シャインポスト ねえ知ってた? 私を絶対アイドルにするための、ごく普通で当たり前な、とびっきりの魔法

第二章 《TiNgS》の壁(1)

 会議室をあとにして、近くにいた社員さんへ声をかける。

 どうやら僕は随分と恐ろしい形相をしていたようで、声をかけられた社員さんは顔をこわらせながら、質問に答えてくれた。

 言葉で感謝を、心で謝罪を告げて、階段を上る。

 オフィスのあった二階から四階へ。そこが、僕の目的地……社長室だ。

「どういうことか、説明してもらえるよね?」

 乱暴にドアを開くと同時に、そこにいる人物へ、いの一番にそう伝えた。

「おっと! 久方ぶりのナー坊との再会はクレームから始まりか! 悪くないね!」

 豪勢な椅子を軽快に回転させ、僕の鋭い視線を平然と受け流すのは、日生ひなせゆう

 二四歳という若さで、芸能事務所ブライテストの社長を務める、血縁上は僕の従姉にあたる人物。電話では何度か話していたけど、こうして直接会うのは一年ぶりだ。

 なつかしさに浸っている余裕なんて、あるわけないけど。

「言ったよね? 『マネージャーだけは絶対にやらない』って」

「言っていたね! だからこそ、《心を痛めながらナー坊をだますことを決意したよ!》」

 ゆうさんの体が輝く。僕の《》のことを知っているくせに、平然とこういうことを言ってくるのが、この人の厄介なところの一つだ。

「電話でしか話さなかったのは、こういう意図があったわけか……」

 僕は相手を直接見なければ、相手がうそをついているかどうか見分けることができない。

 この《》のことを知っているからこその行動だ。

「はっはっは! ナー坊、君の弱点は私を信じすぎていることだと、以前から言っていただろう? つまり、今回の件は君の身から出たさびとも言えるのではないかな?」

 後悔先に立たずとは、まさにこのこと。もっとゆうさんを警戒すべきだった。

「僕が解雇を言い渡された時、すぐに電話をしてきたのは、こういう理由だったわけ?」

「純粋に心配していたからだよ。私にとって、ナー坊はとても大切な人だからね」

「…………っ」

 僕が自分の《》が嫌になる、一番の瞬間だ。相手の言葉の真偽が分かってしまうからこそ、善意を見せられた瞬間に、それまでの行動をとがめられなくなってしまう。

 本当に、心配してくれていたのかよ……。

「……その結果ついてきたオプションが、いい迷惑にも程があるんだけど?」

「ナー坊の未来、彼女達の未来、双方にとってベストな選択をしたつもりだよ」

 だとしても、もう少し方法を選んでほしいものだ。

「ところで、ここに来るまでに彼女達とどんな話をしたのだい?」

うそをついたことを指摘して、さっさと逃げてきた」

「ははは!! さすがナー坊だ! 私の期待を裏切らないねっ!」

 バンバンと、立派なテーブルをたたきながら大笑いするゆうさん。

 こっちの気持ちを知った上でこの態度なんだから、本当につかみどころのない人だ。

「相変わらず、君の『ぶっとびキラキラアイ』は絶好調というわけだ!」

「……その呼び方、どうにかならない?」

「なぜだい? かっこいいじゃないか!」

 ゆうさんのネーミングセンスは、たまに変な時がある。

 この人には、子供の頃にこの《》で苦労していたのを助けてもらった恩があるのだけど、

「マネージャーはやらないからね」

 今回の件を看過するかどうかは、別問題だ。

「まずは、私の話を聞いてから考えるというのはどうかな?」

「絶対に何かたくらんでいるから、聞きたくない」

「つまり、話を聞いたら、やる気になってしまう可能性があると?」

 意地の悪い笑顔でこっちを見てきたので、どこか居心地が悪くなって目をらす。

「ナー坊、君は滅多なことではうそを口にしない。……だが、自分自身を偽り続けているのではないかな?」

「どういう意味?」

「君は、私が誘った時から今に至るまで、ずっとマネージャーをやらないと言っている。だが、一度も言っていないのだよ。……とはね」

「…………」

「どうだい? せめて、話ぐらいは聞いてもらえないかな?」

「はぁ……。分かったよ……」

 本当に、僕はこの人の手の平の上で転がされてばかりだ。

「だけど、聞くだけだから。……それと、これで借りを一つ返させてもらうよ」

「いいだろう! つまり、ナー坊への貸しは残り九八だ!」

 いったい、僕がゆうさんに借りを全部返せるのはいつになることやら……。

「では、ナー坊の決意が固まったところで、『TiNgS』について説明しようか!」

 固まってない。あくまで、話を聞くだけだ。

「『TiNgS』は、去年結成されたグループだ。メンバーは、青天国なばためはるせいたまきよう。みんな、個性的でわいい子達だっただろう?」

「別にふつ……っと、うん。わいかったよ」

 危ない、をついて痛い目を見るところだった。

「ふふっ。そうだね、君はうそを言わないほうがいい」

 ゆうさんがクスリと笑う。

「そんなメンバーで構成されている『TiNgS』だが、グループとしては何とか体裁を保てる程度のパフォーマンスしか発揮できなくてね、話題性に欠けていていまいちパッとしない」

 だろうね。僕も今日まで存在を知らなかったくらいだし。

「一応、週に一度の定期ライブで三〇人程の観客は集められているが、そこが限界だ」

 定期ライブ……専用劇場を持つ事務所のアイドルが、ファンと触れ合うために一定期間ごとに必ず行うライブ。頻度はアイドルによって異なるけど、『TiNgS』の場合は週に一度か。

「ようやくスタートラインに立ったってところだと思うけど、どうして限界に?」

「メンバーそれぞれが、何らかの壁にぶつかっているようでね……。その壁を壊すことができれば、素晴らしいアイドルとして成長してくれると、私は見込んでいるよ!」

「その壁の正体は?」

「《これが、さっぱり分からない!》」

 知りたければ、自分で調べろってことね……。

「彼女達の経歴など、大まかな情報はこれで確認するといい」

 手渡されたのは、一冊のファイル。確認すると、そこには青天国なばためはるせいたまきようそれぞれの資料が入っていた。ファイルの大きさの割に、資料が少なくないか?

「それで、話はもう終わり?」

 数秒だけ開いたファイルを閉じて、僕はゆうさんへ確認をする。

 彼女達が何らかの壁にぶつかっていたとしても、そこに僕が踏み込むかは別の話だ。

「いや、まだ終わっていないよ」

 突然、スイッチが切り替わったように、ゆうさんが真剣な表情を浮かべた。

「なぁ、ナー坊。君は、今の時代のアイドルをどう思う?」

「は?」