世界の果てのランダム・ウォーカー 特別版




 石の昇り降りは苦行だった。

 ずっとつづけていれば、たしかに忘我状態におちいりそうだった。しかしヨキは疲れたら動きをとめてしまうので、その境地に至ることはない。汗をぬぐいながら、これが偉大な発見をするものと、そうでないものとの差かと、ため息をつく。

 そうして休んでいると、牛や羊を追う牧童の少年が声をかけてきた。

「僕はもう自分の石をみつけてしまったんだ」

 よく日焼けをしていて、大きな角笛を肩にさげている。

「すごいね」と、ヨキはいう。「こんなにたくさんの石があるのに」

「偶然かもしれないし、そうじゃないかもしれない。本当に必要とする人には石の導きがあるともいわれている。僕はどっちかわからないけど、なんとなくのぼった石がそうだったんだ」

「君は地平の彼方をみたのかい?」

「うん。母さんと会ったんだ。僕は母さんと話した」

 難産だったため、少年の母は、彼を生んですぐに亡くなったという。

「君がみたのは、本当にお母さんだったんだろうか」

「もちろんさ。顔も知らなかったけど、一目見てすぐにわかった。母さんは僕のことを心配していた。だから僕は一人でも大丈夫だよといったんだ。母さんは僕のことを愛してくれていた。すごく嬉しかったよ」

 少年はいう。

「本当はね、石にのぼるとき、牛や羊と会話する方法を知りたいって願っていたんだ。仕事が楽になるからね。けれど、心の奥底では母さんがいなくて寂しいと思っていて、シーラザットはそれを見抜いてたんだ。だから、母さんに会いたいっていうほうの願いが叶っちゃったみたい。旅人さんも気をつけたほうがいいよ。何かを知りたいと思っているのなら、強く願ったほうがいい。自分でも気づいていない大事なものがあって、そっちが勝っちゃうこと、けっこう多いらしいから」

「ありがとう、気をつけるよ」

 自分の石にのぼったとき、明日の朝ごはんは何だろう、などと考えていたのではもったいなさすぎる。少年のように、無意識が作用するケースにも注意しなければいけない。亡くなってしまったけれど、もう一度話をしたい。そんな相手はヨキにもいる。

 世界の謎を解き明かすような真理を、世界が隠している壮大な秘密を、ヨキは知りたいと願い、調査官をしている。地平の彼方にみるものは、それらに関することであって欲しい。

 ヨキは強く念じながら、夜通し石にのぼりつづけた。疲れて眠りたかったが、やはり調査に悔いを残したくはなかった。早々にリタイアしてしまった昨夜のことは、なかったことにしておこう。

 明け方、朝日を浴びながらヨキはふらふらになっていた。一度眠ろう。そう思ったとき、少し離れたところにある石が目についた。不思議なことに、シーラザットに書かれた青と黒の文字が、他のものより強く輝いているようにみえる。最初に決めた順番を無視し、その石に歩み寄る。なぜだかわからないが、それが自分の石だという確信があった。

 人類の起源が知りたい。世界の果てがみたい。

 強く願いながら、シーラザットにのぼる。

 そして。

 ヨキは呆けた顔をしながら、しばらく立ち尽くしていた。遠くをみつめる目。いつのまにか、両の頬に涙が伝っている。

 どれくらいの時間が経過しただろうか。

 我に返ったところで、石をおり、走り出す。

「先輩、今すぐセントラルに帰りましょう」

 寝泊まりしていたテントに転がりこむ。勢いあまって、骨組みを壊してしまう。

「どうしたのさ」

 シュカは眠そうに目をこする。

「調査期間はまだ残っているよ」

「いいから支度をしてください。調査なんかどうでもいいんです。今回ばかりは、僕のいうことをきいてもらいますよ」