シャインポスト ねえ知ってた? 私を絶対アイドルにするための、ごく普通で当たり前な、とびっきりの魔法

第二章 《TiNgS》の壁(3)

「では、今後の目標について伝えさせてもらうよ!」

 あっという間に元の調子に戻った。切り替えが早い。

「当面の目標は、二ヶ月後の六月中旬に行われるミニライブだね! 素晴らしい会場を押さえたから、そこで『TiNgS』の魅力を余すことなく伝えてほしい!」

「ブライテストって、専属マネージャーがいないアイドルは、専用劇場以外の活動は許可されてないんじゃないの?」

「やる気のみなぎっているナー坊が専属マネージャーになれば、問題ないだろう?」

 そういうことは、やる気がみなぎっている専属マネージャーに伝えて下さい。

 本当にこの人は、勝手に話を進めていく。

「もちろん、この話は『TiNgS』にも伝えてある。自分達が専用劇場以外でも活動ができると知って、大喜びをしていたよ」

 そういえば、はるがやけに壮大なことを言っている時に、きようが「その前にやることがある」って言ってたな。あれは、このミニライブのことだったわけか。

「…………」

「《何か気になることがあるのかな?》」

 こっちが何を考えているか分かっているくせに、わざわざ聞いてこないでほしい。

 まだ、僕は『TiNgS』のマネージャーを引き受ける決意は固まっていない。

 だけど、念のため……

「会場はどこ?」

「ああ、その話か!」

 ゆうさんの「その言葉を待っていた」と言わんばかりの笑顔は腹が立つけど、かといって聞かないでいるのはモヤモヤする。この人、たまにとんでもないことをやってくるからな。

 常識のはんちゆうに収まる会場だといいんだけど……

「サンシャインシティ噴水広場さ」

「お約束の場所って感じだね」

「そうだろう?」

 まずは、ひと安心。しっかりと、新人アイドルに相応ふさわしい会場を選んでくれたようだ。

『サンシャインシティ噴水広場』

 いけぶくろにある複合商業施設の中にあるステージ。

 地下一階から三階までの吹抜け構造のそこは、様々なアイドルやアーティストが、新曲のリリースイベントやミニライブを行う登龍門とも言える場所。キャパシティは、公式発表では二〇〇〇となっているが、それはあくまで安全面や周辺のテナントへの配慮をした数字。

 実際は、もっと大勢を集めることができる。

 といっても、そんな膨大な人数を集められるのは、かなりの認知度を誇るアーティストやアイドルのみに言えることで、大抵はそこまでの人数は集められない。

 噴水広場でライブをする目的は、実績作りやPR活動がメインだからね。

 あわよくば、ファン以外の沢山の人に観てもらえれば程度で──

「ちなみに、埋められなかった場合、『TiNgS』には解散してもらう予定だ」

「……はい?」

 はて? 今しがた、にわかにしんがたい言葉が聞こえてきたような気がしたのだが……

「おや? 聞こえなかったかな?」

 きっと僕は、疲れているのだろう。今日は色々と予想外のことが起こりすぎたからね。

 だから、『解散』なんていう妙な幻聴が……


「噴水広場を埋められなかった場合、『TiNgS』には解散してもらう」


「はぁぁぁぁぁ!?」

 この人は、いきなり何を言い出しているんだ!? ついさっき、『TiNgS』がどれだけ自分にとって大切なグループかを説明したばかりじゃないか! なのに、解散だって!?

 いったい、どういう思考回路になったら、その結論に至るというんだ!?

「やはり、偉大なグループには伝説がつきものだからね! 『解散』という絶体絶命の危機の中、無名のアイドルが噴水広場を埋め尽くす! 何ともドラマチックじゃないか!」

「その前に、現実を見てよ!」

 落ち着け! 噴水広場を埋めると言っても、定義は様々だ!

 もしかしたら……

「ちなみに、埋めるっていうのはステージ前の席二〇〇人のことを言ってたり……」

「それは椅子席のキャパシティで、立ち見を含めていないね」

「なら、地下一階の椅子席二〇〇に加えて、立ち見の……えっと、六〇〇くらいを……」

「噴水広場の売りの一つは、地下一階から三階までの吹抜け構造だろう?」

「つまり、それって……」

「はっはっは! ナー坊、そんなにおびえなくてもいい! 私も悪魔ではないからね!」

 そうだろうか? 心なしか、頭から二本のどす黒い角が生えている気がするのだけど……。

「つい今しがた、君の言った通りだ。夢をかなえるためには、まずは現実を見ないといけない。……公式の最大キャパシティを満たしてくれる程度で問題ないよ」

 なるほど。確かに悪魔ではないな。もはや大魔王だ。

「問題しかない……」

 噴水広場の公式最大キャパシティ……つまり、約二〇〇〇人。

 定期ライブで三〇人程度しか集められない新人アイドルが、二ヶ月後に二〇〇〇人?

 冗談にしても、まったく笑えない。

「ハイリスクハイリターンさ。危険を冒すからこそ、得るものも大きい」

 ゆうさんの言わんとしていることは分かる。もしも、万が一……万が一にも、噴水広場のライブで二〇〇〇人を集めることができたら、彼女達は様々な恩恵を得ることができる。

 噴水広場に二〇〇〇人を集めたという明確な実績。さらに認知度や多くのファン。

 そして、それをやり遂げたという自分達への自信。

『TiNgS』は、無名新人アイドルから新鋭アイドルとして、業界に認識されるだろう。

「だとしても、『解散』なんてペナルティは、必要ないでしょ!」

「残念ながら、私は慈善活動家ではなく経営者だからね。たとえ、夢を抱いていようと、いつまでも結果を出せないアイドルに活動を許すほど優しくはいられないな」

「そうかもしれないけど……っ!」

 噴水広場を埋めることができるのは、それこそ一握りのトップアイドルだけだ。

 駆け出しの新人アイドルには、とてもじゃないけど……

「大丈夫だよ、ナー坊」

「え?」

「確かに、今の『TiNgS』に噴水広場は厳しすぎる会場だ。だが、もしも彼女達がぶつかっているそれぞれの壁を突破することができれば、……決して不可能な会場ではない」

 一切の輝きを発することなく、ゆうさんがそう宣言した。

「何より、『TiNgS』には、あの日生ひなせなおがいるのだからね」