天才失格 -堕ちた魔王、探偵となる-

第四章 なんのために ④

「雛美は、心臓がある場所に穴を空けられてたの。病院に運ばれた時点で、HAT製の人工心臓を移植すれば助かるはずだった……。でも、才能を奪われてたせいでそれができなかった」


 元々人体にある機能の補完一次拡張は、才能に関わらず誰もが可能だ。HAT製の人工心臓が使えないなんてことは通常ありえない。

 だが、それが起きてしまった。

 心臓の損傷という一刻を争う事態の中、そのイレギュラーは致命的な時間のロスを生む。


「それで、別の治療法に切り替えないといけなくなって……。でも、その時間もなくて……」


 治療が間に合わなかった。


「今はもう、目覚めるかもわからない状態だって」


 眉を下げて、紫衣は親友の頬を撫でる。


「雛美は、バスケ部のエースなの。人体拡張技術HAT製じゃない人工心臓を移植する話が進んでるけど……どうしても人体拡張技術HAT製のものより性能も落ちるし……前と同じような生活はできなくなる。バスケなんて、絶対にできない」


 才能を取り戻し、人体拡張技術HAT製の心臓を移植にしなければ、親友の未来は閉ざされる。 


「だから、私は、なんとしてもこの子の才能を取り返したいの」


 絶対に、と言い切る彼女の瞳には、決意の星が、これ以上なく強く輝いていた。

 ただ、玖全はそれをどこか冷めた気持ちで聞いていた。


「他人のためによくそこまでやれるな」

「そう生きるって決めてるから」


 彼女は、自ら義手に視線を落とす。


「私の病気だと、私の寿命は、三〇歳まで行けばいいほう。もう半分もない。普通に動いていられる時間はもっとない。私は私の周りの人よりずっと早くこの世界からいなくなる。それまでに、私はその人達の記憶にできるだけ強く残っていたいし、できるだけ多くのものを残したいの。せめて人の記憶の中では、長く生きていたいから……」


 それが、紫衣の世話焼きの理由か、と玖全は得心する。


「あなただって、天音さんが同じ目に遭ったら、これくらいするんじゃないの?」

「誰が。他人がどうなろうと知ったことじゃねぇよ」


 紫衣は冷たい目を玖全に向ける。


「薄情すぎない? 天音さんは、重症のあなたを必死に助けようとしてたのに」

「関係ねぇよ」

「呆れた。たとえ話だとしても、あの娘のために何もしないなんて」

「何もしねぇとは言ってねぇだろ。その場合、枯椿鬼の調査くらいはする」

「え? さっきと言ってること違うじゃない」

「天音のために行動はしねぇってだけだ。知り合い襲ったわけわかんねぇ化け物が、表沙汰にもならずに、のさばってるなんて状況、気に食わねぇ。俺が動くとしたら、そういう理由だってことだ。その結果、天音ためになるような行動になっても、俺にそのつもりはねぇ」

「あなたの行動原理って、自分が気に食うか食わないかなの?」

「当たりめぇだ」

「ずいぶんと偏食家だことで」


 フン、と玖全は鼻を鳴らす。


「俺は他人を理由に行動なんかしねぇ。俺が動くのは、全部俺が理由だ」

「ふーん?」


 紫衣は軽く首を傾げる。

 玖全の言いたいことはわかる。だが、さっきの例え話だと、そもそも、『知り合い襲ったわけわかんねぇ化け物が、表沙汰にもならずにのさばってるなんて状況』を気に食わなく思うのは、結局のところ……、


「他人を思っての行動ってことに……」

「あ?」

「……いえ、なんでもないわ」

「なんだよ」

「なんでもないってば。……ただ、あなたも難儀な性格してるなーって思っただけよ」


 麦藁帽子の少女は、困ったような笑みを浮かべるのだった。

 対して玖全は、どこか浮かない顔をしていた。

 自らの才能を取り戻したい自分と、親友の才能を取り戻したい紫衣。

 その二つのコントラストの狭間に吹く風に、なぜだか虚しさを覚えていた。

 才能を取り戻したい。

 なんのために?


(「当たり前」を取り返すために)


 それで何がしたい?


(……)


 自分の心に浮かんだその問いに、玖全は即答できなかった。

 暴械族も、研究も、上手くできたからやっただけだ。特別な思いがあるわけではない。

 才能がなくなった今、改めてどうしてもそれをやりたいかと問われれば、全くそんなことはなかった。

 では、なぜ才能を取り戻したいのか?

 チッ、と玖全は舌打ちをした。


(馬鹿か俺は……。盗られた才能は元々俺のもんだぞ。それに、才能なしが生きやすい社会でもねぇ。無きゃ損するもの、取り戻してぇなんて当たり前だ)


 目を上げると、そこには窓ガラスに映る自分自身がいた。

 そこに映る自分の姿が、玖全の目には何故だがひどく小さく見えた。


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