シャインポスト ねえ知ってた? 私を絶対アイドルにするための、ごく普通で当たり前な、とびっきりの魔法

第一章 日生直輝と青天国春と《輝く少女達》(3)

「正直に……、伝えさせてもらうよ……」

 アイドルとマネージャーにおいて、最も大切なのは信頼。

 だからこそ、彼女達とは良好な関係を築いていくべきなのだけど……

「僕は、前にいた芸能事務所を解雇されて、ここにやってきた人間なんだ」

 真逆の方法を、僕は選んだ。

「え? それがどうかしたの?」

 まさかの効果なし。ピンと来ていないのか、はるはキョトンと小首をかしげている。

 僕が前の事務所を解雇されてやってきたことを知ったら、マネージャーなんてお断りと、彼女達から拒絶されるかと期待して伝えてみたのだけど、まるで意味はなかった。

「大丈夫! 前の事務所で何かあったなんて、よくある話だよ! 問題な~し!」

「私達、ここからが一番大事な時期だし、みんなで頑張ればいいじゃない!」

「大切なのは過去ではなく、未来ですよ。どうか気になさらないで下さい」

 誰一人として、前向きな態度を崩す気配はない。

「あの、さ……」

「うん! なにかな?」

 だったら、ハッキリと言うしかない、か。

「ごめん。僕は、君達のマネージャーになるつもりはないんだ」

「「「…………」」」

 三人そろって、笑顔のまま固まった。

「えぇぇぇぇぇ!!」「なんでぇぇぇ!?」「どういうことですか!?」

 沈黙のちに絶叫。会議室の外にまで聞こえそうな声が響く。

 別に彼女達が悪いわけではない。問題は、僕にある。

 だけど、それでも言わなくてはいけない。うそをつかないという自分のルールを守るために。

「僕は事務作業や雑用をやるって聞いて、ここに就職したんだ。なのに、来たらいきなり君達のマネージャーだなんて……さすがに、困るよ」

 言葉を選んで『困る』という表現を使ったが、実際の感情は『最悪』。

 僕は以前まで、別の芸能事務所でとあるアイドルのマネージャーを務めていた。

 そして、その芸能事務所で行われていたのは、れつなマネージャー同士の争い。

『互いを敬愛し、互いを警戒せよ』

 そんな矛盾をはらんだ社訓。

 でも、僕はそんな社訓が好きで、がむしゃらに走り続けた。誰にも負けない、自分がマネージメントしているアイドルをトップにする。だけど、相手へのリスペクトは絶対に持つ。

 そうすれば、お互いに高みへと昇れると思ったから。

 でも、それは間違いだった。

 行き過ぎた情熱は、他者を焼き払ってしまう。僕は、やりすぎてしまった。

 スケジュール管理、営業活動、現場同行……マネージャーとしての業務だけにとどまらず、自分ができると思った、ありとあらゆる業務に僕は携わった。

 ──そこまでやらなくてもいいんじゃないか? マネージャーのはんちゆうじゃないだろ?

 耳にタコができるくらい言われた同僚からの言葉に、いつも「お互い、もっと上を目指しましょうよ」と答えていた。

 同じ社内のマネージャー、最も身近なライバルであると同時に、最も大切な仲間。

 だけど、互いの健闘をたたえながら競っていたはずの仲間達の笑顔は、いつしか見ることはなくなり、僕に向けられていたのはどこか諦観を宿した悲しい笑顔。

 僕は、大切な仲間達を壊してしまった。

 それでも、僕は走るのをやめなかった。たとえ、一人になっても僕はマネージャーだ。

 目指すべき頂に辿たどくまで止まるわけにはいかない。

 それに、こんな僕を信じてくれるアイドルがいる。信じてくれる社長がいる。

 だから……

 ──すまない。私はこの事務所を、みんなを守らなくてはいけない。このままだと、君もみんなも壊れてしまう。だから……、去ってもらえないか?

 僕の心は、折れた。

 社長の言葉が、恐怖からきた言葉か、優しさからきた言葉か、今となっては分からない。

 一つだけ確かなことは、社長は調和を守るために、僕を解雇にしたということ。

 だから、決めたんだ。もうマネージャーはやらない。

 調和を乱して、沢山の人を傷つけてしまうかもしれないから。

「期待に応えられなくて、ごめん。でも、僕はマネージャーをやるつもりはないんだ」

 手の平に爪が食い込み、鈍い痛みが走る。もう嫌なんだ、誰かを傷つけるのは……。

「じゃあ、私達はどうなっちゃうの!? やっと、劇場以外でも活動が……」

 瞳に涙をにじませて、はるが僕を見つめる。……本当に、ごめん。

「一度、ゆうさんと話してみるよ。それで、僕以外の人をつけてもらうように頼んで──」

「やだ! 君がいい!」

 はるが叫ぶ。

「やってよ、私達のマネージャー! 君がいい! ううん! 君じゃなきゃ、やなの!」

 どうしてだ? まだ出会って間もない僕に、どうしてそんなまなしを向けられる?

 僕は、前の事務所を解雇されてきた人間だぞ? そんな僕にどうして……。

「私もあんたがいい! だって、ゆうさん言ってたもん! すごく頼れるやつだって!」

 優希さん社長、勘弁してくれよ……。

「私も、日生ひなせさんがいいです! その……、私はまだ力不足ですが、『TINGS』は素晴らしいグループなんです! ですから、どうかマネージャーを……お願いします!」

 これまでの冷静な態度からは想像もつかない、熱いおもいを伝えるきよう

 誰よりも先に立ち上がり深々と頭を下げると、残りの二人もそれに続いた。

「……確かに、僕の事情だけで拒否するのは問題があるね……」

 僅かな希望が見えたからか、三人の表情が少しだけ明るくなった。

「なら、教えてくれないか? ……君達は、どんなアイドルになりたい? どんな夢を持っているんだい? もう一度言うけど……?」

 そう尋ねると、三人の少女は引き締まった表情を僕に向けて、


「《みんなから尊敬されるスーパーアイドル! 様すごいって、みんなからいっぱいいっぱい褒めてもらいたい!》」

 大きく胸を張って、きらびやかな言葉を放つせい


「《自分が誰かにとって特別な存在でなくても、グループとして特別な存在になれればいいです。『TINGS』の一部として、成長していきたいです》」

 ぐな瞳を輝かせ、たまきようがそう宣言する。


「あっ! ちゃん、きようちゃん、先に言うなんてずるいよ!」

 もはや、そういう問題でもないんだけどね。

「えっと、私はね──」

「いや、もういいよ」

「……え?」

 はるの言葉を最後まで聞くよりも先に、僕はそう言った。

 まさか、ここまで追い詰められて、こんなことが言えるなんてね……。

「君達は、輝いているな……。本当に、輝いているよ」

 僕の言葉の意味が分からなかったようで、三人そろって首をかしげている。

 言ったよね? 『絶対にうそをつくな』って。……

「やっぱり、僕が君達のマネージャーをやる理由は、今のところ見当たらないね」

 静かに立ち上がり、会議室の出口を目指す。

 これ以上、彼女達と話していてもらちが明かない。

ゆうさんと話してくる」

「待って下さい! なぜ、そこまでかたくなに拒否をするのですか!?」

「そ、そうよ! ……うにゅ。その……。突然やることになって、困ってるかもしれないけど……そんなに嫌がらなくても……」

「ちょっと待ってよ! まだ私の夢が──」

「理由なら、あるよ」

 はるの言葉を遮り、淡々とそう告げた。

 仕方がない。少しだけ教えてあげよう。……僕だけが持つ、特別な力を。


「そうやってうそをつき続けている限り、君達の本当の夢がかなうことは永遠にないからだ」


 僕は、うそをついている人間が《輝いて見える》を持っている。

 だから、君達の《うそ》は全部お見通しなんだ。