わたし、二番目の彼女でいいから。9
第33話 恋の十番勝負 ①
スーツに身をつつみ、企業の本社ビルにゆき、会議室で集団面接を受ける。
五人横ならびになり、面接官に志望動機をきかれ、こたえる。その他に、自分の弱み、強みなんかのパーソナリティもプレゼンテーションする。
この面接にこぎつけるのも大変だった。
まず、Webで会社説明会を受ける。自分でも、志望する業界や会社について研究し、ニュースをチェックする。そこからエントリーシートと呼ばれる書類を提出し、書類選考にかけられ、さらには筆記試験も受ける。
そうしてやっと集団面接にたどりつくのだけど、ここで落ちたらそこまでだし、受かっても次は二次面接で、そこからさらに、企業の偉い人たちに選考されることになる。
どれだけ努力しても、いきたい会社にいけるとは限らない。
人気の企業だと、少ない募集人数に、その数十倍以上の学生が殺到したりする。だから通常、就職活動は、たくさんのエントリーシートを書き、並行して何社も面接を受け、希望の業界や企業の『内定』を目指すことになる。
夢、やりがい、給料、社会的ステータス。
将来がかかっているから、みんな真剣だ。
人事担当の面接官が質問する。
「学生生活で、がんばったことはなんですか?」
一緒に集団面接を受けている学生たちが順にこたえていく。
留学、ボランティア、部活、人脈づくり。
俺もそれにつづく。
魚釣り。
「特技はなんですか?」
また、みんなが順にこたえる。
語学、人を笑顔にすること、スポーツ全般、人とのコミュニケーション。
俺も自分の特技をこたえる。
胡弓の演奏。
「尊敬する人は誰ですか?」
松下幸之助、全ての人に敬意を払っています、両親、本田宗一郎。
俺が尊敬する人物をあげるとすれば――。
エーリッヒ・フロム。
面接官による企業と学生の相性をみるための質問がつづき、やがて、終わる。
オフィスビルからでたところで、緊張がとけたのだろう、一緒に面接を受けていた彼ら、彼女らが声をあげる。
「私、絶対落ちたよ~」
「大丈夫だって他にどこ受けてる?」
「情報交換しない?」
「じゃあ、今からファミレスいこうよ」
四人は盛りあがって、スマホを取りだし、連絡先を交換しながら、歩いていく。
「え? 俺は?」
みんなの背中が、小さくなっていく。
「俺も一緒に面接受けてたのに。情報交換……」
結局、ビル風に吹かれながら、ひとり、慣れない革靴でオフィス街から帰ることとなった。
一体どうしてこうなったのか。俺の、なにがいけなかったのか。就職活動は厳しい。そして、孤独だ。せめて面接通っていてくれ。なんて考えていると、スマホが震える。
『桐島くん、面接どうだった?』
早坂さんからのメッセージだ。
『私も面接終わったよ~』
別の企業だけれど、ちょうど同じ時間に面接が入っていたのだ。
『今から一緒にお茶しない?』
早坂さんからのメッセージに、俺はすぐに『いいよ』と返信し、早坂さんのいる場所への最短ルートを検索し、走りだす。
俺は早坂さんの誘いを断ってはいけないし、待たせないように、すぐに向かわなければいけない。なぜなら俺は、早坂さんの理想の彼氏だからだ。
そう、理想の彼氏。
俺はそれを全力でやり遂げなければならない。
なぜ、そんなことになっているかというと、それは少し時間をさかのぼる。
◇
テーマパークからの帰り道、車の中で、橘さんと早坂さんは、俺がどちらと付き合うかを、ふたりで決めることにした。
そこからさらに――。
「じゃあ、どうやって決める?」
「私と橘さんで勝負すればいいんじゃない? 勝ったほうが、桐島くんを持ってく」
「いいね」
こうしてノータイムで十番勝負が開催されることも決まり――。
「でも、どこでやる? 私は東京にいて、早坂さんは関西だし」
「週末にどっちかにいくとか」
「移動、めんどくさくない?」
「俺の将来がかかってるんだけど……」
「そうだ、東京に部屋借りちゃわない? 三年生って、就職活動で、東京に何度もきたりするんでしょ?」
「まあね。でも……」
「お金は気にしなくていいよ」
「そっか。橘さん、動画で稼いでるもんね」
「うん。私はいっぱい稼いでる。だから、東京で部屋借りて、就職活動しながら、勝負の内容とかも、ゆっくり考えればいいよ」
ということになり、マンションの部屋を借りて、三人の共同生活がはじまった。
部屋は2LDKだった。2LDKとはつまり、みんなで過ごすリビングルームがひとつと、個人で過ごすための部屋がふたつあるということだ。
ふたつの個人部屋は、橘さんと早坂さんがそれぞれ自分の部屋にした。俺にプライベートな空間はなかった。生活に必要なものも、ふたりが揃えていった。
「じゃ~ん」
橘さんが財布からカードをとりだして掲げる。
「ゴールドカード」
「すご~い!」
家具や家電、食器、ソファーにクッション、エスプレッソマシーン。
ふたりのセンスで、かわいらしく、ポップな部屋ができあがった。そこは、橘さんと早坂さんが勝負するための場であり、俺と早坂さんの就職活動の拠点でもあった。
最初の勝負は中華料理店で早々におこなわれたわけだが、決着がつくまで、まだ多くの勝負を残している。
そしてそのあいだ、俺はふたりの彼氏だ。
彼女になったふたりは、テーマパークのホテルのロビーでいったとおり、その好意で俺を溺れさせてきた。
「桐島くん、晩ご飯できたよ~」
早坂さんは、腕によりをかけて料理をつくってくれる。茄子の煮びたし、サバの味噌煮、どれも俺が好きなものばかりだ。そこにサラダをつけて、健康にも気を使ってくれる。
「食べたいものがあったら、なんでもいってね」
エプロン姿の、かわいらしい早坂さん。
そして、一緒に暮らす早坂さんは、とても甘えん坊だ。
「桐島くん、一緒に業界研究しよ~」
部屋で就職活動に関する調べ物をするときも俺にくっついてくる。
「買い物いこ~」
スーパーにいけば、ずっと俺の腕を抱いている。
「えへへ。頭なでて~」
俺が頭をよしよしすると、早坂さんは嬉しそうな顔をする。
そして、これらだけではない。
「大好きだよ」
ことあるごとにそういってくれて、俺に抱きつき、キスをしてくれる。食事をしているときも、朝も、寝る前も、ただ廊下ですれちがうときも。そしてキスもハグも、いつでも情熱的だった。
「私は桐島くんの彼女だからね。桐島くんは、したくなったら、いつでも私にキスしたり、抱きしめたりしていんだよ」
早坂さんはやっぱり、かわいらしい。エプロン姿、就活中のリクルートスーツ、部屋でリラックスしているとき、パジャマ姿。
俺はそんな早坂さんを、思いのまま抱きしめることができた。もちろん、そうやって日常的に抱きしめてキスしていると、そういう気分になることもある。
「いいよ。楽しんでいいんだよ。だって、私も大好きな人に、さわられるのすごく好きだもん」
俺はパジャマ姿の早坂さんの胸をさわったり、料理をしているところを後ろから抱きしめ、下着に手を入れることを許された。そして、早坂さんはその好意を体で示してくれた。
「あ、大好きだよ、桐島くん、あっ、あ――」
そんなある夜、橘さんがお母さんと食事をするといって、出かけていったときのことだ。
「一緒に映画みよ~」
早坂さんがそういうので、ソファーに並んで座り、映画を観ていた。しっとりとした、大人のラブロマンスだった。
最初、早坂さんは俺の肩に頭をのせて画面をみていた。けれど、ストーリーが進むにつれ、指をからませ、顔を押しつけたりして、じゃれはじめる。時折、作中の恋愛が盛りあがる場面で、キスをしてくる。俺もキスを返す。
タイトなTシャツに、ショートパンツという格好の早坂さんが、映画のあいだ、ずっと俺に、イチャイチャとしたちょっかいをかけつづけてくるのだ。
やがて、画面のなかで、とても大人なシーンがはじまったときだった。
「桐島くん――ん――んっ――」
早坂さんはもう映画を観るのをやめて、俺に抱きつき、舌を入れ、頭の奥がとろけるようなキスをしてきた。それから、口を離し、俺のズボンをみていう。
「桐島くん、これ……」
早坂さんに一時間以上、露出の多い格好で、好意を隠さず、ずっと甘くじゃれつかれたため、俺もそういう気持ちになってしまっていたのだ。
「そうだよね。桐島くん、ホテルでずっとおあずけだったもんね。部屋を借りてからも、最後まではしないってルールがあるから……これじゃあ、男の人は苦しいよね」
早坂さんはそういうと俺のベルトを開ける。
俺のそれをみて、早坂さんは恥ずかしそうに頬を赤らめたが、そのままなにもいわず、それを口に含んだ。
早坂さんの、湿った、小さな口の中と舌の感触。早坂さんはそのまま、上下に動く。
一定の間隔で室内に響く唾液の音。
熱い吐息。
早坂さんのようなかわいらしい女の子が、こんなことをしてくれている。
信じられないほどの快感がせりあがってきて、気づけば、俺は早坂さんの口の中にそれを解き放っていた。
「えへへ」
終わったあとで、早坂さんは照れた様子で俺にくっつきながらいう。
「苦しくなったらいってね。私がしてあげるからね……桐島くんがどうしてもっていうなら、私は最後までだって……」
なんて、どこか色っぽい表情でいうのだ。
そして、この共同生活には橘さんもいる。
橘さんもまた、あふれんばかりの好意で俺を溺れさせてきた。
「いってらっしゃい、司郎くん」
就職活動の会社説明会にでかけようとすると、玄関までやってきて、俺を見送ってくれる。
「働かなくても、私が養ってあげるのに」
「…………」
「大好きだよ。早く帰ってきてね」
そういって、俺を抱きしめてキスしてくれる。
慣れない料理だってしてくれる。
「早坂さんみたいに上手くはないけれど……」
恥ずかしそうにしながら、一生懸命つくったパスタをだしてくれて、一緒に食べる。俺がパスタを口に運んでいるあいだ、橘さんは俺に抱きつきながら顔を押しつけ、その表情を隠している。俺が食べて、「おいしいよ」というと、「ホント?」と顔をあげて嬉しそうにする。
橘さんは散歩も好きだ。
「司郎くん、お散歩いこう」
夕方になると、よく俺を外に連れだす。
歩くコースは河川敷だったり、街中だったりする。そのあいだ、橘さんはずっと手をつないでいる。ガードレールがあったり、道が狭くなっているところでも、橘さんはつないだ手を離さない。
そんな少女みたいなかわいらしさもあるけれど、そうじゃない魅力で俺に好意を伝えてくれることもある。
夜、早坂さんがお風呂に入っているときのことだ。



