天才失格 -堕ちた魔王、探偵となる-
第四章 なんのために ②
「心配すんな。お前の才能は俺が取り戻してやる。俺の用事のついでにな」
それは彼女の霊体に対しても投げかけた言葉だった。
彼女のためではない。他人のことなんてどうでもいい。だが、言った以上はやる。それが玖全の考え方だ。
と、彼なりの真剣さを込めて言ったのだが。
「は、はい……」
ポッ、と頬を赤らめて少女は目を逸らしてしまった。
「あ?」
逢満 玖全、一六歳。才能を失って悩む少女の前に、突如現れた界隈での有名人である彼が『その悩みを解決してやる』と真剣に言ったのだ。それが相手にどのような印象を抱かせるかなど想像に難くない……のだが、それが想像できるほど、彼は他人に興味を持てていない。
彼女の瞳に映る自分が、随分と美化された王子様風の姿をしていることに、玖全が気づくよしもない。
「……あとで天音さんに言ってやろ」
隣で紫衣が玖全に半目を向けていた。
「あ? なんで天音?」
「べっつにー」
意味わかんねぇ、と思いつつ、軽く咳払いして話を戻す。
「とにかく、だ。その化け物に襲われたときについて聞かせてくれ」
一番訊きたいことは決まっている。
「あんた、その化け物に、どう襲われた?」
天音は襲われたときの記憶がないという。玖全も枯椿鬼に襲われた際、視覚拡張をオフにしていて、自分の才能を奪った赤い枯椿鬼がどこから来たのか見ていない。腕を切断され、次に視覚拡張を付けたときに、いきなり赤い枯椿鬼がいた。
突然現れた枯椿鬼は、どこから来たのか?
そしてどのようにして才能を奪ったのか?
それは、ネムたちにも分かっていないことだという。ゆえに、この少女に襲われたときの話を聞くことで、それらの情報が分からないかと玖全は期待していたのだ。
由芽は玖全から視線を切ると、目を伏せる。
「襲われたとき……。あの、私も……あんまりよく覚えてないんです……」
玖全も紫衣も肩を落とす。が、その様子を見て、由芽は慌てて手を振る。
「あの、でも、記憶がないって意味じゃなくて……。その……あんまりにも変なことだったから、夢っていうか……見間違いっていうか……間違った記憶なんじゃないかって……そう思ってて……。その……襲われたっていうか……」
由芽は、自らの横腹を撫でる。僅かに顔を顰めながら。病院着のその下に、包帯に巻かれた傷跡があるのだろう。
「そのお化け……私の、お腹から出て来たんです」
その後、由芽に色々と話を聞いたが、他に目新しい情報はなかった。
「あの娘の才能、本気で取り戻してあげる気だったのね」
由芽の病室を後にし、エレベーター付近にある休憩室の椅子に腰を下ろしたところで、紫衣紫衣にそう言われた。
「あ? 何がだよ」
「いや、だって、あの子の才能を取り戻すって話、あの子の生霊から話を聞き出すために言った方便だと思ってたから。でも、わざわざ生身の方のあの子にもそう言ったってことは、本当に取り返してあげる気あるんだなって」
「そうしなきゃ三日後に殺されるんだから、仕方ねぇだろうが」
「いやだから、それでも、あの子はその約束を認識してないみたいだし、わざわざ言わなくてもよかったことじゃない。意外と優しいのね」
「的外れなこと言ってんじゃねぇよ。そんなつもりは毛頭ねぇ。……それより、手に入れた情報の話だろ。あの情報は、デカい」
紫衣の表情が真剣なものに変わる。
「枯椿鬼は……人の体内から出てくるってことよね。場所は多分ランダムで」
しかも、体内から出てくる際、その出てくる場所を突き破って出てくる。
おぞましい話だった。場所が悪ければ即死になりうる。
由芽は腹に穴が空き、そこから枯椿鬼が出てきた。運よく、内臓の重要な部位を避ける位置が貫かれたのと、
運よく、というなら、玖全もそうだ。いや、どちらかというと不幸中の幸いと言うべきか。
玖全の場合、その枯椿鬼に突き破られた部位が、腕だったということだろう。だから、腕が千切れるだけで済み、運よく致命的な怪我を避けられた。
しかし、紫衣の仮説を聞いた玖全は眉根を寄せる。
「いや、そうは言いきれなくないか?」
「え?」
「天音だよ。あいつはどこにも怪我してねぇだろ?」
「あー、えっと……」
紫衣は目に見えて挙動不審になったが、玖全に理由はわからない。
「そ、そうね。確かに……。えっと……でも、実は天音さんにも怪我はあったみたいよ?」
「はっ? どこに?」
「えっとその……」
しどろもどろ、となりながら紫衣は言いよどんだあと……、
「む、胸に……」
「え……」
玖全は固まる。
「そ、そう! 胸に怪我があって、それで恥ずかしいからって、言わないでって話だったの。傷のほうは小さかったから、問題ないわ。ほら……あの子、すごいでしょ?
厚みが……」
「いい、いい、わかった。それ以上言うんじゃねぇ」
幼馴染の胸を揉んでしまった記憶を思い出され、玖全は頬を染めながら、そう遮った。
「そういうわけだから、枯椿鬼が体内から出てくるっていうのは、確実に言えるわ。アレは、人の体から、その才能を奪って出てくる……」
先ほどのどこか動揺した態度から一変。紫衣の声は低く鋭いものへと変わる。そこに滲んでいるのは、抑えきれない怒りの色だ。
「絶対に許せない……」
虚空を睨むようにそう言った少女を見て、玖全は肩をすくめる。
「大事なヤツのためとはいえ、よくそんな本気になれるな」
バッ、と、紫衣は玖全に振り替える。
「なんで、知ってるの⁉」
「知らねぇよ。カマかけただけだ」
「あ、あなたねぇ……」
麦藁帽子の少女は小さくため息をつく。
「なんでそう思ったの?」
「いろんな情報から、なんとなくな」
と言った玖全は、滔々と言葉を紡ぐ。
「最初に枯椿鬼の説明したときに、ネムは、『普通は一次拡張まで奪われる』って言ったろ。あのときおかしいって思ったんだよ。あれは、前例がないと言えない言葉だ。でも、前例があるなら、俺達をサンプルとして歓迎するのはおかしい。その『前例のヤツ』をサンプルにすればいいからな。そうなってないってことは、お前らの知ってる『前例』は、もう死んでるか……生きていてもお前らが調査できる状態にないんじゃねぇかって思った」
「……」
「で、お前だよ。見てると、ただ仕事じゃなくて私情込みで枯椿鬼を追ってるように見える。でも、お前は才能を盗られてない。てなると、お前が枯椿鬼を負う理由は、お前大事にしてる誰かのためなんじゃねぇかって思った。つまり、あんたの身内か誰かは、枯椿鬼に襲われて入院でもしてる状態で、そいつの才能を取り戻すためにやってるんじゃねぇかってな」
「あなた……探偵みたいね」
「探偵なんだよ。不本意ながら。で、どうなんだよ?」
「……正解よ」
ため息交じりに彼女はそう言うと、席を立つ。
「ついてきて」
紫衣に先導され、玖全はある病室へと連れてこられた。
何もかもが静止している部屋だった。
締め切られた窓。立ち尽くす点滴台。そして、ベッドの上で眠り続ける少女。
唯一動いているのは、点滴袋から落ちる水滴だけだ。
少女の口には人工呼吸器が付けられている。かけられた布団の中から、いくつもの管が伸び、彼女の周囲にある重厚な機材へと繋がっている。
ややくせ毛気味の薄い茶髪の少女だ。年は玖全と同じくらいだろうか。
「一ノ瀬 雛美。去年の年末に枯椿鬼に襲われたの。私の友達……いえ、親友よ」
「親友? わざわざ枯椿鬼を追うくらいだから、姉妹とかそういう関係の相手だと思ってたんだが」
「それくらい、大事な親友なの」
紫衣は自分の手を掲げる。
「私の体、変でしょ。全部の四肢が義肢だなんて」
「別に。珍しくはあるがな」



