神と奴隷の誕生構文

瀬戸際の策略 ②


 せいめいたダラィオンの号令が飛び、旗艦に乗り込んできていたオルワナ兵たちが動く。


「油断するな兵ども。こいつはあやしのわざを使うらしいぞ」


 きんちようふくみ始めたこわいろで、ダラィオンは言った。じりじりとり出す包囲もうあつぱくされながら、なぞの男はくすりと笑った。


しんちようなのはいいことだな、ダラィオン。でも、ひとつかんちがいしている」

つぶせ!」


 えんじんを組んだ兵の密度がほう点に達したしゆんかん、ダラィオンはとどめの号令を下した。一人ずつのかんげきを置いてまず半数がとつしんし、残る半数がそのあなうめめていく。じゆくれんの指揮と訓練に基づく、せいきわまりない用兵であった。やりぶすまで武装した分厚い肉のかべあつさつされようとするぎわ、男はすぅと肺をふくらまし、


「──あやしのわざなんて使っちゃいない」


 ささやかに地面をる音を、何人が聞き届けたことか。聞き届けたとしてもせんいことではある。その音が耳に入った時には、すでに男の身体からだはダラィオンのふところにあるのだから。


「単に、あんたの目が追いつかなかっただけだ」


 ゆかいたさいするかん高い音。よろいきしこわい音。その内がわで肉がくぼにぶい音。

 ──それらすべての合奏に見送られながら、


「───がぁっっっっ!?」


 海将ダラィオンのきよは、甲板デツキ上をまっすぐに、とびうおのごとくかっ飛んでいった。


「……重いろうだな。栄養あるもの食いすぎなのとちがうか」


 両ひざを開いた半身の構え、大地に根ざすかのように深くこしを落とした姿勢で、男はぼそりとつぶやいた。げきれつみは床板をくだき、直接の打点であったのだろうひじさきからはうつすらとけむりが立ちのぼっている。


「ぅ、ぁ……」


 かん最前部の斜檣バウスプリツトげきとつし、ずるずると海にぼつしていこうとするダラィオンを、


「おっと、どこへ行く」


 たび神速でけ寄った男が、首根っこをつかんで寸前で引き留めた。不安定な棒の上、人ひとりの体重を片手にゆうゆうたたずむ姿に、兵たちはいよいよを禁じえない。


「──さて。おい、そこのお前」


 副官と目星をつけたオルワナ兵に向けて、男はおうへいに言った。


「手旗信号を出せ。内容はこうだ──『すみやかに全艦てつ退たい。南東へ三十里下り、そこでとうびようして指示を待て』」

「な、だれがそんなことを──!」

「らしいぞ、将軍」


 片手にぶらさげたダラィオンの身体をすぶりながら、男は苦笑した。副官が言葉にまる。


「ほら、まだてくれるな。決めるのはあんただぞダラィオン。どうしても今日のうちに勝ちたけりゃこう言えばいい──『俺に構わずこいつを殺せ』とな。……その重いかつちゆうを着けたまま、飛ぶなり泳ぐなりできる自信があるんなら、だが」

「……ぅ、う……」

「こら、ねむるな」


 男は残った右手でダラィオンのほおに平手をかました。ようしやなくかくせいいられて、ダラィオンはざんこくなほどめいせいになった意識のなかで、おのれじようきようを理解しなければならなかった。


「……オルマ……かんたいを、てつ退たい、させろ。ただし、この周辺の四せきは残せ……げふっ!」

「将軍……」

「早く……!」


 上官の命令ではいやおうもない。オルマ副官はやりきれないおもちでふところからばたを取り出した。男はもっともらしくうなずいて、生き残りのロケィラ兵たちに囲まれて立ちくすセレィへと視線をやる。


「何をやってるんだ、セレィ。あんたも自分の艦隊を下がらせろ」

「──何だと?」

ほうか。取引が成り立たんだろう。いいか、ダラィオンのがらを保障することとえに退いてもらうんだぞ。ひつきよう、こっちの兵力は、もしこっちが約束を破ってダラィオンを殺害ないしゆうかいしようとした場合に、向こうがきようしゆうをかけてせんめつできると判断するギリギリの数でなくちゃならない。こいつが四隻残すと言ったのはそういうことだ。だから、そうだな……こっちは護衛の二隻を残して全艦撤退させろ」


 言われた内容をしばらくしやくして、セレィはなつとくいったふうに副官へと指示を出した。二人の手旗信号がそれぞれの艦隊に撤退指示を出し、実際にかんえいが水平線の彼方かなたへとかすんでいくまで、数時間の時を要した。


「……さて、どうやら行ったか。そら、こいつは返すぞ」


 撤退が進行する間じゅう片手にぶらさげていたきよたいを、男は文字通りほうり投げてオルワナ艦へと返してやった。血相を変えてけ寄ってくる部下たちを片手ではらいのけ、ふんの形相もあらわに、ダラィオンは男をにらみ返す。


「……さぞやそうかいだろう。してやったりって気分だろうな」

「大当たり」


 男が返した軽口に、オルワナ軍ずいいちもうしようけたと見まごうほどにくちびるり上げてきようしようした。


「はは、は──名はかねぇ。てめぇの名を思い出すのは、工夫をらしていじき、いたぶり殺したおくひたる、そのしゆんかんだけでいい」

「いいしゆしてるな」

「だが、俺の名は覚えておけ。──ダラィオン・ゴラ・ヌクサンカ。そう遠くない未来、命いをするてめぇが、何度も何度も様付けでさけばなくちゃならねぇ名前だ」


 ありったけのぞうを込めて言い捨てたダラィオンに、男は悪戯いたずらっぽく人差し指を向けて、小さく声を発する。


aterasamadiaayアテラ・サマデイ・アーイ


 まったく意味をつかめず、ダラィオンはまゆを寄せる。男はにやりと笑って告げた。


のろいをかけた」

「!?」

「これから十日の間、お前はロケィラへのしんこうを再開してはならない。もし禁を破れば、全身をふきものおおわれるごうびようかかって死ぬことになる」


 顔面をそうはくにして、ダラィオンはぱくぱくと口だけを開け閉めした。男はかいそうに大笑してなおたたけた。


「それ、そろそろ前兆が出始めてもおかしくない。うなじの辺りがかゆくはないか?」


 とつに手をやりかけたダラィオンに、最後の冷笑を浴びせて、男はすげなく背を向けた。残された海将は言葉もなく立ちくし、かすれる声で部下に出発をうながすと、自分はとっとと船室にもってしまった。


 遠ざかっていく四せきのオルワナ船。その遠い姿をながめる男の背中に、ぴしゃりと、するどい声が浴びせられた。かんいつぱつきゆうだつしたロケィラ軍の将・セレィである。


「一応、礼は言っておこう」

「そりゃどうも」

「目的はなんだ?」


 じようおそれもこびもなく、真っ向から事の核心をただすセレィの態度が好転をもたらしてか、男は微笑ほほえんだ。身体からだひるがえし、真っ向から女の目を見えて、口を切る。


「セレィ・メル・ロケィラ。あんたを導きにきた」


 開口一番、男はどことも知れぬ中天を指差した。


「そう遠くない未来。この世界エナ・ガゼ全体を標的とした、大規模なしんりやく活動が始まる」

「──何だと?」

「強大で、ようしやのない相手だ。ひとたび彼らが大地をせつけんすれば、土着の文化を根こそぎかいし、まつりごとすべてを自分たちに都合のいいようにえていく。事象を支配する理法にまでも手を加え、おのが世界の生産活動にいやおうなく組み入れていく。

 それにこうするためには、小国がぐんゆうかつきよする今のじようきようではだ。来たる時に向けて、各国の団結を図り、一丸となってしんりやくに抗する態勢を作り上げねばならない」


 セレィは何を問い返すでもなく、じっと押しだまり、みするように男の話を聞き続けた。男はんでふくめるようにゆっくりと、しかしよどみない口調で続けた。


「あんたにはそのおもてに立ってもらう。東方五国、中陸八国、西栄十二国。そして周辺諸島に住まう数多あまたの先住民族たち。その全てをじゆうりんすることなくして統一し、いずれ始まるだろう侵略に備えるんだ。俺も可能な限り、協力はしまない」

「本気で言っているのか?」

「本気で言っている。だから、しんけんに聞いて欲しい」