わたし、二番目の彼女でいいから。7

第18話 全力彼氏生活 ③

 みれば宮前がスマホをいじっている。そして顔をあげてきょろきょろするが、俺をみつけられず、またスマホをいじる。立てつづけにメッセージがポコンポコンと届く。


『ねえ、まだ?』

『なにかあった?』

『大丈夫?』

『もしかして、私とデートしたくなかった?』

『ごめん、ごめん』

『もうわがままいわないから〜』


 宮前は泣きそうな顔になっている。

 俺はテラス席に近づいていって、そんな宮前に声をかける。


「宮前〜」


 ぱっと顔を明るくする宮前。


「そういうとこだぞ〜」

「なんのことかようわからんばい」


 宮前はしれっとした顔でメッセージを消しはじめる。


「宮前、もっと自分に自信を持つんだ。もし、宮前をないがしろにする男がいたら、追いかけるんじゃなくて、ほうっておけ。そいつはよくないやつなんだから」

「なんか桐島が説教くさい」

「宮前がしっかりした女の子になるためなら俺は何度でもいっていくからな~!!」


 全力彼氏生活にあたって、俺は完全に無策というわけではない。

 彼女たちの気持ちを受け止めながらも、当然、この状況の解決を意識している。

 なかでも宮前の問題ははっきりとしていた。宮前がわかりやすいダメな女の子で、変な男に引っかかるのが全ての原因だ。

 宮前がしっかりした女の子になれば、きっと俺への依存もなくなる。

 だから宮前がダメ女の挙動をみせるたびに、ちくちくと指摘していた。宮前教育計画だ。

 そして教育しなければいけない場面がさっそく訪れた。


「ちょっと買い物したい」


 宮前がそういうので、駅ビルのなかのデパートに入っていったときのことだ。てっきり冬服でも選ぶのかなと思っていたら、紳士ものの売り場のある階で足を止める。

 ブランドものの財布やパスケースがならんでいるコーナーをみてまわり、やがて革のキーケースを手にとった。


「これかな」

「ん? 紳士もの使うのか?」

「桐島、キーケースほしいっていってたでしょ? 私が買ってあげるよ」

「おい~!!」


 俺は宮前の肩をつかんでゆさぶりながらいう。


「しっかりした女の子はむやみやたらに、男に物買って与えたりしないの!」

「でも~! でも~!」

「そういうのは自分で買わさないとダメ!」

「自分で買わす……あ、わかった!」


 宮前がひらめいた顔をする。


「桐島が寝てるときに財布にお金いれとけばいいんだ!」

「発想力すごいな!」


 俺は根気強く宮前に説明した。


「男に高いものプレゼントしちゃダメだから。それをしないで離れていく男は最初からろくでもないやつだし、高いプレゼント平気な顔で受け取るのもたいがいだから。わかった?」

「わかったばい」


 そして俺は自腹で宮前が選んだキーケースを買った。宮前はいいものを選ぶタイプなので、かなり痛い出費だった。


「じゃあ、どこいこっか」


 宮前がいうので、俺は事前に考えていたことを提案する。


「最近、つかれてないか?」

「え?」

「宮前は授業にちゃんとでるし、レポートも課題もしっかりやってバイトもしてる。肩とか首とか、凝ってるんじゃないのか?」

「うん、なんか――」


 宮前は少し考えるような仕草をしてからいう。


「凝ってるような気がしてきた!」

「だろ? ということで」


 俺が宮前を連れていったのは――。

 ヘッドスパ専門店だった。

 店に入った瞬間から、リラックスを促すアロマの香りがする。個室でヘッドスパとヘッドマッサージ、肩のほぐしもやってくれる店だ。


「桐島……私のことこんなに気づかってくれるんだ……」

「ああ。お互いホクホクにリフレッシュした状態でまた会おう」


 宮前が個室に案内されて入っていく。俺はそれを見届ける。そして自分は個室に入らず、きびすを返して店をでた。駐輪場までダッシュして自転車に飛び乗る。

 ここからが俺の戦いだった。

 

 

 宮前とデートしていた場所から少し離れたところにある駐輪場に自転車を停め、俺は待ち合わせ場所の駅の前に走っていく。

 橘さんが立っていた。ロングスカートにジャンパーを羽織ってポケットに手を突っ込んでいる。ガーリーだけど少しだけボーイッシュ。


「待った?」

「五分くらい」

「ごめん」

「いいよ」


 橘さんは俺の手をつかむと自分のポケットに入れた。そのまましれっとした顔で歩きだす。

 相変わらずクールだけれど、その落ち着きのなかに深い愛情があることが、ポケットのなかの握った手から伝わってくる。

 自転車をこいでいたときの興奮が落ち着いていく。

 冬の街を橘さんと歩く。それだけで俺はなにもいえなくなってしまう。あまりに自然なのだ。

 本当は、俺と橘さんはこうやって歩いているだけで、それだけでいいのだろう。


「今日は動物とふれあえるところにいこうと思うんだ」


 なんともなしに俺はいう。


「最近、動物園によくいくっていってただろ」


 橘さんは東京の芸大に通っているから、東京にいることが多い。こっちに用事があるときや、休みの日に京都にやってくる。そして東京にいるときはよく動物園にいっているという。

 でも橘さんはそのことにふれると、気まずそうに目をそらした。


「え、なに? 動物園いきまくってるっていってよな?」

「うん……まあ、とても頻繁にいってはいる」

「そのリアクション……まさか講義さぼるのにちょうどいい場所が動物園ってこと? 大学の近くにあるから?」

「私、動物好きだよ」


 あくまで動物が好きというスタンスをアピールするので、当初の予定どおり猫カフェにいった。橘さんとならんでソファー席に座る。店内ではたくさんの猫が放し飼いにされていて、気ままに過ごしていた。


「うん、わるくない」


 橘さんは猫をひざのうえにのせながらいった。猫に好かれるたちのようで、向こうからよってきた。そんな感じでコーヒーを飲む。

 時折、沈黙の時間があった。

 特になにかいう必要はなかった。俺と橘さんの関係においてはきっと多くの言葉を必要としない。でも、だからこそ、どこかで言葉にして相手に伝えなきゃいけない想いもある。

 そんなことを考えながら、カップのなかのコーヒーをみつめていた。

 ふと、顔をあげる。そして、俺は驚く。


「え、なにそれ」

「なんか、いっぱいよってくる」


 橘さんに店じゅうの猫がよってきていた。ひざのうえだけでなく足のまわりにもいるし、ソファーの背もたれから肩に額をこすりつけている猫もいる。


「俺のとこにはこないんだけど」

「一匹わたそうか?」


 橘さんがひざにのっていた猫を両手で持つ。胴体と足をだらんとさせて伸びる猫。しかし橘さんが俺に向かって差しだした瞬間、猫はしゃーっ! と荒ぶった。

 結局、猫たちは橘さんに大集合した。橘さんは頭のうえにも猫をのせることになった。


「これ……けっこういいかも……」


 毛玉たちにかこまれて恍惚とした表情の橘さん。これはチャンスかもしれない。


「橘さん、そのまま堪能していてくれ」


 猫で幸せトリップしている橘さんをその場に残し、俺は猫カフェをでて、走って駐輪場へ向かう。そして自転車に乗り、立ちこぎで到着したのは水族館の前だった。

 息を切らしながら顔をあげれば、キャメルのダッフルコートを着た、かわいらしい女の子が俺を待っていた。

 早坂さんだ。

 

 

 薄暗い空間、青く輝く水槽のなかを白いクラゲが漂っている。


「なんだか癒されるね」


 早坂さんはクラゲを眺めながらいう。


「ごめん、待たせてしまったよな」

「ううん、たった十五分だもん」


 早坂さんはにこにこ笑っている。


「桐島くんを待ってるあいだに男の人に声かけられて困ったり、水族館に何組ものカップルが入ってくのを見送って寂しい気持ちになったりとか、そんなこと全然ないから」


 早坂さんは水族館をとても楽しそうにまわる。


「水族館でよかったのか?」

「どうして?」

「早坂さんの住んでるところ、海あるだろ」

「海はあるけど、クラゲをこんなふうにみれるわけじゃないし」


 それにさ、と早坂さんはいう。


「結局、デートなんてどこでもいいんだよ」

「えぇ~」

「好きな人と同じ時間に同じ場所で、同じことをして過ごすのがいいんだから。ま、誰かさんは遅れてきたけどさ」

「面目ない……」

「いこ!」


 早坂さんが俺の服の袖をつまんで歩きだす。それから俺たちはエイをみて、オオサンショウウオをみて、寝ているアザラシをぼーっと眺めて、イルカショーではしっかり水をかけられた。

 土産物売り場では、早坂さんがイルカのぬいぐるみに熱い視線を送っていたから、俺はそれを買って渡した。


「えへへ、ありがと」


 早坂さんが笑ってくれて、俺も嬉しい。


「でもよかったの? 桐島くん貧乏学生でしょ?」

「最近は稼いでいる」

「バイト?」

「すっぽんだ」

「すっぽん?」

「すっぽんをつかまえて、大学構内で売りさばいている。桐島印のすっぽんエキスだ」

「…………」


 水族館をでたあと、早坂さんは薬局によりたいといった。化粧品を切らしているらしい。

 それで俺が薬局につれていってあげると、あれもいいな、これも試してみようかな、と化粧品売り場で真剣な顔で考えはじめる。女の子が化粧品を選ぶとき、めちゃくちゃ時間がかかることを俺は知っている。


「桐島くん、ごめん。ちょっと時間かかっちゃうかも」

「大丈夫だ、俺のことは気にしないでくれ」


 俺は薬局をでると、また走りだした。

 ヘッドスパの専門店に駆けこむと、ちょうと宮前がでてくるところだった。ロングコースにしておいてよかった。


「気持ちよかった~」


 ほくほくになった宮前が首をかしげながら俺をみる。


「あれ? 桐島、なんか逆につかれてない?」

「いや、そんなことはない……俺も、ほくほくだ!」


 ここからの俺は大車輪の活躍だった。

 宮前、橘さん、早坂さんの順に、隙をついてはローテーションでデートをつづけた。

 映画を観ているときにこっそり抜けだしたり、VR体験でゴーグルをつけて外すまでのあいだにいって戻ってきたり、背中をみせた隙に他のところへいったりといった感じだ。

 困ったのはお昼ご飯のときだ。


「オムライスの有名な洋食屋さんがあるんだよ~」


 宮前に連れていかれたのは大盛りオムライスの店だった。そこまではまだいい。

 そのあと橘さんの元に駆けつけると、橘さんは俺の口の端を指でなぞった。


「ソースついてる」

「あ、ああ」


 橘さんは目線を上にあげて、少し考えるような表情をしてからいう。


「お昼、焼き肉にしよっか」

「京都のおばんざいの店にいこうっていってなかった!? すっきりした和食が食べたいって」

「焼き肉いこう」


 ゆずらない橘さん。結局、俺は焼き肉を食べ、早坂さんの元へと走った。


「全然待ってないよ。三十分くらい」


 早坂さんはにこにこしながらそういったあとで、「うん?」と首をかしげ、次に俺の体に顔を近づけ、匂いをすんすんとかいだ。


「焼き肉って、匂い残るよね」

刊行シリーズ

わたし、二番目の彼女でいいから。7の書影
わたし、二番目の彼女でいいから。6の書影
わたし、二番目の彼女でいいから。5の書影
わたし、二番目の彼女でいいから。4の書影
わたし、二番目の彼女でいいから。3の書影
わたし、二番目の彼女でいいから。2の書影
わたし、二番目の彼女でいいから。の書影