わたし、二番目の彼女でいいから。9

32・5話 浜波通信

「え? じゃあ、桐島先輩はここへきて、なにもすることがなくなったということですか?」

「そういうことになる」

 

 俺はスマホにむかっていう。

 テーマパークで遊んでから、数日経った昼下がりのことだ。

 木漏れ日のなか、公園のベンチに座り、京都にいる浜波と通話をしていた。

 

「俺がどちらと正式な恋人になるか、その最後の結論は、ふたりがだす」

「…………」

 

 浜波は少し黙ったあとでいう。

 

「橘先輩と早坂先輩、相変わらずやりたいほうだいやってますね~」

「まあな」

「しかし、桐島先輩は本当に口だししなくていいんですか?」

「本来、十人いれば、恋の形は十通りあるはずなんだ。だから、俺がエモ顔しながら、どちらかを選ぶといった、用意されたパターンに自分をあてはめる必要はない」

「橘先輩にエモ顔自己陶酔野郎っていわれて、くらってることはよくわかりました」

「そこまではいわれていない」

「それにしても――」

 

 浜波は不満そうにいう。

 

「なにかあると、すぐ私に連絡してくるのやめてくれませんかね?」

「なぜ?」

「いや、そんなピュアなトーンで『なぜ?』といわれましても。そもそも私は、桐島先輩のためのお悩み相談室を開いているわけではないのですよ」

「悩んでいるわけではないんだ」

 

 俺は夜行バスに乗っているとき、エモ顔になって夜景を眺めながらふたりのことを深く考え、ついでに哲学的にもなったりしたうえで、誠意を持って相手を選ぼうと決意し、東京に乗りこんだ。しかし、俺の意思は取りあげられたので、俺はなにもやる必要がなくなった。

 つまり――。

 

「ヒマなんだ。シンプルに、ヒマだから電話してるんだ」

「切っていいですか?」

「まあまあ、そういわずに」

 

 俺はどうどう、と浜波をなだめる。

 

「乗りかかった船じゃないか」

 

 浜波はしぶしぶといったトーンで、「まあ、私もまったく気にならないわけでもないですからね。わかりました。とりあえず、話をききましょう」といってくれる。

 

「それで、早坂先輩と橘先輩だけで決めるといいますが、どうやって結論をだすんですか?」

「十番勝負だ」

「………………」

「橘さんと早坂さんが、なにかしらの勝負を十回して、勝ったほうが俺を持っていく」

 

 スマホのスピーカーの向こうで、浜波がしばらく沈黙する。

 

「なるほど。そのままつづけてください。話は最後まできく。それが私のスタイルです」

「そして、最初の勝負はもうおこなわれた」

「それは、どんな勝負だったんですか?」

「激辛麻婆丼、早食い勝負だ」

 

 三人で歩いているときのことだ。

 お昼どきで、そろそろご飯を食べようという話になり、ちょうど、街中華の看板がみえた。

 

「最初の勝負はこれでいこっか」

 

 橘さんがいって、早坂さんがうなずいた。

 

「そうだね。これにしよう」

 

 ふたりは店に入ってカウンター席に座り、激辛麻婆丼の大盛りを頼んだ。そして麻婆丼が運ばれてくると、「せえの」といって同時に食べはじめた。

 勝ったのは早坂さんだった。橘さんは辛いのは平気だが、そもそも食が細いので、大盛りを食べきれなかったのだ。

 早坂さんは、ほっぺにご飯粒をつけて勝ち誇っていた。

 橘さんは悔しそうな顔をしたあとで、なにかいいたげに、早坂さんの服のなかに手を突っこみ、横っ腹をつまんだ。

 早坂さんは顔を真っ赤にしながら、「勝てばいいの!」と、なぜか負けたような表情をしていっていた。

 

「いや……」

 

 浜波がいう。

 スマホ越しに、大きく息を吸い込むのがわかった。

 そして数秒後――。

 

「おかしいだろ~!!」

 

 浜波が叫ぶ。

 

「恋の結末にたどりつく? それで大食い勝負!? 関係ない! 恋と大食い、まったく関係ない! そんなもんで決着がつくなら、世界から悲劇と呼ばれるものはすべてなくなるんですよ! 負けられない戦いが存在しない世界! 平和なワールド! ラブ&ピース!」

「浜波、こう考えてはどうだろうか」

 

 俺はいう。

 

「ふたりの騎士が、ひとりのお姫様を巡って決闘している」

「桐島司郎がお姫様は無理があるだろ~!!」

「でも、俺たちはオリジナルのラブを――」

「うるせ~!!」

 

 全力で叫び、息を切らす浜波。

 俺は浜波が落ち着くのを待って、いった。

 いずれにせよ――。

 

「俺たちはしばらく東京にとどまることにした」

「え? 十番勝負のために? 大学は?」

 

 浜波のいうとおりで、橘さんは東京の芸大に通っているから生活の拠点が東京にある。しかし、俺と早坂さんは関西圏の大学に通っていて、それぞれ京都と、海辺の街で暮らしている。

 

「あいだをとって、週末に関ヶ原で勝負を重ねることも考えた」

 

 しかし――。

 

「恋愛の他に、俺と早坂さんが東京に滞在する理由がちゃんとあったんだ」

 

 俺はいう。

 

「将来にかかわる、まっとうな理由だ」

「桐島先輩のやることに、まっとうな理由があるとは思えませんが……」

「いや、今回ばかりはある」

 

 恋愛も含め、まちがいなく、俺たちは人生の岐路に立っていた。

 この年齢の、多くの人がそうであるように。

 俺が東京に滞在する理由。

 それは――。

 

「就職活動だ!」

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