天才失格 -堕ちた魔王、探偵となる-

第三章 奪われたもの ④

 得た情報は、玖全が研究発表したあの会場の横の廃工場で、不審な人影や声を聞くというもの。それだけならただの不審者情報だが、その人影は突然消えたり、なんと話しかけて来たなんて投稿もあった。

 しかも、その謎の人物はこう言うという。『才能を、返せ』と。

 玖全はベンチから立ち上がると、早速その廃工場へと足を向けた。

 その彼の頭には、ネム達に連絡を入れるという考えは一切なかった。


 

 無造作に開けられたフェンスの穴から侵入し、玖全は廃工場内に足を踏み入れた。

 件の廃工場は、元々リサイクル場だったらしい。敷地内に入った彼を迎えたのは、家電製品等が分解された鉄くずの山だった。

 あたりはすっかり暗くなり、紫の空が街明かりに負けそうになっている。どこにも照明の灯っていないこの廃工場は、すでに成すすべなく夜に呑まれつつあるが。

 目の前の鉄くずの山の先に、トタン壁の廃工場が佇んでいる。三階建て程度のその建物は、既にかなり錆が目立つどころか、あちこちが崩れてしまっている。

 ふと、視界の上方に何かが映りこんできた。

 それは、ピンク色の巨大なクジラだ。街を巡回している広告宣伝拡張映像ARの一つである。

 すぐ隣に研究発表に使われるような公共施設がある場所だ。こんな廃工場の上も律儀に巡回ルートに入っているらしい。ピンクのクジラは悠々と空を泳ぎ、工場の上を通り過ぎていく。

 玖全は一歩踏み出そうとして……早速足元のガラクタに軽く躓いてしまう。

 流石に暗い。そう思って暗視拡張を起動しようとして――、

 《ERROR:本拡張を実行する脳機能がありません》


「クソッ……!」


 玖全は足元の金属片を蹴とばした。

 自分の中の焦燥が抑えきれなかった。この単独調査にどれだけの意味があるかも、仮に仮想妖魔オルトに会えたとしても、自分の才能を取り戻すのにどれだけ効果があるかもわからない。

 それでも、とにかく動かずにはいられないのだ。

 こんな、なんの才能もない状態なんて、一秒でも早く脱したくてたまらない。

 そのときだった、廃工場の中に入ろうかと、その周囲を歩き始めた玖全の目の前に、ゆらりと一つの影が現れた。


「……!」


 流石に心臓を跳ねさせながら身構える玖全。

 その彼の目の前に現れたのは、小柄な少女だった。肩にかかる程度の黒髪に、少し眠そうにも見えるたれ目なことも相まって、気弱な印象を受ける。

 そこまではいい。

 玖全の頭の中で、静かに警戒音が鳴り始める。

 少女の姿は妙だった。

 彼女はHATを被っていない。今時そんな若者はほぼいないのに。しかも何より……、


(病院着……?)


 その少女は、入院中に着るような水色の服を着ていた。

 こんな時間にこんな場所にいることといい、明らかに普通の人間ではない。……人間であれば、だが。

 一瞬、HATの視覚拡張機能をオフにする。

 すると、目の前の少女は瞬時に消え、そして視覚拡張を再度オンにした瞬間現れた。

 間違いない。彼女は、仮想妖魔オルトだ。

 何か言おうかと玖全が口を開きかけた時、先に向こうが言葉を発した。


「あの、私の才能知りませんか?」

「……!」


 まるで、自らの才能を探すかのような一言。それは、あまりに玖全に強く響く言葉だった。


「あんた――」

「私の才能知りませんか?」

「いや、その話――」

「私の才能知りませんか? 私の才能知りませんか? 私の才能知りませんか?」

「……⁉」


 大人しそうな少女の目が、玖全の枯椿鬼のある玖全の右腕へ向けられる。その瞬間、少女の顔は、鬼のような凄まじい形相に豹変した。


「その腕ェ! お前が盗ったのかあァ!」


 獣のようにそう叫んで、少女は玖全に飛び掛かってくる。

 身構えていた玖全は、寸でのところでそれを躱し、彼女から距離をとった。

 玖全の中で思考が巡る。

 才能を探しているような言動と、『盗った』というワード。

 まるで才能を奪われた存在のようである。玖全と同じように。

 枯椿鬼との関連性は分からないが、玖全の右腕を注視していることといい、大いに手掛かりになりそうではある。


「お前、この腕のこと知ってるのか⁉ この腕みたいなやつに才能を盗られたのか⁉」

「黙レェ! さっさと返セェ!」


 玖全は舌打ちをした。


(話ができそうな感じではねぇな……!)


 食らいつかんばかりに玖全の右腕に再度飛び掛かってきた少女を躱し、乱雑に振るわれた腕を左腕で弾く。

 拡張肢を含めあらゆる脳機能拡張の才を奪われたとはいえ、普段から暴械族ギア・バグズとして抗争にも出ている玖全だ。たとえ素手でも、こんな遮二無二責めてくる相手に後れを取ることはない。

 玖全の心臓が強く跳ねる。

 右腕を狙ってくることといい、彼女は枯椿鬼に関わっている可能性が非常に高い。なんでもいいからこいつから情報を引き出さねばならないと、心に火が灯る。

 彼女が昔の妖怪でいうなんなのかは分からないが、口ぶりから推測する。


(枯椿鬼に才能を奪われた人間の幽霊とかか? 病院着だし、可能性は――)


 そう思っていたときだった。

 玖全に躱されたせいで壁に激突した小柄な少女の動きが止まった。

 彼女は血走った眼で玖全を睨むと、


「返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ! 私の才能を返セエェエ!」


 その瞬間、彼女の周囲にノイズが走ったようにブレる。そのノイズは、意思を持つように少女の体に集まると、一つの形を形成していく。

 現れたのは、西部劇で見るようなカウボーイハット。その色は、夜を溶かしたような黒さでありながら、3Dゲームのグラフィックに似たのっぺりとした光沢を持っている。

 続けて、ノイズは彼女の体から伸びるように形を定めていく。

 腰から伸びるは太い胴と二脚の足。元の足の形も一回り大きく。腕は元の倍ほども伸びて、四つの関節を持つ長い腕に。さながらその姿は、右腕だけ長いケンタウロスだ。

 新たに増設された体は、カウボーイハットと同じくのっぺりとした黒色をしている。体にはほとんど変化のないままに、扱う肉体が増えたようなその様は、まるで拡張肢のようだ。


「お前、才能盗られたんじゃねぇのかよ!」


 相手に聞く耳はない。

 新たな姿となった少女は、馬のような下半身で地を蹴り、長い腕を玖全に振るう。


「くっ……!」


 完全に拡張肢を得た人間の動きを見て、玖全は反射的に自身の拡張肢を起動しようとしてしまう。……その背には、なにも背負っていないというのに。

 《ERROR:本拡張を実行する脳機能がありません》



(しまっ……!)


 後悔するころには、玖全の体に少女の長い腕が鞭のように叩きつけられていた。突進の勢いを乗せたその衝撃は、内臓を直接殴られたのかと思うほど。

 玖全の体が軽く宙を飛び、近くの壁に叩きつけられる。


「がはっ……ぐっ……!」


 全身を痛みが駆け巡り、思わず吐き出された息には血の味が滲んでいた。

 だが、敵の攻撃は止まらず、鋭い前足で踏みつけてくる。

 間一髪、それを転がって躱し、馬のような体の側面へと回り込む。

 拡張肢を付けた相手と戦う際のセオリーは、まず相手の死角を見つける事。手足や尾を増やして人としての死角は確実に減るが、それでも、対処しづらくなる位置は絶対にある。

 彼女のような形の場合は、明白だ。長い腕側とは反対の左側面……と思ったのだが、


「……!」


 風切り音を玖全の耳が捉え、彼は頭を下げる。その頭上を、少女の長い右腕が鞭のように通り過ぎた。


(長い腕で反対側の死角も補ってるわけか……!)



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