シャインポスト ねえ知ってた? 私を絶対アイドルにするための、ごく普通で当たり前な、とびっきりの魔法

第一章 日生直輝と青天国春と《輝く少女達》(1)

 四月中旬。都心から少し離れた駅の穏やかな街並みを眺めながら、商店街に足を踏み入れると、八百屋さんの「トマトとサヤエンドウがオススメだよ!」なんて、活気にあふれた声が耳に届く。……なんとなく、地図アプリに顔を落としたまま歩いている自分が恥ずかしくなって、僕はスマートフォンをしまった。

 一七時。少し早めの夕焼けをたんのうしながら商店街を抜けると、先程までの穏やかな街並みとまるでマッチしていないメタリックシルバーのビルが確認できて……

『株式会社ブライテスト』

 ここが、ゆうさんが社長を務める芸能事務所……ブライテストか。

「……ん?」

 ふと目に入ったのは、ビルの近くに立ち、せわしなく周囲を見回す少女。

 制服を着ているし、恐らく中学生か高校生くらいの……あ、目が合った。

 わいい子だけど、なんていうか格好が前時代的だな。今のご時世、三つ編み眼鏡の女の子なんて、中々お目にかかる機会はない。……おや? こっちにやってきたぞ。

日生ひなせなお君だよね!?」

「え? うん、そうだけど……」

「やったぁ! やっと会えたよ!」

 明るい笑顔で、両手をパンと合わせる三つ編み眼鏡の少女。

 風貌から真面目な子かと思ったが、思った以上にくだけた性格のようだ。

「やっと会えた?」

「そうだよ! ゆうさんから迎えに行けって言われたんだけど、何時に君が来るか分からなくて大慌て! ……でも、そこでひらめいちゃったよね! それなら、ずっとここで待ってればいいんだって! どう? すごいでしょ?」

 本人としては誇らしげで気にしている様子はないけど、……悪いことしちゃったな。

 あらかじめ時間を伝えておけば……って、ちょっと待とうか。

 僕は、今日からブライテストで事務作業がメインの雑用社員として働くんだけど……、

「私、青天国なばためはる! ここ──ブライテストに所属してるんだ! よろしくね!」

 そんな人間を、わざわざ所属タレントの一人が迎えに来る、だって?

「……珍しい名前だね。もしかして、芸名?」

「これまた面白いことに本名なんだっ! ……いぇい!」

 元気なVサインが一つ。

「そっか……」

 どうする? しっかりと確認を──いや、ただの考えすぎだ。自分に言い聞かせる。

「えーっと、それじゃあ案内をお願いしてもいいかな?」

はるちゃんにお任せあれ!」

 大丈夫さ。ここに来る前に、あれだけ口をっぱくして言っていたんだ。

 ゆうさんだって、そこまで常識知らずじゃ……ないと信じよう。

「ようこそブライテストへ! これから、貴方あなたを素敵な場所へとごあんなぁ~い!」

「……はい。お願いします」

 どうか、ねんであってくれ。

 そう祈りながら、僕ははると共に芸能事務所ブライテストへと足を踏み入れた。



「こちらが、貴方あなたさまのデスクでございまぁ~す!」

「これは、また……」

 はるに案内される形で、ブライテストのビルに入り、エレベーターで二階へ。

 オフィスに入ると、やけに派手な装飾がされているデスクを発見。

 まるで、不器用な子供がやったクリスマスの飾りつけだ。……これから、ここで働けと?

「どう? かっこいいでしょ? 昨日、私達で頑張ったんだ!」

 私達……どうやら、犯人は複数人いるようだ。

「ふっふっふ! 待っていたわよ!」

 犯人の正体を考える間もなく、甲高い声が響く。……デスクの下から。

「よく来たわね! 私は……んにゃっ! い、いたい……」

 声の主は、元気にデスクの下から飛び出そうとして失敗。

 思い切り頭部をぶつけて、涙目で自分の頭をさすりながら、ヨロヨロとその姿を現した。

「わっ! ちゃん、大丈夫!? すごい音がしたけど……」

「うぅ……。かっこよく出たかったのに……」

 デスクの下から現れたのは、鋭い瞳を涙でにじませる少女。

 恐らく、この子もブライテストの所属タレントの一人だろう。

「え~っと、君は……」

「んにゃ! そうだった!」

 体をビクリと飛び上がらせ、慌ててこっちを見る少女。なんだか猫っぽい。

 小さな体を、これでもかといわんばかりにふんぞり返らせているな。

「聖なる舞を魅せることわりの王者! それが私、せい! 様よ! これから、たっぷりこき使ってあげるから感謝しなさい! なぜなら、私は様だから!」

 また一歩、嫌な予感が確信へと近づく足音が僕の頭の中に響く。

 こき使う、ですと?

ちゃん、よかったね! すっごい楽しみにしてたもんね!」

「《別にそんなことないわよ! このぐらい、様としては当然だもん!》」

 どうやら、楽しみにしてくれていたらしい。気持ちはうれし……いや、複雑だ。

「ふふん! あんたもうれしいわよね? 偉大なる様と一緒に仕事ができるんだもん! うれしくないわけないわよね? ……な、ないわよね!? 迷惑とか、思ってないわよね!?」

 後半にいくにつれて、必死さがあふしていて困る。

「まぁ、程々、かな? あはは……」

 頭の中でけたたましく鳴る警笛が、の無邪気な瞳から一歩下がることを選ばせた。

「程々にさくれつするくらいうれしいってわけね! あんた、見どころがあるじゃない!」

 空けた距離を容赦なく詰め、明るく合格通知。

 いやはや、たかが雑用社員が一人増える程度で、わざわざ所属タレントの女の子が二人も歓迎してくれるなんて、随分とアットホームな事務所なんだな。

「どうも、ありがとね……」

「なによ、辛気臭い顔ね! 大丈夫よ! 《私がいれば、何も問題はないわ!》」

 きらびやかな光を帯びたの笑顔に、僕は思わず目を細めてしまう。

「その、ここまで案内してくれて助かったよ。あと、この豪華な歓迎も……」

「やった! 喜んでくれたよ、ちゃん! 作戦大成功だねっ!」

「ふふーん! 当然でしょ、はる! この様に、抜かりはないわ!」

 元気に二人でハイタッチ。さて、そろそろゆうさんに挨拶でも……

「ちょっと! まだ全員紹介してないんだから、どっか行こうとしないでよね!」

 逃亡失敗。僕の右手を、が容赦なくつかんだ。……全員、だって?

「いや、まずはゆうさんのいる社長室に……」

「その前に、もう一人会わなきゃだよ! 君のお世話になるのは、私達だけじゃないもん!」

 さらに左手をはるが確保。嫌な予感、さらに増大。……お世話になる、とは?

「それじゃあ、レッツゴー!」「ふふーん! 伝説の始まりね!」

「うわっ!」

 意気揚々と僕の手を引っ張り、駆け出すはる

 唯一のか細い命綱は、まだ彼女達からを言われていないということだけ。

 いや、待ってくれ。本当に待ってくれよ……。