シャインポスト ねえ知ってた? 私を絶対アイドルにするための、ごく普通で当たり前な、とびっきりの魔法

第一章 日生直輝と青天国春と《輝く少女達》(2)

きよう、待たせたわね! つれてきたわよ!」

、部屋に入る前には、まずノックをして下さい」

 激しい音を立てて開かれたドア。長方形の机が二つくっつけられて配置されている会議室には、一人の少女が座っていた。机の上には、折り畳み式の鏡。念入りに髪型をチェックしていたが、そんなことはまるでなかったかのような冷静な態度で鏡を折りたたんでいる。

「あ~。きようちゃん、ずるい! 自分だけ、おしゃれしてる!」

「身だしなみを整えていただけですよ。……ところで、その方が?」

 丸みを帯びた瞳に、まだ幼さを宿すわいらしい顔立ち。

 元気なはると違い、落ち着いた様子が目立つ女の子だ。

「そうよ! この人が……えっと……名前、なんだっけ?」

 そういえば、に僕の名前を伝えていなかったな。

 ひたすらに、なる雑用として雇われる身なので、する必要があるかはさておき。

日生ひなせなおです」

日生ひなせなおよ!」

 もう聞こえていると思うよ。

たまきようです。以後、お見知りおきを」

 立ち上がって丁寧なお辞儀を一つ。まだ子供なのに、しっかりしてるな。

「《では手始めに、非常に怪しい人なので、ブライテストを去っていただきましょうか》」

「さすがに急すぎない!?」

「テッテレー。お茶目なジョーク、大成功です」

 淡泊な表情のまま、Vサイン。どうやら、冗談だったらしい。

 本気じゃないのは分かったけど、それでも驚いた。

「随分と刺激的なジョークだね……」

「爆笑必至だと思ったのですが、難しいですね」

「また、分かりにくいジョークを……」

「あ~、あははは……。わ、私は嫌いじゃないよ!」

 とがったギャグセンスに、はるは困り顔……って、何をのんなことを考えているんだ。

 まずい、これは絶対にまずい……。

「じゃあ、いよいよ顔合わせのスタートだね! 私達はこっち! 君は、そっちに座って!」

 はるが僕の手を解放し、きようの両隣へそれぞれ着席をする。

「…………」

「どうしたの? ほら! 早く早く!」

「その前に、一つ聞かせてもらってもいいかな?」

 着席を促されるもその指示には従わず、いつでも会議室から出られるよう、ドアの近くに待機したまま、彼女達へと問いかけた。これ以上、見て見ぬふりをすることはできない。

「君達は、僕のことを何て聞いている? 

 僕から発せられた威圧感が原因か、会議室にひりついた空気が流れる。

「えーっと、ゆうさんの従弟で、今日からここで働く人……だよね?」

「そうよ! ゆうさんから頼れるやつって聞いてたから、すっごく楽しみにしてたんだから!」

「私も、お会いできるのを非常に楽しみにしていました。ゆうさんがあんな自慢げに誰かのことを話すことなんて、滅多にありませんので」

 三者三様の返答。だけど、そこに僕が一番知りたい情報はない。

 僕は、ゆうさんに対して、口をっぱくしてと伝えていた。

 やるのは、事務作業や雑用だけ。そんな社員が、わざわざ事務所の所属タレント三人とだけ顔合わせをするか? 答えはNOだ。

「まず確認させてもらうけど、君達はアイドルだね? 個々じゃなくて、グループの」

「うん! 私達は、『TiNgS』っていうアイドルグループだよ!」

 ブライテストは、アイドルをプロデュースする芸能事務所。

 まだ新鋭なので力はそこまで強くないが、何組か人気アイドルグループは所属しているし、所属アイドル専用のライブハウス……専用劇場やレッスン場もある優良な芸能事務所だ。

 そして、彼女達は三人で『TiNgS』というグループを結成しているらしい。

 聞いたことのないグループだから、恐らくまだ駆け出しなのだろう。

「ふふん! 『TiNgS』は超絶有望なグループよ! 《なんせ、この様がいるんだからね! この私がいる! それつまり、宇宙一のアイドルグループ間違いなし!》」

 の言葉に、隣に座るはるきようが笑顔でうなずく。

 まず一つ、彼女達を警戒する理由ができた。

「なら、次の質問をさせてほしい。僕は、君達にとってどんな存在だい?」

 どうか、間違っていてくれ。僕と彼女達……『TiNgS』は、あくまで同じ事務所にいるだけの関係だ。か細い命綱を握りしめ、懸命に上へ上へと逃れようとする。

「え~? 何を当たり前のことを言ってるの?」

 どこか困った笑顔で、言葉を発するはる

 あと少し、あと少しだ。あとは、彼女達から、『ただの雑用』という言葉さえ──


「「「マネージャー」」」


 プツ、とか細い命綱が切れる音が、頭の中に響いた。

 ここだけは、僕の頼んだことを破ってほしかったな……。

「だから、私が迎えに行ったんだよぉ! ゆうさんに言われたのもあったけど、誰よりも最初に私達のことを知ってほしかったからさ! これから、一緒に頑張ろうねっ!」

 わいらしいガッツポーズをとりながら、笑顔を向けるはる

「やっと私達にも専属マネージャーがつくって聞いて、楽しみにしてたの! だから、その……仲良くなれたらって……」

 最初は強気に、徐々に弱気な言葉になっていく

「ブライテストでは、専属マネージャーがいないと、専用劇場以外での活動を許可してもらえません。貴方あなたが来てくれたおかげで、ようやく私達は次のステップに進めるのです。……なので、今日という日を心待ちにしていました」

 淡泊な表情の中に、どこか浮ついた気持ちを見せるきよう

 芸能事務所は、万年人手不足。だから、マネージャーもアイドルグループ一つにつくのではなく、複数グループを掛け持ちするなんてことはよくある話だ。

 だからこそ、専属マネージャーは一つの称号。

 事務所にとって、そのアイドルグループが重要な存在であるというあかしだ。

「そう、なんだね……」

 今すぐにでも逃げ出したい気持ちをどうにかこらえ、彼女達の正面へと着席する。

「マネージャー君! 私、早くメジャーデビューしたい! キラキラの曲をいっぱい出して、キラキラのライブをたっくさんやって、世界中をキラキラにしたいの!」

「私は東京ドーム! あそここそ、様の偉大さを伝えるに相応ふさわしい最高の会場よ!」

はるも、慌てすぎですよ。その前にやるべきことが、私達にはあるではないですか」

 な瞳に希望を映し、夢を語る少女達。

 今日という日は彼女達にとって、特別な一歩を踏み出せる記念すべき日だったのだろう。

 勘弁、してくれよ……。