Chapter 1 "To the Pit" ‐07-
トンネルのような通路を抜けて、やがて彼女が立ち止まったのは、広場の一角だった。
そこには大きな緑色のバスが
バスの前には、いくつかテーブルと椅子が並べられていて、食事ができるようになっている。
小柄な上背に対してアンバランスなくらい太った色白の男が、テーブルの上を片付けていた。
男の姿に緊張する俺をよそに、ブーディシアはつかつかと歩み寄り、声をかけた。
「おい」
「
「ブリトーふたつ。後で届けてくれる?」
「は? うちはそういうのやってないんで。自分で持っていってくださいっす」
迷惑そうに眉をひそめて、太った男は言い返す。
「ひとつはパーク・ストリートの画材屋。もうひとつは……エイト・ビット・ワールドってゲームショップなんだけど」
ブーディシアは鋭い視線を向けながら、薄く肉を
知らない、と白を切ることもできただろう。
しかしその
間違いない。
こいつが犯人だ。
「いきなり
ブーディシアは後ずさる男の胸ぐらを
「ひっ。お、俺は違うっていうか、俺だけじゃないっす!」
「おーい、ペニー。どうしたー」
太った男の悲鳴を聞きつけたのか、バスの中から、場違いなほどのんびりした声とともに、別の男が顔を出した。ここからでもわかるくらい背が高くて、黒縁の眼鏡をかけている。オレンジ色の髪の毛と
「こいつやばいっすよ!
「あたしが
「ひぃぃぃ、助けてほしいっす!」
ペニーと呼ばれた太った男は、必死で助けを求める。体力的には振り払おうと思えばできそうだが、ブーディシアに完全に
「うーん。確かにやばいな。目がやばい。関わらないほうがいいって」
バスの中の男は、そんなことを言って、悠長に
「そんなこと言われても、もう遅いっす……」
「なんだてめーは。細長い
ブーディシアはバスの中の男を
「いい度胸じゃねぇか。俺は
ブーディシアはペニーから手を離し、見下ろすように立ちはだかるジェイエフに、臆することなく向かっていく。
「……そうか、わかった。てめーら二人が犯人だな。エイト・ビット・ワールドって名前に聞き覚えあんだろ」
「やべっ、あの店のやつかよ!」
「完全にバレてるっすよ……」
ブーディシアはふたりを交互に
「てめーらがやったんだな」
「うん、それはつまり、あれだ。いや、っていうか、証拠あんのかよ」
「そうっすよ!」
「はーん、認めねー気か。なら……この店のライターはヘッタクソで、ブリトーもクソまずいって
「ぐ……」
「き、汚いっす!」
「もう一回聞くぞ。てめーらがやったんだな」
ブーディシアはもう一度、鋭い視線でふたりを刺す。
青ざめたふたりは、顔を見合わせると、とうとう降伏した。
「すいませんでしたぁっ!」
「俺たちがやったっす!」
なんということだろう。
たったあれだけの情報から、犯人まで
ブーディシアはそんな俺の驚きを知る由もなく、ふたりを威圧し続けている。
「よし。警察に突き出すのは勘弁してやる。代わりにうちに書いたグラフィティ消しに来い」
「いやでも店があるからよ」
「ベアー・ピットのみんながお
「は? 文句言うやつがいたらな、腹一杯になるまでスプレー口に捻じ込んでやるから安心しろ。わかったか?」
「マジかよ。怖すぎんだろ」
「入んないっす、絶対入んないっす」
「わかったかって聞いてんだよ!」
「お、おう」
「ひゃい」
それからブーディシアはペニーにブリトーをふたつ作らせると、引きずって店の前まで連れてきて溶剤を
ペニーはどうも気が弱いほうらしく、終始ブーディシアに
彼女はいつもの椅子に座って、ショーウィンドウの向こうで涙目になりつつグラフィティを消すペニーを見ながら、
俺はその光景を見ながら、なんとも感慨深い気持ちになる。
さっきまで、ここに書かれた絵が、いったいなんなのかもわからなかった。なのにブーディシアは、その犯人を的確に突き止め、こうしてここまで連れてきてしまったのだ。
彼女に導かれて、たくさんのものに出会って、驚くことばかりだけれど。
それでも俺は、まだなにも知らない、と思う。
グラフィティのことも、そして、彼女のことも。
「ブーさん」
「ん」
「ありがとうございます」
「なんだよ、急に」
「いえ、新しい体験ができて、
「なにそれ。
苦笑いとともに窓の外を向いた瞳は、光が入って、青く透き通っていた。
俺はその目に映っている景色をもっと知りたいと、強く思った。



