかせているのは、そんな相手にさえ、今の自分が苦戦しているという事実だった。
(こんなヤツ、俺の拡張肢が使えたら秒殺なのによ……!)
募るのは情けなさと悔しさ。どれも泥のような不快な味だ。
少女の長い右腕が、ついに玖全の胸倉を掴んだ。
「ぐぅっ!」
抵抗しようにも、その力は玖全の生身の腕などよりずっと強く、腕が長いせいで体に攻撃を加えることもできない。
そのまま玖全は勢いよく地面に叩き伏せられた。
「ぐあっ……!」
頬から伝う土の感触が、玖全の心にまでひどく冷たく響いた。
(クソっ……! 才能があったら……!)
所詮は生身。拡張子を使う相手に勝てるはずもない。
少女は玖全の首を掴んで無理やり起こすと、彼を廃工場の壁に叩きつける。
「さァ、返せェ! その腕が持ってるんだろオォ!」
「持って……ねぇよ……」
「嘘をつくなアァ!」
話が通じない。
このままどうなる、と冷静な自分が自分に問う。相手は今にも自分を殺してきそうだ。
そう思っても玖全の頭にあるのは憤りだった。こんな相手にいいようにされるなんて、自分で自分が許せない。
玖全は自分の右腕を見た。
生身でない、それどころか正体不明の力さえ封じられているその腕を。
(ここで負けるくらいならよぉ……!)
自らの憤りに背中を押されるままに、玖全は一つのアプリを停止する。それは、先日カタクリにもらった、この右腕の枯椿鬼を封印していたアプリだ。
腕に巻き付かれていた鎖が可視化される。そして、次の瞬間、その鎖が粉々に砕け散った。
起こった変化は劇的だった。
爆発のごとき勢いで、メキメキと、玖全の義手から木が生える。真っ赤な木々は瞬時に義手へ寄り集まり、巨大な腕を形成する。その大きさは、玖全の身の丈にも迫るほどだ。
古木のようなゴツゴツとした見た目には、洗練さの欠片もなく、醜悪さが息づくのみ。鋭い鉤爪を持った指は悪魔のよう。木々は腕の形に成り終えると、その肩口に大きな花を咲かせた。血のように紅い、椿の花を。
それは、実体のないはずの拡張映像。だが、視覚拡張でしか見えないそれは、確かに物理的な作用を持つ、超常の現象そのものだ。
「な、んダァ……⁉」
その急激な変化に、さしの少女もカウボーイハットの下で驚いた表情を見せた。
出現した腕は、暴れ狂う勢いそのままに少女の長い腕を破壊し、玖全の首を掴んでいた手が離れる。
咳き込みつつも、玖全は変貌した自らの腕に目を向けた。
立てば地面まで届きそうなほどの大きく太い腕は、別の生き物のように暴れている。
(落ち着け、落ち着け……)
冷静に、玖全は自らの感情を抑えていく。
(この腕が勝手に動いたのは決まって感情が高ぶったときだった。なら、感情を制御すれば、この腕だって扱えるはずだ!)
たぎる怒り押さえつけ、心の波を消していく。
すると、真っ赤な木の腕は、徐々に大人しくなっていった。
そのまま、巨大な拳を握り、開ける。玖全の意志のままに。
確かに紅い右腕は制御できるようになっていた。
いける、と玖全が紅い右腕を握りしめたとき、目の前の異形は食い入るように玖全のその腕を見ていた。
「その腕っ! その腕ぇ! やっぱりお前があぁあ! 私の才能を返せやゴルァ!」
(……! 腕に反応してやがる……! やっぱりこいつは枯椿鬼に……!)
異形の少女が、目を一層に血走らせて飛び掛かってくる。
対して玖全は冷静に身構える。なんにせよ、彼女を大人しくさせないと話が始まらない。
今一度突進を仕掛けて来た彼女に対して、玖全は枯椿鬼の右腕で地面を叩きつける。紅い腕の力は凄まじく、その勢いのままに玖全の体が三メートル近く飛び上がる。
玖全のいた場所を四脚の異形が通過し、飛び上がった玖全を彼女は見上げる。
彼女のような形状の拡張肢使いには、側面のほかにもう一つ死角がある。それは、自らの直上だ。
彼女が見上げたその時には、玖全は巨大な拳を振り下ろしていた。
炸裂する拳は、降り注ぐ流星の如く。
ガキィ! と、その拳は、防御に使われた異形の腕を安々と砕き、彼女を地に叩き伏せた。
「ギイィ!!」
地上に降り立った玖全は、少女の様子を見る。
重い一撃だったが、まだ彼女を大人しくさせることは叶わないようだ。少女は、折られて短くなった腕をバタつかせながら、玖全を睨みつけてくる。
(なら、もう一発……)
と、玖全が腕を動かそうとしたそのときだった。
彼の古木のような右腕が、ひとりでに暴れ出した。
「なっ……!」
なんとか抑えようとしても、もう右腕は全く制御が効かない。地を削り、壁を砕き、目の前の少女を打ち据えて、玖全の心のありようとは関係なく、デタラメに暴れ狂っている。
(やっぱり、そう簡単に制御できるもんじゃねぇのか……!)
思考操作で素早く腕を封印するアプリを起動する。
どこからともなく現れた鎖が、枯椿鬼の右腕に鋭く巻き付き、玖全の右腕の動きが鈍くなる……が、それもほんの数秒だった。
次の瞬間、その鎖は粉々に砕け散った。
「うっそだろ……⁉」
再度暴れ出す不気味な右腕。もう一度アプリを起動しても、今度は鎖が巻き付くことさえできない。玖全の右腕は完全に制御不能な状態に陥ってしまった。
しかも、
「殺してやルゥッ!」
相対する少女も、狂乱して玖全に突っ込んでくる。
躱すどころか、好き勝手に暴れる腕のせいで玖全は身動きさえ取れない。
轢殺せんばかりにかけてくる少女の姿が、玖全の視界いっぱいに広がったとき……、
「やめなさいっ!」
そんな声とともに、一つの影が玖全の前に降り立った。
現れたのは、白い髪をたなびかせた麦藁帽子型のHATの少女、朝桐 紫衣だった。既に拡張肢を展開しており、その腰からは、クジャクの尾羽のような幅広の拡張肢が伸びている。



