わたし、二番目の彼女でいいから。2

第8話 左手の行方③

「好意の返報性って、あれホントだね」


 早坂さんは甘えた声でいう。


「私、桐島くんに優しくされて、どんどん好きになってるもん。桐島くんは?」

「俺も早坂さんのこと、どんどん好きになってるよ」

「嬉しい」


 自分を好いてくれる人のことを好きになるのってすごく自然だ。

 相手が先に好きといってくれたら、こっちだって思う存分好きになれる。

 でも俺たちは──。


「大丈夫だよ、ちゃんとわかってるから」


 早坂さんはいう。


「でも難しいなあ。結局、今日も先輩と橘さん、桐島くんと私って感じの組み合わせになっちゃったし」

「あっちは婚約してるからな」

「先輩、橘さんを送っていくっていってたけど、ちがうよね」

「多分な」


 このあとふたりで食事でもするのだろう。そして先輩は橘さんを家まで送っていくにちがいない。この、どこかせつない秋の夜に、特別な雰囲気にならないとはいいきれない。


「橘さん、ちゃんと婚約者だったね」

「ああ。必ず先輩のとなりにいたな」

「意外と古風だよね。三歩さがってたし」

「そこまではみてなかった」

「桐島くん、今へこんだでしょ?」

「へこんでない」

「桐島くんは嫉妬して楽しむくせあるからなあ」


 早坂さんはおかしそうに笑う。


「これからどうしよっかな。先輩、私のこと妹っぽく扱うんだよね」

「まずは恋愛対象としてみてもらわないとな」


 先輩は俺が早坂さんに惚れていると思っていて、その恋をアシストしようとしている。今日、俺たちがセットで呼ばれたのも、今、早坂さんを送っているのも、そういう事情だ。


「先輩、桐島くんにすごく優しいよね」

「中学のときから仲いいからな」


 桐島は早坂ちゃんのことが好き。

 先輩がそう思っているうちは、絶対、先輩が早坂さんを好きになることはない。あの人はそういう人だ。でも、俺が一番好きなのは橘さんだと打ち明けることもできない。


「大好きな先輩の婚約者を好きになるなんて、桐島くんは大変だね」

「まあな」


 もし俺が橘さんと付き合ったりしたら、それは先輩への大変な裏切りだ。


「でも大丈夫だよ」


 早坂さんはいう。


「私が先輩を振り向かせればいいだけだもん。そうすれば婚約は解消になって、橘さんはフリーになる。そのあとだったら、遠慮することないでしょ?」

「そうだけど、そういう感じは早坂さんにわるいだろ」

「なんで? 私は先輩のことが一番好きだから、自然なことだよ」


 だからね、と早坂さんはいう。


「私が先輩を振り向かせるまで、桐島くんは待っててね」


 心なしか、俺の首に巻きつけられた早坂さんの腕に力がこもる。


「私ちゃんとやるからね。桐島くんの望むとおりにやるからね」

「ああ」

「だから、先輩を裏切ったりしないでね」

「もちろん」

「わるい人には、ならないでね」

「……わかった」


 そこからの早坂さんは甘えたモードだった。


「ちょっと下手だったけど、今日はいっぱいがんばったからい~の!」


 そういって、鼻をすんすんさせて首すじの匂いをかいできたり、後ろから目隠ししてきたりして、俺を困らせて遊びはじめる。イタズラな女の子だ。

 俺と早坂さんは二番目同士だけどちゃんとした恋人で、だからこういうスキンシップは当然だし、俺も楽しい。けれど──。


『わるい人にはならないでね』


 早坂さんはそういった。

 でも俺は今日、わるい人だった。

 映画を観ていたときのことだ。

 早坂さんはみんなの視線がスクリーンに集中していると思って、ひじ掛けの上に置かれた俺の右手を握ってきた。

 俺の反対側の手は、ひじ掛けの下にあった。

 なんとなくひじ掛けの下にあったわけじゃない。

 反対側のシートには橘さんがいた。

 あのとき──。


 俺の左手は、橘さんの少し冷たい手とつながっていたのだ。」

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