ラプンツェルの翼

2:課程《プログラム》 ②

「ここまでです。あまり気分のいい映像ではありませんからね」


 リサはデッキからDVDを取りだしてから言った。


「あの人間はどんな状態になったの?」


 通常番組に切り替わったテレビに視線を向けたまま、が聞いた。


「簡単に表現すると、細胞に異常が起こってしまったのですね。で、人体構成をできずにほうかいしてしまった、という感じですかね」

「バグに食われた人間はああなるのかよ……」


 りよういちはただ吐き気をこらえていた。あの映像が本物なのか証明はできやしないが、それでも妙にリアリティがあった。気づくと滝のように汗をいている。


「そのバグは、人間だけしか食えないの?」


 は冷静な表情だ。


「基本的に人間と同じ物を食べるんですよ。同時に人間のエネルギーもうばうのです。要するにですね、体をするためには食べ物を口から取り入れます。それは人間と変わらないのです。ただし、バグは特殊な能力があります。人を狩るための攻撃的能力です。その能力を維持するために、人間の生命エネルギーを奪うということなのです」

「待て、ちょっと待った」


 遼一はあることに気づいた。人間を食うバグの存在をとりあえず認めるとする。しかし、そうなると説明のつかないことがある。


「あのときの出来事は救済者セーバーとバグの戦いとか言ってたよな。基本的にバグはひっそりと人間を食うんだろ。なんであんなにはげしく人を殺してた?」


 逃げまどう人々の中に、どれだけの死傷者が出たのか。


「街中で戦えば、周囲の人々に被害が出てしまうのは当然です」


 リサは平然と言った。


「ん、どういうことだ? バグはだれと戦っていた?」

「私とですよ。天使とあくの戦いです。社会からバグを排除する戦いはいつどこで始まるかわかりません。そして、その激しい戦いは、周囲にも多少の被害を及ぼします」


 バグを排除するために、リサは戦っていたということか。周囲へのえいきようも考えずに。


「……じゃあ、あれはおまえのせいでもあったのか? もっと人のいないところで戦ったりすればいいじゃんか。反省はないのか?」

「でも、スポーツじゃありませんから。バグを倒すには少々の被害は仕方ないことなのです。それに、私たち救済者セーバーの戦いなどまだおしとやかです。イラク戦争でのアメリカなんて、街中にミサイル撃ち込みまくってたじゃないですか」


 そんなリサの物言いにさらに食ってかかろうとすると、奈々がそれを制した。


「待って。それより聞きたいのは、そのときの戦いの意味はなんだったのか、だわ。強引に街中で戦った理由は?」

「社会に寄生し特殊な能力を使うバグに対して人間たちは無力です。ですから、バグには私たち救済者セーバーが対抗するしかありません。そのためには救済者セーバーを増やすことが重要です」

「奈々は天使……救済者セーバーなのか?」

「違います。栄誉ある天使になるにはさまざまな条件があるのです。要するに、彼女は天使になる前の存在で、単純にピースと呼ばれます。通称『天使のきば』ともいいます」


 遼一は奈々を見た。トランクに詰められた天使の牙。


「そうです。彼女のうばい合いで、あれだけはげしく戦っていたのです。バグサイドからすれば、当然救済者セーバーの勢力を増やしたくはないですからね」


 リサがを指さした。


「奈々は人間じゃないってことなのか?」

「精神だけ人間じゃない、と表現しましょうか。天使のきば、つまりピースは子供の女の子にひようというか寄生をします。いつどこでだれの中に出現するかはまったくわからないのです。その後、眠りにつきさなぎ状態になります。そして、目覚めたときに最初に見た人間を宿主とするのです。宿主とピースつながっており、生命エネルギーは宿主から受け取ります」

「奈々はおれからエネルギーを奪っているってことか?」

「そうです。体をするために物質的な食料も食べますが、生命エネルギーは宿主から供給されるのです」

「じゃあ俺はいったいなんなんだ?」

「あなたは天使を育成する人間に選ばれたのです。彼女を天使として羽ばたかせる役目をになうのです。その大役にはさまざまな危険がつきまといますが、大変栄誉ある仕事であると言えましょう」


 リサの物言いにりよういちぜんとした。栄誉ある仕事だとか勝手すぎる、と、そこまで考えてからどきりとした。


「……ちょっと待て。危険って? 俺に危険がつきまとう?」

「それほど重要な大役なのです」

「そうじゃなくて、どう危険なんだよ」

ピースの育成をするのですから、たくさんの障害はありますよ」


 遼一は、ふと先ほど見たバグのDVDを思いだした。もしかしたら、リサがトランクをバグに奪われそうになったように、遼一の元にも……


「彼女が天使になるための通過儀礼イニシエーシヨンなのです。そんなプログラムに参加をすることは、社会の秩序を守ることにつながります。よかったですね」


 リサはパチパチパチパチと手をたたいた。


「だから待てって、このおお鹿やろう」


 何から聞いていいかわからない。突っこみどころがあまりに多すぎる。


「そのプログラムに、何故なぜ遼一が選ばれたの?」


 聞いたのは奈々だった。

 奈々の問いに、リサは人差し指をけんに添える仕草をした。


「本来はですね、家庭環境や社会的立場などをこうりよして選別されるのです。基本的に男性です。そして宿主となってプログラムを行います。しかし今回はちょっとイレギュラーでした」


 リサは、部屋に置いてあるゆがんだトランクに視線を向けて続ける。


「いろいろとトラブルが重なったのです。トランクがうばわれそうになってバグと戦ったこと。そして、その戦いでピース、つまりあなたに異常が出てしまったようです。本来ならもっと目覚めは遅かったのですが……やはり、ちょっとシステムにエラーが出てしまったのかもしれません。もしかしたら誤作動などもあるかもしれませんね」


 はリサの視線を静かに受け止めている。


「偶然おれになったのか」

「あの戦いで逃げまどう人々の中、何故なぜかあなただけはぼんやりと突っ立ってましたよね。それで、形勢が不利だった私は、ついあなたにトランクを預けて逃げてもらったのです」

「あの事件がニュースにならなかったのはなんでなんだ?」

「天使とあくの戦いはすでに社会的なけんあんです。国家レベルでのメディアの操作、また、私たち天使も目撃者のおく操作などをしてサポートをします」


 国家レベルで救済者セーバーとバグは認知されているのだ。あの事件がおおやけになっていない事実が、それを裏付けている。


「トランクを開ける前に警察にでも届けていただければ、こうならなかったのですがね」


 リサが言った。


「いつまでだ。いつまで俺はそのプログラムを続ければいいんだ」

「天使のきばが天使へと更新アツプデートされるまでです」

「その条件は?」

「……私からはお教えできません。それを探すのもプログラムの試練です」

「プログラムの中ではどう行動すればいいんだ?」

「自由です。あえて言うならば、道具を使って自己を守ることです」


 リサは一連の遼一の質問に答えたあと、ちらりと奈々を見た。

 奈々はちんもくしている。


「……俺が断ったら?」


 遼一の問いにリサは首を振った。


「断れません。すでに天使の牙は作動状態アクテイブです。宿主は強制的にプログラムに参加することになっているのです」

「宿主のすべてが素直にプログラムに協力すると思うのか?」

「それでもいいのです。プログラムの失敗もはんちゆうですよ」


 遼一の視線を平然と受け止め、リサは微笑ほほえんだ。

 プログラムの失敗。それは遼一の死ではないだろうか。バグに殺されて終わるのだ。遼一はあのDVDのバグに食われた男の末路を思いだした。