天才失格 -堕ちた魔王、探偵となる-

第三章 奪われたもの ②

 それから数時間後。玖全はとある場所に来ていた。

 日も傾き始めた時間帯。玖全がいるのは、ビルに囲まれた広場であった。地面がむき出しで舗装もされていない完全な空き地。ビルに囲まれているせいで薄暗く、地に生える雑草もまばらだ。

 そんな暗い空き地で、玖全のほかに幼馴染の天音と、麦藁帽子の紫衣がいる。


「あ、そっち行ったわよー」

「はいはーい」


 紫衣の呼びかけに対し、緩い声を返したのは天音だ。彼女は自分に飛んできた物体に手を伸ばす。

 その物体は、魚の骨のような見た目をした不思議な生き物だった。生きているような動きをしているが、その電子的な見た目といい、宙を泳いでいることといい、ゲームに出てくる敵キャラのようだ。

 天音がその謎の生き物を片手で軽々とキャッチすると、その生き物は「ぎゅむ」と情けない声をあげた。その姿を天音はまじまじと見つめる。


「こんな弱いのも仮想妖魔オルトなんだね」

「そうよ。というか、今いる仮想妖魔オルトは、そんなのが普通なの」


 そう、今天音の手で暴れているこの謎の生き物は、仮想妖魔オルトなのだ。玖全も天音もネムの事務所で検査を受け、その後探偵業の体験として野生の仮想妖魔オルト退治に紫衣と赴いたのだ。

 天音に握られていた魚の骨のような仮想妖魔オルトは、彼女が強く握りこむと、それだけで光の粒子となって散ってしまった。


「だから、あなたたちを襲った枯椿鬼が異常なのよ」


 紫衣は軽く首を振りながらそう言った。

 彼女は相変わらず、手足が大きく露出したワンピースタイプの服を着ている。背も高く四肢が長いため、本当にモデルのようだ。

 三月下旬でまだ少し肌寒い季節だが、彼女がそれを気にしている様子はない。というのも、玖全は知っている。彼女のあの腕はどちらも身体拡張技術HATが用いられた義手であり、寒さなど一定値以上は感じない。変形機構も備わっているようなので、それを邪魔しないようにあの服装なのだろう。

 そんなことを思ってると……、


「ぐっ……」


 突然玖全の右腕に締め付けるような感覚が走り、思わず顔を顰めた。

 だが、おかしい。右腕は今、義手であり、痛みを感じるはずがない。

 幻肢痛と呼ばれる現象だった。部位の切断後、高確率で起こる『あるはずのない部位』に感じる痛みのことだ。


「逢満君。痛むんでしょ」


 と、いつの間にか紫衣が近くに来ていた。彼女は、玖全の義手を手に取る。


「大した痛みじゃねぇよ。離せ」

「意地張らないの。少しでも痛むんなら、ケアしないと」


 彼女は、玖全の手のひらを何度も撫でる。もちろん、HAT製の義手は、生身と同等の触覚を伝えてくる。


「こうして微妙な感覚を伝えたりとか、とにかくいろんなものを触ったりして、『これは自分の腕だ』って体に覚えさせて。あと、本当は寝るときとか適宜外したりした方がいいんだけど……それはできないのよね?」

「よく分かんねぇ力でくっついてるだけだからな」


 普通HAT製の義手にする際は、切断部に接合用の部品を癒着させ、そこに義手を嵌める。だが、玖全の場合は、取り憑いた枯椿鬼が直接義手と腕を結合させているので、普通の医療知識が通じない。


「初めは付け根も痛むのよね……」


 と、彼女が親身に言うのは、自分自身もそうだったからなのだろう。


「痛むときは冷やすか温めるか、どっちがいいかは個人差があるから、試してみて。特に付け根は普通の義手と状態が違うから、何かあったらすぐカタクリさんに報告すること」

「なんだよお前。医者か」


 と言った玖全の横に、天音が並ぶ。


「医者って言うか……お母さんみたい」

「なっ。別にこれくらい普通でしょ! 私も義手だからアドバイスしてあげただけ!」


 玖全は、そんな彼女に視線を流す。

 義手がもはや生身よりも高性能にできる今の時代でも、両腕がまるまる義手なのは普通なことではない。技術が進んでも、人の倫理観の壁は意外と堅牢らしい。……とはいえ、その壁も徐々に崩されつつあるのだが。効率化や利便性の向上を謳って、なんの問題もない四肢を機械の手足に変える人間は増え始めている。

 彼女はそういうタイプの人間には見えない。となるとやはり、何か事情があると見るべきだろう。両腕を失うほどの大きな事情が。いや、もっと言うなら……。

 玖全は、ワンピースから覗く彼女の足に目を向ける。艶やかな肌が光るその足は……、


「ちょっと。どこ見てるのかしら」


 すごく警戒のされた目で見返されていた。


「ちげぇよ。別にそういう目で見てたわけじゃ」

「そういう目ってなによ。私、そこに言及してないけど。やっぱり、その腕が勝手に動くのって、あなたの心中が反映されてるんじゃないの?」

「ちげぇっての!」

「まあまあ、二人とも仲良く仲良くっ。それで、紫衣ちゃん。さっき、ああいう弱い仮想妖魔オルトが普通だって言ったけど、昨日の話だと、それって、拡張映像ARを信じてる人がそれだけ少ないからーって理由?」

「ええ、そうよ。人が『存在しない物』を信じるほど、仮想妖魔オルトは現れやすくもなるし、強くもなるけど、実際問題、現代でそこまで拡張映像ARに存在を感じてる人も、仮想妖魔オルトの存在を認知してる人もいないから」

「……逆に言えば、仮想妖魔オルトの存在を現実のものとして知っちまった俺らは、より仮想妖魔オルトの存在を強めてる人間ってことになるわけか?」

「そうなるわね」


 とすると、ネム視点で見れば、使えるかどうかも分からない自分たちをわざわざ雇ったのは、そのあたりも理由の一つであったのだろうか、と玖全は思った。仮想妖魔オルトの存在を下手に広められない以上、既に知ってしまった人間を取り込むのは、人員増強や口外禁止をさせやすくなるなど、利点も多い。


「つか、こんな弱い仮想妖魔オルトしかいないのが普通なら、仕事来るのかよ? そもそも、仮想妖魔オルトの存在が知られてねぇなら、本当に仮想妖魔オルト関連の事件があっても、ネムのところまで依頼しに来ねぇだろ」

「…………………………」


 麦藁帽子の少女は、沈鬱な表情で黙り、玖全たちから目を逸らす。


「おい?」

「ないけど……」

「は?」

「ないわよ! 依頼なんて全然来てません」

「はぁっ? じゃあ収入どうしてんだよ? 給料は?」

「三か月連続で出てないわ」

「仕事として成り立ってねぇじゃねぇか。なんでお前こんなとこで働いてるんだよ」

「私にもいろいろ事情があるのよ!」


 ジロリ、と彼女は玖全に冷たい視線を流してくる。


「むしろ、そんな状況なのに、あなたたちを依頼者としてじゃなく、従業員として雇ったんだから、もう少し信用してくれてもいいと思うんだけど」

「それは一理あるがな、だからって、やることが野良仮想妖魔オルト退治とか、ボランティア過ぎるだろうが」

「いいじゃない。人のためになるのなら」

「そんな理由に価値なんてねぇ」


 あのねぇ、と紫衣は大きなため息をつく。


「実際、今できることはこれくらいでしょ? 枯椿鬼の手掛かりは全然ないし。まずは、カタクリさんがあなたたちを調査した結果を待つしかないんだし。こうして、事務所の仮想妖魔オルトを探知するシステムに引っかかった仮想妖魔オルトを地道に退治していけば、枯椿鬼にたどり着く可能性もあるんだから」

「それはそうだが、できることは他にもある」


 玖全は思考操作で紫衣と天音向けに、拡張映像ARの共有申請を送りつつ、空中にディスプレイを表示した。そこには、SNSや個人のブログなどを切り抜いてきた画像が映されている。



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