天才失格 -堕ちた魔王、探偵となる-

第三章 奪われたもの ③

「昨日、仮想妖魔オルトについて個人的に調べた。当然普通に検索しても何も出てこねぇが、公共拡張映像ARがない場所で何故か拡張映像ARが見えたっていう情報を集めたら、何件か見つけたぜ」


 彼が見せている画像は、どれも変な拡張映像ARの生き物を見たという記事や、その変な拡張映像ARの生き物の写真だった。

 さらに彼はこの街周辺の地図も映しだす。その何ヵ所かに赤いマーカーがついている。


「場所は、SNSなら投稿者の過去の投稿や写真から特定もできてる。公共配信される拡張映像ARは、全て国営サイトで場所もどんな見た目かも登録されてるから、それと照らし合わせても、このマーカーを付けた場所に仮想妖魔オルトがいる可能性は高い」


 へぇ、と紫衣は眉を上げる。


「すごいじゃない。拡張機能使えないのに、よくやるわね」

「元の脳が死んだわけじゃねぇからな。才能が盗られてなかったら、思考加速と並列思考と高度演算で一〇分もかからねぇよ」


 だが、実際には深夜から明け方近くまでの時間を有した。今の玖全には、その程度の能力しかない。前できていたことができないという苛立ちが、思い出すだけで彼の表情を歪ませる。


「でも、残念。情報が古いわね。これ、半分はガセで、もう半分は対応済みよ。あなたがやった方式での調査も、もちろんやってるから」

「くっ……」


 玖全は歯噛みする。予想はしていたことだ。とはいえ、せっかく時間をかけて調べたことが、これで水泡に帰した。

 玖全が表示した地図を眺めていた天音が口を開く。


「ねぇ、紫衣ちゃん。この地図見るとさ、仮想妖魔オルトは、人目がなさそうな場所に出てるよね。あと、病院とか、いかにも妖怪が出そうって場所に。やっぱりそういう場所に出るものなの?」

「そうね。元の妖怪と同じなら、という仮定は入るけど、仮想妖魔オルトは、人の思いが集まる場所に特に出現しやすいわ。『あの場所は不気味で何か出そうだ』とか思ったりね。もしくは、思い――たいていは負の感情だけど、それがよく溜まる場所とかね。病院はどちらかというとそっちね」

「へぇー」


 今玖全たちがいる場所は、『不気味な場所だ』と思われている場所に該当するだろう。こんな路地の先にある空き地など、知っている人間は少ないだろうが、この周囲のビルにいる人間なら、ここの存在を知っていても不思議ではない。

 二人の話をよそに、玖全は踵を返す。


「あ、ちょっと、どこ行くの。まだこの奥に仮想妖魔オルトの反応あるんだけど」

「事務所に戻る。枯椿鬼に繋がらねぇ仕事ならやる意味がねぇ」

「そんな勝手な……ってちょっと!」


 紫衣の話を最後まで聞かず、玖全は路地を出て行った。


(こんなことしてる場合じゃねぇんだよ)


 一刻も早く才能を取り戻したいのだ。

 通りに出て、玖全は事務所へと向かっていく。

 義手の調査なり、事務所にある仮想妖魔オルトのデータを閲覧するなり、やることは山ほどある。

 とにかく何かをしていないと落ち着かない。


「クソっ……!」


 湧き上がってきた苛立ちを吐き出したそのとき、


「うおっ!」


 また玖全の腕が勝手に動いた。今回は、一瞬手を上げるような動きをしただけだが、突然動かれるのは心臓に悪い。


(天音の言う通り……俺が苛立つのと連動してるのかこれ……? クソ、こんな状況で感情まで制御しねぇといけねぇのかよ)


 そんな風に思いながら歩を進めていたときだった。

 玖全の視界の端に、通話の着信メッセージが表示された。

 紫衣からだ。


「……」


 玖全は迷わず着信を切る。


(もう通知も切っとくか)


 思った矢先、再度通知が鳴る。

 また紫衣からか、と思ったが違う。着信相手の名前は、「ヒバリ」と表示されている。

 道の端に寄ったあと、玖全は通話に出る。

 すると、目の前に赤いキャップを被った青年、ヒバリの姿が現れた。拡張映像ARで表示されているので、本当に目の前にいるかのように見える。

 彼はよく見る私服姿だったが、暴械族ギア・バグズとして会うときのベネチアンマスクは付けていない。昨日は見えなかった凛々しい目元が見えている。が、その顔は困惑した表情をしていた。


『うお、繋がった。よかったよ、お前。なんともないか?』

「は?」


 仮想妖魔オルトに襲われたことをヒバリに教えてはいない。別件か、とも思うが、思い当たる節はない。


『いや、たまり場いったらさ、部屋はめちゃくちゃで血まみれだからさ』


 あぁそうか、と玖全は心中で得心する。あの廃墟の惨状を見たのだろう。


(血まみれってほど出血してなかったと思うが……)


 いや、腕がちぎられて出た血も、かなり床を汚した。一目見て動揺するには十分か、と玖全は思い直す。

 だが、とりあえずは……、


「なんのことだ? 昨日は結局そこには行ってねぇぞ」

『え? そうなん?』


 仮想妖魔オルトのことは広めるな、とネムに強く言われている。仮想妖魔オルトは、知られるほどに出現するようになるからだろう。いずれにしても、そもそも説明したとしても信じてもらえるかも怪しい話ではある。


『じゃあこれなんなんだよ。こわぁ……』

「もともと勝手に使ってる廃墟だしな。ヤバイ奴らが犯罪に使ったのかもな。お前もしばらくそこ使うのやめとけ。他の奴らにもそう言っとけよ」

『言い方。お前が俺らの頭ってわけじゃねぇんだぞ』


 凄むような物言いをするが、玖全にはどこ吹く風だ。


「命令はしてねぇ。使いたきゃいつも通り使ってろよ」

『お前なぁ……もうちょっと、その性格くらいはなんとかならないのか?』


 相変わらずの物言いに、ヒバリは仕方なさそうにため息をつくのだった。


「あと、しばらく俺も天音もそっちに顔出さねぇから」

『え? また? まあ別に来る義務とかあるわけじゃねぇし全然いいけど……いや、ってか絶対なんかあったろ?

 マジで話してみろって』

「ねーっての。切るぞ」

『あ、ちょ――』


 通話を切る。目の前にいたヒバリの姿も虚空へと消滅した。

 今度こそメッセージや通話の通知を切って、玖全はため息をつく。

 暴械族ギア・バグズなんてやっている場合ではない。そもそも、才能が盗られている状態ではできもしない。研究発表も、先月終えているので、そちらに影響も――、


「あ」


 と、玖全は声を上げる。

 彼の脳裏に浮かんだのは、先月の研究発表会のときの記憶だ。

 あのとき、玖全は天井に何かがいるのを見た。拡張映像ARのバグではないかと天音に言われたが、今思えばあれは仮想妖魔オルトだったのではないだろうか?

 玖全は近くのベンチに座り込み、研究発表をした場所周辺の情報を探る。

 発表会を行ったときの周辺に絞り、SNSや掲示板の情報を探っていく。

 グッと、HATの鍔を深く下げた姿勢のまま、彼は調査と思考を積み上げる。

 傍から見れば、帽子を下げたままベンチに座りこんでいるだけの人だが、今の時代、HATで何かしているのだろうと思わない人間はいない。


(仮想妖魔は、人がいないところに、出やすいって話だったな。となると、あの施設の近くに廃墟でも……あった。小さめの廃工場ね……。その周辺の景色が映りこんだ画像をSNSに上げてるやつを探して、そいつは近隣に住んでる可能性が高いから過去の投稿を探って……)


 思考加速や平行思考拡張が使えない不便さに苛立ちつつも調査を進めた三〇分後、玖全は一つの情報にたどり着いていた。


(……当たりだな)


 昨日の広く探すようなやり方ではなく、発表会場周辺に絞ったやり方が功を奏した。

 当たり、しかも大当たりの可能性が高い。


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