ねじ巻き精霊戦記 天鏡のアルデラミン

第一章 たそがれの帝国にて ④

「僕はがっかりだ。先生たちだってあきれるだろうな。イグセム家の長女がなんてあさましい……」


 家のめいを引き合いに出されて、ヤトリの手からじよじよに力が抜ける。まんまと盛り付け用のスプーンをうばい取ったイクタは、としてざらに残りの氷菓を盛り付けていった。


「さすがはヤトリシノ・イグセム。そのほこりは山よりも高く、その心は海よりも広い。僕は本当にいい友人を持ったようだ──あ痛ッ!?」


 盛り付けが終わった小皿をむなもとに持っていったしゆんかん、イクタの左うでにびりびりとしびれが走った。目にも止まらぬ速度でり出されたヤトリシノのこぶしが、彼のひじしんけいを打ったのだ。

 イクタの手からすべり落ちた小皿を、その落下のちゆうでしっかりとキャッチして自分のものにし、ヤトリは勝ちほこった微笑ほほえみを浮かべた。


「わざわざ盛り付けてくれてありがとうイクタくん。レディー・ファーストとはしんなのね」

「……おめにあずかりこうえいいたりだ」


 なみだになって肘をさすりながら、それでもイクタはそんならずぐちたたいた。



「…………ん~~~~~~~っ」


 口の中に広がる冷たさとあまさ、鼻から抜けるシナモンのかおり、体温で溶けたこおりのどへと滑り落ちていくかんしよく。それらのかんのうに、ヤトリは思わずスプーンをくわえたままぶるいしてした。


「生き返るわ。もう最っっ高ね、氷菓は」

「そりゃよござんすね。その代わりに僕は暑くて死にそうだ。いやとっくに死んでいる」


 飲み物の入ったとうのコップを片手に、イクタはパーティー会場のすみっこに用意されたベンチへだらしなくこしけていた。幸せそうなヤトリの表情を横目でうらみがましくにらんでいる。


おおね。ヤシ酒だってそれなりに冷えているんでしょう?」

酒精アルコールうすいしじゆくせいりない。したがって僕はこんなものを酒とは認めない」


 とか言いつつ、イクタがけているベンチにはヤシ酒のおおがめが置いてあって、コップの中身を飲みしては、そこから何度もお代わりしている。やがてのどかわきがえると、今度はテーブルの方から両手にいつぱいの料理を抱えてきて、ひっきりなしに食べ始めた。


「んぐ……むぐ……。……年々味が落ちてる……あぐ……、品数も減ったし……」

ずうずうしいわね。がつがつ食べながら不満ばっかり言わないでよ」

「……んむ……。これがていりつ高等学校のパーティーだってことを思えば、きようされる料理の質は帝国のしんそのもの。それがりしている事実はしきことなのだよ、ヤトリくん」

だまっておきなさい。毎年まぎれ込んでいたあんたとちがってね、普通の生徒は一度しか出ないから、料理の質なんて気付かないものよ」


 言いながら、ヤトリは名残なごりしげにひようの最後のひとさじを口に運んだ。思わずテーブルにせんをやる彼女だが、今のところついが来るはいはない。イクタの話がいやでも思い出される。


「くそぅ、今年は氷菓もこれでおしまいかな。ちゆうぼうで直接生産するこおりはともかく、上にかけるミルクとはちみつの値段が、今年に入ってからずいぶんこうとうしたようだから」


 そうぼやいて、イクタはやけになったようにヤシ酒をがぶ飲みする。こしのポーチに収まったパートナーのひかりせいれい・クスが、そのようしんぱいそうに見上げた。


「イクタ、お酒はほどほどに。身体からださわります」

「そう言うな、クス。身体に障るほど飲めるかいが少ないんだよ」


 いつも通りのやり取りをする二人をながめながら、ヤトリはなになく自分の右腰に手をやって、そこに収まっているパートナーの頭をでる。両手に『こう』を持つ真っ赤な精霊シアだ。


「相変わらず苦労してそうね、クス。シアも心配してるわよ」

「ありがとうございます、ヤトリ。シアは手のかからないあるじに恵まれましたね」

さんどう


 ぽつりとそれだけ口にすると、シアはふたたちんもくした。そっけないようだが、どちらかと言えばこれが精霊のスタンダードに近い。精霊の性格は主のえいきようを受けて形成されるが、クスほど高いコミュニケーション能力を持つものはまれで、とりわけ軍人付きの精霊はもくになりがちだ。


「あっ、ヤトリ様! しゆせき卒業おめでとうございますっ!」


 ヤトリの姿を見つけて、ぐんしゆうの中から六人ほどの生徒たちがげきれいにやって来た。まさか冷たくあしらうわけにもいかず、教師の相手をした時と同じように、彼女もがおで受け答えする。


「ありがとう。それに、皆こそ卒業おめでとう」


 ヤトリに声を返されると、話しかけてきた生徒たちは男女わずに色めき立った。──内巻きと外巻きの毛先がこんざいする肩下までのあかがみはつさとせいじつさをしようちようするような大きめのひとみもうしよの中でもみだれなく着こなした制服。しさを絵にいたようなたたずまいがそこにある。

 ぶんりようどうを行くゆうしゆうさに、きゆうぐんばつめいイグセムのしゆつしんというけいれきも合わさって、ヤトリシノ・イグセムが同期の生徒たちから受けるそんけいと期待は他のだれよりも大きい。……が、それだけに、いつしよにいるあいつかわしくない場合、そっちの方が非常にわるちする。


「……あの。ひょっとして、イクタ・ソロークにからまれていたんですか?」


 あんじようとなりのベンチでんだくれている「似つかわしくないだれかさん」のそんざいに気付いた女子のひとりが、声をひそめてヤトリにささやきかけた。


「え? いえ、ちょっと話していただけよ」

「こんなロクデナシ、相手にしない方がいいですよ。バカが伝染うつりますから」


 しんらつな評価に、ヤトリはあいまい微笑ほほえみで応えるしかない。少女はさらにみみもとで続けた。


「……それに何をかんちがいしたのか、あいつもこうとうかん試験を受けるってうわさです。どうせすぐに落ちると思いますけど、足を引っ張られないように注意してください」


 その言いざまにはさすがのヤトリもしつしようをこらえかねたが、それより先に少女が話題を変えた。


「それはそうと、ヤトリ様。いつごろからかんとしてじつせんに行かれるんですか?」


 まだ試験さえ受けていないのに、気が早いにもほどがある。が、もちろん、そんな本心はおくびにも出さず、ヤトリは少女のじやしつもんていねいに答えてやった。


「まだ何とも言えないけれど、普通は四~五年くらいくんれんしてからしようの階級をもらって、それから正式なかんとして扱われるみたいね」

「四年……。ヤトリ様のことだからもっと早いんだろうけど、さすがに間に合わないかなぁ」

「間に合わない……? 何の話?」


 ヤトリが首をかしげてき返すと、今度は少女の後ろの方にいた男子が答えた。


「彼女、しんせきがカトヴァーナのとういきに住んでいるんですよ。ほら……帝国ウチの東域ちんだいは今、キオカきようこくぐんしんこうこつきようたいこうしているでしょう?」

「そうそう。ヤトリシノさんがえんぐんに行ってくれればたのもしいって話をしてたところで」


 さらに別の少年がそくした。ヤトリが返答にまったことにも気付かず、彼らは続ける。


「でも、さすがにそれまでには、共和国のやつらも侵攻をあきらめてるでしょうね。何しろ東域鎮台の司令長官は、かの名将ハザーフ・リカン殿ですから。今はちょっとたいの知れないしんへいに苦しめられているようですが、じきにそれもこくふくしてくれると……」

「早く親戚をなんさせてやれ。東域とか、もう一月もしない内に、キオカ軍の手にちるから」


 会話のちゆう、イクタがたんたんことはさんだ。その不吉な内容に、少女らのまゆが寄る。


「……ちょっと。どういう意味よ、それ」

「言葉通り。東域鎮台は負けて、あの一帯はキオカ共和国に接収されるんだ。リカンちゆうじようには心から同情する。やっかいな首輪さえ付いていなければ、こんな結果にはならなかったものを」