シャインポスト ねえ知ってた? 私を絶対アイドルにするための、ごく普通で当たり前な、とびっきりの魔法

第二章 《TiNgS》の壁(4)

   ☆


 陰鬱な気持ちのまま社長室をあとにし、僕は階段を下りて三階へと向かう。そこにある一室……レッスン場へと入ると、目に入ったのは三人の少女が懸命にレッスンに励む姿。

 先程までは三つ編み眼鏡という格好だったが、今は眼鏡を外し髪も解いている、明るい少女……青天国なばためはる。プライベートとアイドルとしての時間を切り分けているのだろう。

 勝ち気で鋭い目つきの、まるでノラ猫のような少女……せい

 穏やかで、落ち着いた雰囲気をまとった少女……たまきよう

 それぞれが着ているのは、色違いのレッスン着。

 どうやらブライテストでは、グループごとにレッスン着が支給されるようだ。

「……あっ!」

 最初に、僕の存在に気がついたのは青天国なばためはる。少し驚いた表情をした後、すぐさまレッスンを中断して、僕のほうへと向かってきている。

 懸命でぐな瞳。自分にはそんな瞳は相応ふさわしくないと思い、目をらしてしまう。

 僕は、いったいどうすればいいのだろう?

 彼女達は、ゆうさんから大きな期待を寄せられたアイドルだ。

 そして、その期待に比例する難題も背負っている。

 もし僕が彼女達のマネージャーを引き受けてしまったら、それはつまり彼女達の未来を僕が背負うということにもなる。

 ……本当に、僕でいいのか?

 他人を傷つけておきながら自らが傷つくことを恐れて逃げ出した僕が、全ての未来を放棄してここにいる僕が、彼女達の未来を──


「シャインポスト!」


「……え?」

 その瞬間、頭の中を渦巻いていた悩みは吹き飛び、目の前に立つ満面の笑みを浮かべた少女に、全ての集中力を持っていかれた。

「これが、私のキッラキラの夢だよ!」

はる! 今はそれを言う場面では……」

「そうよ! さっき、もう一度ちゃんとお願いしようって……」

 遅れて追いついてきたきようが、慌てた口調でそう告げる。

「そうだったけど、予定変更! きようちゃんとちゃんだけ夢を聞いてもらって、私の夢は聞いてもらえてなかったんだもん! そんなの不公平だよ!」

 そうだったな……。僕が会議室で聞いたのは、きようの偽りの夢だけ。

 はるの夢に関しては、どうせ彼女もうそをつくだろうと高をくくって聞こうともしなかった。

 全てにおいて、予想外の展開だ。

 はるうそをつかなかったことも、彼女が抱いていた夢も……。

「シャインポスト……。それは……」

「輝く道標だよ!」

 知っている。僕は、その言葉の意味を知っているんだ……。

 だからこそ、より一層大きな混乱を生む。

 どうしてだ? どうして君は、んだ?

「私ね、世界中のみんなにアイドルを好きになってほしいの! アイドルのことをいっぱいいっぱい知ってほしいの! だから、シャインポストになりたい! ううん、絶対になる!」

 いったい、どうしてこの子が? まだメジャーデビューすらしていない、三〇人程度しか集められないアイドルが、この夢を目指しているんだ?

「私、この夢を絶対にかなえたい! ちゃんときようちゃん、『TINGS』のみんな……それに、マネージャー君と一緒に! だから、お願い! 私達のマネージャーになって!」

 ぐなまなしで僕を見つめ、はるが強く訴える。

「うにゅ……。私も、マネージャーがマネージャーがいい。頑張るから……お願い……」

 親指と人差し指で僕の服を小さくつまみ、ジッと見つめてくる。控えめな行動とは正反対の、何が何でも僕にマネージャーをやってほしいという意志が強くこもった瞳をしている。

「至らぬ点は改善します。ですから、お願いです。私達のマネージャーをやって下さい!」

 礼儀正しく、頭を下げるきよう

 僅かに震える体。その姿から、自然と彼女の誠実さが伝わってくる。

 僕は、自分の未来の全てを放棄した人間だ。

 大切な人を見捨てて逃げ出して、そのまま消えていこうとしていた人間だ。

 そんな僕に、彼女達のような未来明るいアイドルのマネージャーなんて務まらない。

 そう考えていたのに、

「……一〇〇から始めようか」

 まるで決まりきっていたかのように、僕はその言葉を彼女達へと伝えていた。

「一〇〇? どういう、こと?」

「専用劇場の定員一〇〇人。まずはそこを埋めよう。君達と……僕で」

「それって……それって、だよね!?」

 ぐな気持ちをぶつけてくれた彼女達に、僕もぐに彼女達を見つめる。

 僕は、大きな失敗をした人間だ。

 沢山の人を傷つけて、何もかもを諦めて、ここに逃げてきた人間だ。

 だけど、

「今日から、君達のになる日生ひなせなおだ。よろしくね」

 もう一度だけ、やってみようじゃないか。

「ほ、ほんと?」

「うん。本当だよ、

「~~~~っ!! やったぁぁぁぁぁ!! マネージャー! 専属マネージャーだぁぁぁぁぁ!!」

 まずはが、飛び跳ねるように喜んだ。

「よかったぁぁぁぁぁ!! もう、気が気じゃなかったんだからね! あ~、これでひと安心! 次の目標に全速前進だね!」

 続いてはる。元気よく、握りこぶしを天井に掲げている。

「ふふーん! 甘いわよ、はる! 次の目標どころか、次の次の次の目標まで進んだといっても過言ではないわ! なぜなら、私は様だから! やった! やったぁぁぁぁぁ!!」

 はるが、仲良く手を合わせながら奇妙なダンスを踊り始めた。

 うん。喜んでくれるのは、僕としてもうれしいんだけどさ……。

「待って下さい、二人とも。……その、引き受けていただけるのはありがたいのですが、というのはどういうことでしょう?」

 よくぞ言ってくれた、きよう。君は、二人と違って冷静だね。

「「言われてみればっ!!」」

 今、気づいたんかい。

「ちょっと、臨時ってどういうことよ!」

 が思い切り八重歯を見せて、僕をにらみつけてくる。

 ついさっきまでの、けなだった姿は、どこにいってしまったんだろう?

「まずは一週間だけ、君達のマネージャーになるってこと」

「はぁぁぁ!? なにけち臭いこと言ってんのよ! せめて、一〇〇年にしなさい!」

 寿命が、臨時で尽きます。

、ということは、その後正式な専属マネージャーに就いてもらえる可能性もあると思っても構わないのですね?」

「その通りだよ」

 もちろん、何の考えもなしに臨時なんて言い出したわけじゃない。

「お互いに見極める期間を、設けるべきだと思ったんだ」

「お互いに、ですか?」

「うん。僕は、まだ君達がどれだけの可能性を秘めているか知らない。君達も僕がどれだけのことができるか分からないでしょ? だから、まずはお互いに自分のできることを見せて、先のことは、それから考えるのがいいと思ったんだ」

 この臨時期間で見極められるべきは、彼女達じゃない。……僕だ。

 なにせ、僕は「マネージャーなんてやらない」と言った男だ。

 そんな男が、今さら正式に専属マネージャーになるなんて、虫が良すぎる。

 だからこそ、実力を示す。結果を出す。それで、彼女達が受け入れてくれるのなら……

「分かりました。では、私達のほうでも貴方あなたのことをしっかりと見極めさせていただきます。確かに、マネージャーは必要ですが、《貴方あなたは、少々破廉恥な方のような気がしますし》」

「なんでそんなイメージが……って……」

「テッテレー。お茶目なジョーク、大成功です。……ふふっ。これからよろしくお願いしますね、マネージャーさん」

 この《》のおかげで冗談って分かるけどさ、とつに言われたら心臓に悪いよ。

「よぉ~し! 次の目標は、マネージャー君に専属マネージャーになってもらうことだね! 絶対、やらせてみせちゃうぞ! はるちゃんにお任せあれ!」

「見てなさいよ、マネージャー! この様の偉大なる力を見せつけて、そっちからやらせてくれってお願いさせてやるんだから! なぜなら、私は様だから!」

「そうさせてもらえたら、僕もうれしいかな」

 君達は、少しくらい僕を疑ったらどうなんだ? なんで、そこまで信じられる?

 あまり善意を見せないでくれよ……。