わたし、二番目の彼女でいいから。9

第32話 ラスト桐島 ③

「私たちはちょっとだけ楽しんだ。本来の目的は全然忘れてなかった。ホントに、ちょっとだけしか楽しんでない。なのに、司郎くんは完全に忘れて寝てた。私たちはわるくない」

「…………」


 いずれにせよ――。


「旅行にきて、かわいい彼女をほったらかして寝ちゃうなんて、ありえないよね」


 早坂さんがいって、橘さんがまた、「うん」とうなずく。


「ちゃんと彼氏してくれないと困る」


 ふたりは俺を置いてけぼりにして、すねている。

 しかし、ある瞬間にふたりの雰囲気が変わる。


「ねえ、橘さん、そろそろさ……」

「そうだね。いつまでも、こういう感じでいても……なにもはじまらないし……」


 ふたりは目を伏せ、どこか色っぽい表情になる。

 パジャマ越しに、橘さんと早坂さんのボディラインが浮かびあがる。

 俺の目の前に、急に、ふたりの魅力的な女の子がいるという事実が突きつけられる。


「私たち、ちゃんと準備してきてるんだよ……少し、恥ずかしいけどさ」


 早坂さんがそういって、部屋の照明を絞る。

 部屋がさらに薄暗くなり、しっとりとした雰囲気が増す。

 橘さんが悩ましげな表情で、身をよじる。


「じゃあ、はじめよっか」

「うん」


 そういって――。

 ふたりは、パジャマのボタンに手をかけたのだった。



 夢のような状況ができあがっていた。

 俺はベッドの上で膝立ちになっている。そして、前からは、上目つかいの橘さんに抱きつかれ、後ろからは、湿った吐息の早坂さんに抱きしめられていた。

ふたりとも下着姿だった。

橘さんが黒で、早坂さんが白。どちらもレースや紐を使った、煽情的なデザインの下着だ。

ふたりの美しくなめらかな肌の感触と、体温が伝わってくる。

それだけで、信じられないほどの、快感だった。

でも――。


「こんなこと、していいのかな」


 俺がいうと、「なんで?」と、俺を後ろから抱きしめる早坂さんがいう。


「だって、彼氏彼女だよ? こういうことするの、普通でしょ?」

「しかし、この三人という状況は――」

「遠慮する理由、ないと思う」


 今度は、橘さんが前から俺を抱きしめながらいう。


「私と早坂さんがいいって、いってるんだから、司郎くんは好きにしていいんだよ」


 橘さんは恥ずかしがりながらも、誘うように、かすかに胸を押しつけながらいう。


「私は司郎くんに抱きしめられたい。だって、好きだから。司郎くんは私のこと、好きじゃない? 抱きしめたくない?」


 そんなはずなかった。俺は今すぐに橘さんを抱きしめたいし、その薄いくちびるにキスしたいという衝動に駆られている。

 そして、それをしない理由はどこにもなかった。


「私、司郎くんと愛しあいたい」


 橘さんがいって、ふたりの体に挟まれて熱くなった俺の体の奥底から、そういう衝動が湧きあがってくる。


「いいよ」


 早坂さんが後ろから囁く。


「橘さんからしてあげて。私はいいから。これで、誰に遠慮する必要もないよね? 桐島くんは今、ここでは思ったことしていいんだよ。橘さんに、私に。私たちはね、それを許す、そうさせてあげるって決めてるの。だから、こうしてるんだよ」


 俺の背中に口づけをして、早坂さんが離れていく。

 それを待っていたかのように、橘さんが俺を強く抱きしめながらいう。


「司郎くん、私、ずっと好きだったんだよ。ずっと待ってたんだよ」


 橘さんの、美しい顔が近づいてくる。高校を卒業してからも、ずっと俺を想いつづけてくれていた橘さん。俺はそんな橘さんが愛おしくて、たまらなくなって――。


「あっ」


 俺は強く、橘さんの体を抱きしめていた。

 体を弓なりにしならせ、橘さんは甘い吐息を吐く。

 俺はさらに、そのくちびるにキスをする。橘さんはすぐにそれにこたえるように俺の舌をその小さな口に迎えいれ、情熱的に強く吸ったり、舌を絡ませてくる。

 橘さんはそんな感情を体にものせて、お腹の下を俺に押しつけながらいう。


「司郎くん、好き。大好きだよ」


 俺の感情もすぐ高まって、体を押しつける。そのまま橘さんを押し倒し、首すじに、肩に、胸元にキスしていく。


「もっとして、もっと、もっと――あっ、司郎くん、もっと――」


 体にキスするたびに、橘さんは体を小さく震わせ、身をよじる。

 なめらかな、白いお腹が美しい。

 橘さんの体は、十代の頃から、まったく変わっていなかった。


「いいよ、司郎くんの気持ち、全部ぶつけてほしい」


 そこからは、感情のままだった。橘さんの美しい体を抱きしめる。胸の下着を外し、小さなふくらみをさわり、ぴんと立った薄ピンク色の先端を口に含む。下着のあいだに指を滑りこませ、濡れたそこをさわる。


「あっ、司郎くん――私、もう、あっ、い――く、いくっ、司郎くん、キスして、キスしながらがいい――あっ――」


 俺の体の下で、橘さんは腰を浮かせ、強く押しつけながら達する。

 脱力する橘さん。

 汗ばんだ白い肌、上下する胸、濡れてその向こう側が透ける下着。

 俺は、このまま橘さんのなかに深く入って、もっと、橘さんに対するこの感情を伝えて、互いの好きという気持ちを確かめたいという衝動に駆られる。でもその直前で――。


「次は私だよ」


 離れたところにいた早坂さんが近づいてきて、俺の体を抱きしめて、キスしてくる。やわらかい舌、早坂さんの湿った口の中。

 早坂さんはなにも隠せていない煽情的な下着を着ている。

 直前でおあずけをくらった格好の俺は、すぐにそういう気持ちになる。


「いいよ」


 早坂さんは、恥ずかしそうに身をよじりながらいう。


「私の体、いっぱいさわっていいよ」


 俺は早坂さんの豊かな体を抱きしめ、その口の中に舌を深く入れる。


「さっきまで橘さんの口のなかに入れてた舌を、今度は私に入れちゃうんだね」


 そういいながら、早坂さんはぽってりした舌を、俺の口のなかに入れて、絡ませてくる。


「高校のときと同じだね」


 俺は早坂さんの胸をさわり、もう片方の手でそこをさわる。下着はもう濡れていて、上からそこを指でなぞるだけで、早坂さんは体を震わせ、甘えながらキスをしてくる。


「桐島くん、もっとぉ、もっとぉ」


下着から染みだしたそれが、どんどん、溢れてくる。


「好きだからだよ、桐島くんのことが好きだから、私はこんなふうになっちゃうんだよ。あっ、うあっ、いくっ、いっちゃう!」


 ぽたぽたとシーツに雫が落ち、早坂さんは達する。

 早坂さんはそのまま俺にしなだれかかってくる。そのやわらかい感触と、熱い肌。


「ねえ、このまましちゃおっか」


 早坂さんがお腹の下を押しつけながらいう。


「私、桐島くんと最後までしたい。そしたらもっと好きになれると思う。ねえ、しちゃおうよ。私の体、もうできあがってるよ。信じられないくらい濡れてて、きっと気持ちよくできると思う。ねえ、しよ、桐島くん」


 早坂さんは全身を押しつけ、情熱的なキスをしながらいう。

 俺も当然、その気になる。しかし――。


「ダ、ダメだよ」


 橘さんが早坂さんを後ろから抱きしめ、俺から引き離す。


「そうじゃないって、約束したでしょ」

「でも、私だけ――私だって――」


 早坂さんはそういいかけたあとで、橘さんの顔をみて、「そうだよね、約束したもんね」と少しだけ冷静になった様子でいう。


「私たちね、ちゃんと選ぶまでは、桐島くんと最後まではしないって決めたの。だって、それがあのときのルールだから」


 彼氏と彼女がすること。

その、最後まではしない。

それが、俺が共有されていたときのルールだった。そして、そのルールの裏には、橘さんと早坂さんだけの約束があった。もし最後までしたら、ルールを破ったものが、この恋愛から身を引くという、抜け駆け禁止の裏ルール。けれど――。


「あのとき、私がルールを破った」


 橘さんは早坂さんの体をやさしく抱きしめながらいう。


「そのせいで、私たちはみんな傷ついた。高校時代のことは、全部、私のせい」

「ううん、橘さんだけのせいじゃないよ」


 早坂さんが、橘さんの腕の手を添えながらいう。


「だって、橘さんが焦ったのは、もともと私がそういうことをしたがったからだもん。あの頃はね、そういうことをすることが、とても大事なことに思えたの。彼女なんだから、絶対してなきゃおかしいって思ってたの」


俺にとっても、最後までするということは大きな意味を持っていた。それは愛しあうものだけに許された特別な行為で、結ばれることの象徴であるように感じていた。

 大学生になると、周囲も大人で、それをすることの意味は、高校生のときよりもいくらか軽くなったように感じる。

 けれど、多くの人にとってそうであるように、俺たちにとってもそれはまだ大きな意味を持っていた。特に、俺たちの恋はあのときのまま、思い出のなかに、溶けなかった雪のように、きれいに残っているのだ。だから――。


「今度は、ちゃんと我慢するって、橘さんと約束したんだ」


 早坂さんはいう。


「私がしたがっちゃって、橘さんが抜け駆けして、それで、おかしくなった。だから、今度はめちゃくちゃにならないように、ちゃんとルールを守って再スタートするんだよ」


 だから――。


「桐島くんも、我慢しなきゃいけないんだよ。今夜、ずっと私たちと抱きあいながら、桐島くんは我慢しつづけるの」


 その代わり、と橘さんがいう。


「それ以外のことは、私たちになにをしてもいいから。やるせない気持ちを、私たちの体にいっぱいぶつけていいよ。オモチャにしても、いいよ。私たちが司郎くんのこと、本当に好きだってこと、たしかめていいよ」


 そこからはまさに天国と地獄だった。

 俺はふたりの体を自由に味わうことができる。口の中を舌でまさぐり、ぴんと立った胸をさわり、濡れたそこをさわりつづける。

 ふたりは甲高い声をあげ、達し、シーツを濡らして乱れつづける。

肌と肌のふれあいと、好意を体で表現される快感。

 当然、俺は最後までしたいという衝動に襲われる。しかし――。

 橘さんとしようとすると――。

 早坂さんとしようとすると――。


「ダメだよ」


 早坂さんにとめられる。

橘さんにとめられる。

 早坂さんはいう。


「桐島くんは最後までしちゃいけないんだよ。こんなに魅力的な女の子が、ここまでなってるのに、それはしちゃいけないんだよ」


 俺は達したばかりの橘さんを前に、我慢しなければいけない。


「苦しいよね。でも、あのとき、桐島くんが選ばなかったからだよ。だから、我慢しなきゃいけないんだよ。あのとき選んでれば、橘さんは桐島くんの女の子になってたんだよ」


 橘さんはいう。


「司郎くん、したいよね。でも、ダメだよ」


 俺の目の前には、達したばかりの早坂さんがいる。



刊行シリーズ

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