神と奴隷の誕生構文

瀬戸際の策略 ①

 海が──たぎっている。

 ごうしんぎんだんまつさけび。ひとたび目を閉ざせば、声の主にじんちくの区別をつけることさえ難しい。のままのおそれが悲鳴となり、吟味されぬいきどおりが怒号となり。そういった原始の感情がるうけんが、やりが、やじりが──対話なき世界において、またたきの間にすべてを解決していく。

 第四次キレド海戦。実に三百年ぶりとなるロケィラ・オルワナ間の海上戦がぶたを切って落とされてから、すでに二時間余りが経過していた。その間、実に二十七もの船が無数の木片と成り果て、二千四百の兵を道連れに青黒い海の底へとしずんでいる。


、どうか全軍にてつ退たいの指示を! 始めから無茶ないくさだったのです! ただでさえ数におとる我々が、海戦で有翼種クロトアに勝てる道理がございません! セレィ、どうかご英断を!」

「ならん!」


 両軍の戦船がかち合う最前線。部下の進言をいつしゆうしたのは、引きまった顔つきに情熱的な風格を持つだった。大地色の戦しようぞくに白銀のきようこうを重ね、そのこしもとにはりようけんしている。それはまごうことなき殿方おのこの戦装束であり、しかし悲劇的なほど女にけ込んでいた。まだ多少のあどけなさを残す顔つきも、数年の後にはゆうの相にすりわっているだろうと予想させるほど。

 さらに──何よりも女の印象を強めるのは、その額の中央にりゆうする、同胞はらからたちよりもふたまわりほども大きな、真白い一角つのだ。


「考えてもみよ! ここで退けば、我らがおうやつらの間には、もはや小石ほどの要害もない! 浜を基点に次々とえんぐんを送り込まれ、完全包囲に持ち込まれるはひつじよう! そうなってしまっては、我々に残される道は、ゆるやかなこうふくのみだ!」


 むことなく飛来する矢をかんに剣ではじき飛ばし、傷ついた兵たちをかばって立ちふさがりながら、セレィと呼ばれた女はもうぜんと言い切った。その言はまったくの事実であったが、部下はなおもかぶりを振った。


「しかし! その皇都も、ここで我々がぜんめつしてしまっては、いったいだれが守れるというのです! すでに損害は全軍の半数近くにおよび、てつ退たいには今が最後の機! いまこの一秒の間にも、失われていく兵の数がどれほどのものか……!」


 部下のぜつきように、セレィはついに言葉を失ってみした。言われるまでもなく、彼女にもじようきようは理解できている。このままではいたずらに兵力をしようもうし、軍のていを成せぬところまで追いめられてしまうほかにない。その前に撤退しろという部下の言は、言うまでもなくとうなものではあったが……。


(ここをげたところで……めつを先送りするだけではないか!)


 退けるわけがなかった。ゆうこくの士であればこそ、全軍の半数を失い、先んじてそくした十三の兄弟が残らず死に絶えた──そんなロケィラ皇国史上最悪とも言える時期にも、セレィは迷うことなく皇位をいだのだ。


「──ッ! おうてきかんが寄せてきます!」

「何かにつかまれぇッ!」


 船体の横っ腹にしようげきが走り、甲板デツキせんとうしていた海兵が何人か海中にぼつした。かつちゆうを着けたままで水没すれば、甲冑を投げ捨てるか、さもなければすみやかにできするほかにない。しかし──


「──! 敵兵が乗り込んできます!」

「くっ……むかて!」


 甲板上にいんえいひらめく。せなつばさをはためかせ、ふわりとかろやかにい降りるオルワナ海兵たちの姿に、セレィはまわしさを覚えるしかなかった。本来的に陸戦を主とし、ゆえに船上でのせんとうに練達しないロケィラ兵は、水没におびえることいちじるしい。一人おぼれ死ぬたびに士気は低下し、すでにセレィのゆうもうをもってしてもカバーしきれないところまで来ていた。

 ときこえはがねのぶつかり合う音がいっそう激しさを増す。やじりによる手傷を身体からだじゅうに負いながら、それでもロケィラ兵たちはゆうかんに敵を迎え撃つが、勢いの差は歴然だった。満身そうの兵らは雪崩なだれをうって飛び移るオルワナ兵に次々とざんさつされ、司令官であるセレィのもとへと血まみれのみちが開かれていく。


「思い切ったな、皇子さん。だがさくだった」


 その路の中央を、しかばねを物ともせず、えんりよな足取りでとうするかげがあった。初めいつかんして灰色であったのだろうりようよくの羽毛は、今や返り血によってまだらに染まっている。せんなどはしゆいろの鋼によるちゆうぞうかと見まごうほどだ。

 海将ダラィオン。オルワナ海軍主力部隊をとうそつする、歴戦のもののふである。


「まさかそちらから海に出てくるとはな。浜にじんを構えて、得意の陸戦に最後の望みをかけるものとばかり思っていたぜ。そういう意味では大したしゆうだったさ。だがよ……」


 おのが大翼をごうかいり乱し、ダラィオンはかいそうにひざを打った。


「このザマを見ろよ。手前さまの兵士は、慣れない海に怯えて、船上も自由に動けない有様だ。操船もせつで、こちらのそらゆみ隊には絶好の的。笑いが止まらんぜ。このあつとう的な条件の差を、ふつぎようの奇襲くらいでどうにかできると思った、どっかの指揮官のおめでたさにな!」


 のどを鳴らして大笑し、ダラィオンは無遠慮に敵将とのきよめた。とつけんを構えたセレィを、片うでかざして制する。


「やめときな。女だてらに……とめてやりたいところだが、ここでアンタ一人ががんってどうなる? ゆうは決したんだ。となれば、敗軍の将に残された仕事はただひとつ──首を差し出すことで、たいの幕を降ろすことだけさ」


 ダラィオンは戦斧のみねで示すように首筋をたたいてみせた。それを真っ向からじいと見つめて、しばし無言のしゆんじゆんの後──セレィはついに剣を下ろした。


「……れてやろう」

「いけません、おう!」


 悲痛なおもちで止めに入るしんを、かぶりをって制し、セレィはりんぜんと付け加えた。


「ただし! 兵の命を安んずると、神名にちかって約するならば、だ」


 満足のいく返答を受け取って、ダラィオンはにやりと口元をゆがめた。


「安心しな。かつ輿こしを失って気のけた連中なんざ、こちとらりにするのもかったるい。だいいち、そっちの皇族も、いいかげんタネ切れだろう?」


 身のたけほどもあるせんごうと振りかぶり、ダラィオンはみをひそめてうなずいた。


「神名にかけて誓うとも。──アンタのそっ首ひとつで、このいくさはキレイに終わるだろうさ」

「──そんなことを誓われても、こちらとしては保証しかねるのだがな」


 ちがいにのんな声が空気を割った。両群の兵たちは反射的に首をめぐらせて、その結果として例外なくどうもくした。

 先刻まで何のかげもなかったそう室の屋根上。みどりしんしきさいの、見るもあざやかなしようまとった男が立っていたからだ。


「──なんだ? てめぇ」


 後ろ手にそらゆみ隊への指示を送りながら、ダラィオンは内心でいぶかった。……どのようなじんであれ、この場にあるからには、ロケィラ・オルワナいずれかの勢力にくみする存在でしかないはず。だのに、その男のひたいはつるりとへいたんで、背中にもりようよくは見当たらない。ダラィオンばかりか、差し向かいのセレィまでもが同じくげんな面持ちになった。

 一方で、つまらないことを問われた、とでも言いたげにかたをすくめて、男は答えた。


「もう忘れたのか。あんたがついさっき、その名にかけて誓ったものじゃないか」

「そうかい。じゃあ死にな」


 ぞんざいな号令いつ、空気をつる。セレィのかんを八方から包囲する形で待機していた天弓隊から、矢という矢がいつせいに放たれたのだ。が、しかし──


「セレィ皇子。こんな戦でたたき売っていいほど、あんたの首は安くない」


 まえれもなく真横から声がして、セレィは意表をかれた。ダラィオンも同様である。今しがたはりねずみになったはずの男が、彼女のとなりで腕を組んでゆうゆうたたずんでいるのだから。


包囲隊形エルゴン・ジヤツコ!」