わたし、二番目の彼女でいいから。7

第18話 全力彼氏生活 ⑤

 早坂さんは体を小さく震わせ、反射的にお腹の下を俺に押しつけてくる。早坂さんの体のやわらかい感触。


「桐島くん……」


 早坂さんが顔をあげる。

 頬に張りついた細い髪、どこか不安げな眉、涙をためたような瞳、くちびる。

 俺の胸の奥にある、十七歳のときの、この女の子が愛おしいという気持ちがとめどなくあふれてくる。

 どちらともなく顔が近づいていく。早坂さんの前髪が、俺の額にふれる。くちびるとくちびるが今にもかさなりそうなところで――。


「これ以上はやめとこ」


 そういって、早坂さんは俺の胸に顔をうずめた。

 今回の全力彼氏生活にあたって、スキンシップの制約は存在しない。俺たちはもう大学生で、その辺りは自由でいいんじゃない、という話になったのだ。

 だから、俺は宮前とも、橘さんとも、そういうことができる。でも――。


「桐島くん、ふたりとキスもしてないでしょ?」


 早坂さんがいって、俺は「ああ」とうなずく。


「宮前は俺と一緒にいるだけで満足しているみたいだ」


 おそろいのパジャマを着て、一緒に洗面台の前で歯を磨いているだけで、「幸せ~」と、にこにこして、へにゃ~っとなるのが宮前だった。

 橘さんは――。

 


『遠野さんにわるい』


 

 そう、いっていた。

 俺にちゃんとした彼女がいる。

 そこが、高校時代の共有関係との決定的なちがいだった。

 そして、なにより橘さんがいっていたのは――。

 


『こういうことしたいわけじゃない』


 

 二番目彼女三人による共有をしたいわけじゃない。それが橘さんの本心だった。じゃあ本当はなにがしたいかということについて、橘さんはその先を語らなかった。

 そのことを早坂さんにいうと、


「私も橘さんと同じ」


 と、早坂さんは俺の胸に顔をうずめたままいった。


「遠野さんのこと考えると、本当の気持ちなんていえない。桐島くんとキスできない」


 そのくせ、と早坂さんはいう。


「きっぱり桐島くんと会わないってこともできないんだ。卑怯だよね……」


 そこで早坂さんは黙りこみ、しばらくたって、「ごめん」といった。


「桐島くんが前に進もうとしたのはわかってるんだ。私が前に進まなくちゃいけないこともわかってるんだ」


 だからね、と早坂さんはつづける。

 


「もうちょっとだけこのままでいさせて。ちゃんと卒業するから。今度こそ、桐島くんを卒業するから」


 

 大学二回生の冬。

 解くすべもない惑ひのなかにいるのは俺だけではなかった。

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