わたし、二番目の彼女でいいから。9

第32話 ラスト桐島 ②

「私たちは、つづきをやるんだよ」


 だから――。

 早坂さんと橘さんが、声をそろえていう。


「桐島くん、私たちのいうことは?」


 俺はそれをきいて、「あ、そこからはじめるんですね」と理解する。

 よみがえる高校のときの記憶。

 高校二年生の秋、あのときのルールを思いだし、俺はもう、なんていうんだろう、観念したというか、あそこに時点に戻るんだったらこうするしかないという気持ちで、テンションあげあげでいう。

 早坂さんと橘さんのいうことは――。


「絶対!!」



 浮かれポンチとなったふたりと一緒に、開園前から入場ゲートの列にならび、開園と同時に走りだす。

ふたりは、アトラクションをまわる順番も事前に作戦を立てているようだった。

 俺も園内でポップコーンのバケツを買い、首からぶら下げてふたりのあとについていく。

 途中、橘さんが、マスコットの着ぐるみについていきそうになる。


「惑わされちゃダメ!」


 早坂さんが橘さんの手をひきながらいう。


「開園直後が一番スムーズなんだから。かわいいおしりはあとで追いかけよう!」


 俺は耳をつけてはしゃぐふたりをみながらつぶやく。

 なんか――。


「思ってたのとちがうな」


 たしかに高校のとき、橘さんと早坂さんのふたりが、俺を共有するという状態があった。

文化祭のあとのことだ。

ふたりのいうことは絶対というルールのもとに、今日は早坂さんの日、明日は橘さんの日と、俺はシェアされながら交互に彼女たちの彼氏をし、三人でデートをしたこともあった。

 だから、あの恋のつづきをやるとして、共有状態だったところをスタート地点として選び、三人でこういうところにくるというのは、わからないでもない。

 だけど――。


「乗るなら一番前がいいな。橘さんは?」

「私、写真撮られるピースする」


 ジェットコースターは一列につき乗れるのがふたりまでで、当たり前のように橘さんと早坂さんは最前列に乗りこんでいく。俺はその後ろの列にひとりで座る。

 ジェットコースターが走りだし、前のふたりが、わ~きゃ~、はしゃぐ。

 アトラクションが終わり、出口のところのモニターに、撮影された写真が映しだされる。

 橘さんと早坂さんはカメラ目線でダブルピースをしている。

 その後ろで真顔の俺。


「次は急流すべりいこ!」


 早坂さんがいって、橘さんがうなずく。

 急流すべりもツーシートで、ふたりがならび、俺はその後ろに座る。

 さっきとまったく同じように前の席でふたりがはしゃぎ、出口のモニターの写真には両手をバンザイした橘さんと早坂さんが映しだされ、その後ろで俺が幽霊のような顔をしている。


「え? これ、俺いる?」


 アトラクションをいくつか乗ったあと、ふたりは大きな地図を広げ、やいのやいのいいながら、移動をはじめる。


「あ、お城だ」


 橘さんがパーク内にある尖塔のお城を遠くにみつける。


「桐島くん、撮って、撮って!」


 早坂さんがスマホを渡してくるので、俺はお城を背景にしてふたりを撮影する。

 笑顔の早坂さんと、満足そうな顔の橘さん。


「俺、ちょっと役に立ったな」


 勢いのとまらないふたりは、次にグッズショップに向かって歩きだす。

 途中、ふたりが、俺が首からさげるキラキラなバケツに手をつっこんでポップコーンを食べる。三人とも、それぞれちがう味のポップコーンを首からさげているのだ。


「俺、また役に立った」


 グッズショップに入ると、橘さんが、犬のキャラクターの、巨大なぬいぐるみに抱きついていく。


「小さい頃、私はこういうのがほしかった。置き場所ないでしょ、って、お母さん買ってくれなかったけど」


 大人な橘さんは当然、そのぬいぐるみを買う。

 俺は巨大なぬいぐるみを背負う。


「宅急便で送ればよくない?」

「段ボールに詰めるなんて、そんなの、かわいそうじゃん」

「あ、うん。そうだな」


 まあ、いっか、と思う。

 なぜなら、ぬいぐるみを運ぶことによって、俺がここにいる意味が生まれるからだ。

 それから閉園まで、巨大なワンコのぬいぐるみを背負いつづけた。

 ふたりはパレードもみて、大満足という顔をしていた。

 でも、そこで終わりではなかった。

 ふたりはパーク内のホテルの部屋まで予約していたのだった。


「一回、フルコースで遊んでみたかったんだよね」


 早坂さんがそういって、ホテルのフロントまできたところで、スマホを操作する。オンラインでチェックインするのだ。


「桐島くんにも部屋を割りあてといたから、自分でルームキーをダウンロードしてね」

「え?」

「私と橘さんが同じ部屋で、桐島くんはとなりの部屋」


 どうやら、俺はひとりで泊まるらしい。


「そうだ」


 早坂さんが思いだしたようにいう。


「私と橘さん、部屋飲みする予定だから、桐島くんも参加していいからね」

「ありがとう」


 俺は胸をじんとさせながらいう。


「仲間に入れてくれて」


 それで俺はひとりファンシーな部屋へいき、シャワーを浴び、ひと息ついてから、橘さんと早坂さんのいる部屋へと向かった。

 なかに入ってみれば、彼女たちもシャワーを浴びたようで、パジャマ姿になっていた。そして、ベッドの上に今日買ったグッズを広げて盛りあがっている。


「かわいい~」

「私もタンブラー買えばよかった~」

「まだ明日があるよ」

「だよね! 欲しいもの、全部、買っちゃおうかな~」


 お酒も入っているようで、橘さんも早坂さんも顔を赤くしている。

 テーブルの上をみれば、ワインのボトル、日本酒の瓶、チューハイやビールの缶がたくさん並べられていた。

 ふたりの、絶対楽しんじゃうんだからね~、という気持ちが伝わってくる。


「俺も一杯もらっていいかな」


 そう声をかけるんだけど、ふたりはキャラもののパーカーを羽織って、ファッションショーをはじめている。


「橘さん、すごく似合ってるね!」

「うん。私はかわいい。絶対」

「撮ってあげる~」


 スマホで互いを撮りはじめるふたり。


「ありがとう、一杯もらうね」


 俺は一応、ふたりに声をかけて、テーブルの上からハイネケンの缶をひとつ手にとる。そして椅子に腰かけ、プルタブをあけて、飲みはじめる。

 橘さんと早坂さんは、パジャマパーティーのテンションではしゃぎながら、キャラクターのアメニティで喜んだり、明日のアトラクションの予定を立てたりしはじめる。

 ふたりはお酒を飲んで気持ちよくなっているようで、さらに、ぐびぐびと飲みつづける。

 すごいペースでワインのボトルが空いていく。

 当然、橘さんも早坂さんも、酔っぱらう。


「あかねちゃん、ふにゃへべけろ~」

「ひかりちゃんは、はみゃのふめも~」


 橘さんは大きな犬のぬいぐるみを早坂さんと思って話しかけはじめ、早坂さんは、ぼ~っとした顔のクマのグッズに囲まれて、幸せそうな顔をしている。

 どうやら今日のところは、俺が思っていた事について、話すことはなさそうだ。


「なるほど」


 俺は手に持ったビールの缶をみながらいう。


「こういうこともある」


 なにかしらやろうとしていることがあるからといって、そのために段取りを整え、必ず最短距離、最高効率、誰もが納得できる理にかなった方法で取り組まなければならない、ということはない。

 目的、計画、実行、効率。

 そういう行動原理を持たない人間はいるし、そういったものが馴染まない事柄もある。

 俺はやることがないので、ビールを飲みつづける。

 一缶が二缶になり、二缶が三缶になる。

 俺は部屋の壁に描かれた犬のキャラクターに話しかける。


「俺、なんでここにいるんだろ」

「君も楽しんじゃいなよ!」

「キャラがしゃべった……」

「ふたりは楽しそうでいいね!」

「たしかに」

「ここは夢の国だからね。楽しいことが一番さ!」


 そのとおりだった。

 俺は缶ビールを掲げる。


「楽しいことが一番! 乾杯!」


 橘さんと早坂さんの幸せそうな顔をみていると、俺も嬉しくなる。これはこれでいいのかもしれない。それで、俺は楽しそうなパジャマ姿のふたりをみながら、ビールを飲み、壁に描かれたキャラクターと話しつづけた。

 途中、キャラクターの声を、自分自身が甲高い声であてていることに気づく。

 なんだこれは、と思ったら、俺の前に空になったハイネケンの缶がならんでいる。

 どうやらいつのまにか、飲みすぎていたらしい。

 視界がぐるぐるしはじめる。

俺はうつらうつらとまどろみのなかに落ちていく。

そして――。

起きたとき、俺は早坂さんに体をゆらされていた。

時計をみれば、時刻は深夜だった。部屋のライトは明かりが絞られ、薄暗くなっている。


「やっと起きた」


 橘さんもいる。

 そして、ふたりとも、超、不機嫌な顔をしていた。しかも相変わらず酔っぱらっている様子で、つまり、不機嫌な酔っ払いという、とっても困った状態だった。


「桐島くんさあ、どういうつもり?」


 すねた顔で早坂さんがいう。


「私と橘さんがいるのに、ひとりで飲んで寝るなんて、どういうこと?」

「え?」

「こんなにかわいい女の子ふたりと、夜、一緒にホテルの部屋にいるんだよ?」


 信じられない! と、わ~わ~騒ぐ早坂さん。


「俺、今すごく理不尽なこといわれてる気がする」


 しかし、橘さんもじとっ、とした目で俺をみながらいう。


「私たちは高校のつづきをするために東京に集まっている。なのに、司郎くんはそれを忘れて、ひとりで飲んで寝てる。私たちがいるのに。私たちが」


 俺は今日一日のことを思い返していう。


「すごいじゃん、ふたりとも。俺、勝てる気がしないよ。でも、少しだけ今日という日を振り返ってみようよ」


 そこでふたりは顔をみあわせる。


「えっと――」

「どうだったっけ?」

「私たちは――」


 橘さんが酔っぱらった頭で、思い出すような仕草をしたあと、首をかしげながらいう。


「たしかに……私たちはちょっとだけ、テーマパークを楽しみすぎたかもしれない」


 橘さんの説明によると、ふたりは高校時代のつづきをするにあたって、事前にちゃんと話しあいをしたらしい。

 まず、共有状態だったときをリスタートの出発点にする。

 次に、ふたりが俺を共有しているから、三人でデートすることを決める。

 場所はテーマパークにする。

 せっかくテーマパークにいくのなら、ついでにそっちも少しだけ楽しんじゃおうと、ふたりでパンフレットをみながら、テーマパークでアトラクションを巡る順番や、買いたいものなんかの計画を立て、どんどんテンションがあがっていく。

 どうやら、その結果が今日ということらしかった。

 でも――。


「あくまで、ちょっと楽しんだだけだよ」


 早坂さんがいって、橘さんが、「うんうん」とうなずく。



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