アトリウムの恋人

プロローグ

 目の前の光景は東京のしゆうえんを表現していた。

 高層ビル群はくずれ去り、わんがん地区は海にぼつした。完成したばかりのスカイツリーはボキリと根本から折れ、幹線道路にはズタズタにれつが入った。

 目の前の東京タワーはびっしりと太いツタにからみつかれていた。そして、そのツタは血のようなな花をいつせいに開花させた。

 頭が割れるように痛かった。視界がらめき耳鳴りが止まらない。全身は燃えているのではないかと錯覚するほど熱かった。あしもとを虫の大群が走っていく。それは真っ黒なの群れだった。蜘蛛の群れはアメーバのように街を飲み込んでいく。

 彼女はよろめきながら立ちあがった。ここにいてはこの街といつしよしようめつしてしまう。倒れていた仲間に手を貸そうとして息をのむ。そこにはびっしりと蜘蛛に群がられたかたまりがあるだけだった。必死で蜘蛛を払ったが、逆に血まみれの自分の体にまとわりついてくる。

 彼女は体に群がる蜘蛛を払いながら走りだした。波のようにうねる道路を走るうちに上下感覚を失っていく。ところどころ陥没し、ぽっかりと穴が空いている。穴の中はのっぺりとした立体感のない漆黒だった。折れ曲がった街灯は狂ったように明滅を繰り返し、大地を引き裂くような不快な音はさらに大きくなっていく。彼女は耳をふさいで走り続けた。

 この光景が結末なのか……。

 意識がぷつりと途切れそうになった。一瞬でも意識が切断されたら、自分は永遠にこの世界から失われてしまうことだろう。

 彼女はかすれる視界の中で電話ボックスを見つけた。ボックスはゆがんでガラスはすべてくだけ散っていたが、中の電話機は形を保っている。

 彼女は真っ赤な血に汚れ蜘蛛に群がられた手を伸ばした。

 背後のビルが崩れていく。ビルは輪切りのタマネギのように分割されてほうらくする。ビルの構成データがこわれたのだ。そしてそれらの情報はどす黒い液体に変化しこちらに流れてくる。

 はっと目を見開いた。遠くの路上に立つひとりの女性が視界に入ったのだ。

 その彼女は力なく頭上を見つめていた。彼女はまだ生きていたのだと思った。しかし、女性の周囲のアスファルトはかんぼつしていき、黒い液体もせまってくる。助けなければと思った。そのしゆんかん足下が激しく揺れた。この場所のほうかいも間近だ……。

 彼女は受話器を耳に当てた。受話器からは声が聞こえる。


『東京に戻りますか?』