わたし、二番目の彼女でいいから。9
第34話 再会 ③
「橘さん、桐島くんが東京に残るように、それとなく誘導してるでしょ。家族と一緒にいたほうがいいとかいってさ」
「早坂さんだって、就活手伝うよ、っていいながら、関西の企業ばかり勧めてるじゃん。私、知ってるから」
今までの生活のなかで、互いにふれないようにしていたことが、あふれだす。
そのうち、橘さんは相手のいったことに言葉を返すというより、大きな声で、自分の気持ちを投げつけるようにいう。
「とにかく、初恋はきれいで、純粋で、大切にしなきゃいけないものだから! 早坂さんのとはちがうから!」
「ち、ちがうってなによ!」
早坂さんは一瞬ひるんだ表情をしたあとで、前のめりになっていい返す。
「初めて初めてっていうけどさ、桐島くんが初めて付き合った相手は私だから! 手をつないだのも、キスも!」
橘さんの表情が怒りに歪む。
早坂さんはなおもつづける。
「桐島くん、初めてのキスで、夢中になってたよ。高校生の男の子だもん。女の子の部屋に入ったのも、デートしたのも、全部私が初めてなんだから!」
「そう――」
橘さんの表情が冷たくなる。
「付き合ってたっていうけどさ、私、もうわかってるから」
司郎くんは私のことが好き。なのに、早坂さんと付き合っている。
早坂さんは他の人のことが好き。なのに、司郎くんと付き合っている。
十代の橘さんは、恋愛初心者で、そのことにただ戸惑うだけだった。
けれど、もう、たどり着いている。
俺と早坂さんは、橘さんには曖昧にしかいっていなかった。練習だとか、高二の冬、関係がこじれたあとに説明したときも、早坂さんが柳先輩を好きになって、俺がその相談を受けて、俺が橘さんと付き合えないと思っていたから、なあなあで早坂さんと付き合うようになったとかいって、核心にはふれなかった。
でも――。
橘さんはいう。
司郎くんと早坂さんが付き合ってたのってさ、練習とかそういうのじゃなくて――。
「『二番目』に好き同士でしょ?」
早坂さんの表情が凍りつく。
橘さんは、さらに追い打ちをかける。
「司郎くんが『一番』好きなのは私だけだよね」
そして――。
「約束、あったんじゃないの? 司郎くんと私が付き合えるときは、早坂さんが身を引くって」
早坂さんはなにもこたえない。
けれど、その表情がすべてを語っていた。
「だったらさ」
橘さんはいう。
「別れてよ。それが筋でしょ。二番目なんだから」
「で、でも」
早坂さんは押し込まれながらも、いいかえす。
「一番とか二番とかいうなら、さっきもいったけど、桐島くんが一番最初に付き合ったのは私で、キスも――」
「私はしたよ」
橘さんが、冷たくいいはなつ。
「司郎くんの初めては、私だから。司郎くんは私のなかに入ってきて、私はそれを受け入れた」
「…………」
「早坂さんはしてないよね」
「…………」
「高校のとき、私はしたよ。司郎くんが私のこと本当に好きで、我慢しきれなくなったから。でも、早坂さんはあれだけしてるのに、今もいろいろしてるのに、最後までしてもらってないよね。そういうことなんだよ」
「…………」
「したことないから知らないと思うけど、体さわりあうのとは全然ちがうよ。本当につながるんだから。司郎くんはね、好きって気持ちを伝えるために、奥に奥に入ってくるの。それで私はその愛で、何度もイっちゃうの。それでも司郎くんはもっと好きを伝えるために、私の奥を突きながら全身にキスをしてくれて、私も好きを伝えたいから、もっともっとイって、司郎くんに全身で伝えるの。早坂さんがやってるのとはちがうから。あれが本物だから」
「…………」
「本当に好きな女の子が相手なら、男の子はすると思うよ」
だから――。
「早坂さんは、きっとちがうんだよ」
その、瞬間だった。
乾いた音が部屋に響いた。
早坂さんが、橘さんの頬を叩いたのだ。
「………ナホじゃん」
前髪が垂れて、表情を隠す。
「高校のときにもいったけど、それ、オナホにされただけだから……本当に好きな女の子は、もっと大切にするから……橘さんは性欲処理されただけだから……」
「ちがうよ」
橘さんはとても冷静にいう。
「私と司郎くんは、愛しあったんだよ。早坂さんとちがって」
また、乾いた音が響く。
「……ないんだよ」
早坂さんが、顔をあげて、怒りの表情でいう。
「橘さんみたいな、いつでも一番で、特別な女の子には、私みたいな女の子の気持ちは、どうせわかんないんだよ!」
早坂さんは泣きそうな表情になって、でも、もう、言葉ではいいかえせなくて、それで子供みたいに、何度も橘さんを叩く。
ただ、橘さんは微動だにしない。
「いいよ、気が済むまで叩きなよ」
橘さんはいう。
「私は平気」
だって――。
「初恋は強いから」
その言葉をきいて、早坂さんの目から、ついに涙があふれだしてしまう。
「……もういいよ」
早坂さんはこらえようとして、でもこらえきれなくて、洟をすする。そして――。
「もういいよ!」
大泣きしながら、部屋の隅に置かれていたマグネットの将棋盤を、「こんなの、もういらないよ! こんな遊び!」といって橘さんに投げつけ、そのまま部屋をでていった。
橘さんはその表情のまま、しばらくその場に立ち尽くしていた。
数時間経ったあと、俺と橘さんのスマホにメッセージが届いた。
『ごめん』
その一言を残して――。
早坂さんは、俺たちの前から姿を消した。



