わたし、二番目の彼女でいいから。9

第38話 普通の女の子 ①

 年末年始は実家ですごした。

 いまだ就職する予定のない兄をみて、妹が怯えていた。兄の通う大学では、半数近くが徒手空拳のまま卒業し、その半年後になにものでもない己に愕然とし、急いで就職して、社会に順じていくのが通例なのだと、テキトーな説明をすると、少しだけ安心した顔をしていた。

 正月があけると、俺は京都へと舞い戻った。そこから海辺の街へと移動し、今度は早坂さんの、理想の恋人との過ごしかたをするはずだった。

 しかし――。

 

「あいかわらず、桐島くんはしまらないね」

「面目ない」

 

 俺は早坂さんのアパートの部屋のベッドで、三十九度の熱をだして寝込んでいるのだった。

 悪寒がとまらず、冬用の寝間着をきて、さらにありったけの掛け布団と毛布をのせてもらっているのだが、それでも寒くて、体の震えがとまらない。

 ただ、医者によるとインフルエンザなんかではなくて、本当に、いわゆるただの風邪だろうということだった。電車で海辺の街へきてすぐ、俺の顔が赤くて、早坂さんが車で病院へと連れていってくれたのだ。

 そして、診察が終わったあと、早坂さんのアパートに連れて帰ってもらって、こうして布団に埋もれて寝ている。

 

「はい、桐島くん」

 

 ベッドの脇から、早坂さんがペットボトルと、飲みやすいようにシートからだしてくれた錠剤を手渡してくれる。

 

「お医者さんにいわれたとおり、お薬飲んで安静にしてなきゃ」

 

 俺は体を起こして、薬を口に入れ、水で流しこむ。そしてペットボトルを早坂さんに返し、また布団のなかへと戻っていく。

 

「えへへ」

 

 早坂さんは枕のとなりに肘をついて、俺の顔を眺めながら笑う。

 

「初めてキスをしたときも、こんな感じだったね」

「あのとき風邪をひいていたのは、早坂さんのほうだった」

 

 早坂さんが熱をだして、俺がお見舞いにいったのだ。

 一緒にお話ししようといわれて、会話をしているうちに、手をつないでほしいといわれて手をつなぎ、添い寝をすることになって、抱きあって、キスをした。

 お互い初めてだったから、不器用だったり、たどたどしかったりしたけれど、十七歳の早坂さんのやわらかいくちびると、こんなにかわいらしい女の子に、そういうことをすることを許されている、求められているという快感に夢中になった。

 

「あのときとは、逆になってるね」

 

 早坂さんはいう。

 

「なんだか懐かしい」

 

 ここでキスをすれば、高校のときの、あの初めてキスをしたときの熱を持った感情に浸れるかもしれない。

 実際、早坂さんの口調には、それをしようかな、というニュアンスが含まれていた。

 でも――。

 俺は早坂さんをみていう。

 

「早坂さん、めっちゃマスクしてるじゃん」

 

 そうなのだ。

 俺をベッドに寝かしつけるときも、看病しているときも、ずっとマスクをしていて、あの頃にように、キスをする雰囲気はない。

 

「だってさ」

 

 早坂さんは、にこにこしながらいう。

 

「風邪がうつったらイヤなんだもん。私の風邪がうつって桐島くんがしんどくなっちゃうのはいいんだけどさ」

「…………」

「冗談だって」

 

 早坂さんはそういいながら、俺のおでこにぺちんと冷却シートを貼る。

 

「本当は、いっぱいキスしたいよ。でも、私まで風邪ひいちゃったら、誰も桐島くんのこと看病できなくなっちゃうじゃん。だから私は、風邪ひいちゃだめなんだ」

 

 早坂さんは初めてキスをしたときより、ちょっぴり大人になっていて、そして、やっぱりやさしい女の子だった。

 

「早く元気になってね、桐島くん」

 

 そういいながら、マスク越しに、俺のほっぺにキスしてくれた。

 

 ◇

 

 早坂さんは忙しいようだった。

 

「水と薬、ここにおいとくね。お鍋にお粥もつくってあるから、お腹が減ったら食べてね」

 

 朝、そういうと、コートを羽織り、マフラーを巻いてあわただしくでていく。

 早坂さんは理系で、研究室でやることが多いらしい。大学院に進学するから、シームレスにそういう日々がつづいていくのだという。

 俺はそんな早坂さんを横目に、ただ、熱にうなされていた。

 夕方になると、早坂さんが帰ってくる。

 

「よしよし」

 

 早坂さんは鍋のお粥がなくなっているのをみて、うなずく。

 そしてまた、晩ご飯にお粥をつくってくれる。

 

「ほんとにごめん」

 

 俺は謝る。

 

「世話してもらってばかりで」

「いいのいいの、気にしないで」

 

 晩ご飯を食べ終えると、早坂さんは専門書を読みはじめた。

 俺がその様子をみていると、こっちをみて、「桐島くんとちがって、私は真面目で優秀な大学生だからね」、なんていうのだった。

 ちなみに、研究室のプレパラートを割った枚数の最高記録保持者は早坂さんらしかった。

 早坂さんは寝るときになると、俺とは別に、床に布団を敷いた。

 申し訳なくて、俺がそっちで寝るといっても、きかなかった。

 

「病人なんだから、無理しないで」

 

 そんな生活を三日ほどつづけたところで俺の熱は微熱まで下がり、五日目の夜には平熱になっていた。

 

「うんうん、もう大丈夫だね」

 

 早坂さんは俺のおでこをさわってそういうと、布団のなかに潜りこんできた。

 

「まだうつるかもしれない」

「桐島くんのなかにいる菌はもう弱ってるよ。私、そんなのに負けないもん」

 

 なんていいながら、くっついてくる。

 

「俺、汗かいてるけど」

「そんなの気にならないよ」

 

 早坂さんは顔まで押しつけてくる。

 

「好きなひとのは、気にならないよ。それより、ずっと甘えたかったんだから、いっぱい甘やかしてよね」

 

 そうやって、抱きあっているときだった。

 早坂さんが、顔を赤くする。

 

「桐島くん、これ……」

「ごめん、その、なんていうんだろ」

 

 久しぶりに抱きしめた早坂さんの体の感触に、俺の体は強く反応してしまっていた。

 

「いいんだよ」

 

 早坂さんは、強く押しあてられた、お腹の下をみながらいう。

 

「ずっと寝てたもんね。男の子って、そうなるっていうし、体が弱ると、逆に、っていうのもよくきくし」

 

 じゃあ、と早坂さんはいう。

 

「桐島くん、シャワー浴びよっか」

 

 ◇

 

 早坂さんが、体を洗ってくれている。

 ベッドから立ちあがったとき、俺がたちくらみをおこしてふらついたため、私もシャワー浴びようと思ってたから、と、ついてきてくれたのだ。

 

「俺は自分が情けないよ」

 

 後ろからスポンジで背中を洗ってもらいながらいう。

 

「早坂さんのための一カ月なのに」

 

 早坂さんにとっての理想の恋人生活を実現しようと、かなり意気込んで、海辺の街にやってきた。なのに風邪でダウンして、最初の一週間、ずっと看病してもらい、今は体を洗ってもらっていて、あげく、早坂さんの肌が、泡とともにあたったりして、俺の体はしっかり反応してしまっている。

 雰囲気もなにも、あったものじゃない。

 でも――。

 

「いいんだよ」

 

 早坂さんが、背中から俺を抱きしめる。

 

「だって、風邪をひくのも、桐島くんがこういうふうになるのも、全部、恋人と一緒に過ごすってことのひとつだもん」

 

 私はね、と早坂さんはいう。

 

「えっちなことするの、キライじゃないよ。そんな女の子、みんな好きじゃないかもしれないけど。だから、清楚な早坂さんって、みんないってたんだと思うんだけど」

 

 早坂さんが、俺の前にまわりこんでくる。

 

「でも、私のなかには好きな人とえっちなことしたいって気持ち、しっかりあるの。だから桐島くんが、私にたいしてそういう気持ちになってくれるのは嬉しいんだ。人にもよるんだろうけど、私は、誰かを好きになることのなかに、そういうのも含まれてるって感じるし――」

 

 だから――。

 

「桐島くんが申し訳なく思う必要なんてないよ。私もロマンチックな空気だけにしようかなって考えたりもしたけど、こういうことも好きな人とだけする特別なことだしさ」

 

 そういって、早坂さんは俺の前にかがみこんだ。

 

「桐島くん、このままだと苦しいでしょ? だから、してあげるね」

 

 早坂さんは、俺のそれを口のなかに含むと、ゆっくりと舌を動かしはじめた。

 とても、温かくて、やさしい感触だった。

 早坂さんは真面目で、折り目正しい女の子だ。そんな子が、裸になってこういうことをしてくれる。他の人には、みせない姿。それは間違いなく、早坂さんのいうとおり、彼氏彼女だけの、特別なことだった。

 俺は、すぐに早坂さんの口のなかにだしていた。

 

「桐島くん、まだ全然おさまらないね」

 

 早坂さんは照れたように笑いながらいう。

 

「ベッドいこっか」

 

 体をふいて、暖房のよくきいた部屋に戻り、俺はベッドに仰向けに寝かされる。

 

「桐島くんは病み上がりだから、そのままでいいからね」

 

 早坂さんはそういって俺の上にのると、くちびるを重ねてくる。

 やがて早坂さんは俺の体にも口づけをしてくれる。強く吸って、キスマークをつけて跡を残したりもする。

 

「えへへ」

 

 楽しそうにくっつく早坂さん。

 

「桐島くん、気持ちよさそう」

 

 そうやって、たっぷりやさしくされたあとで、じらされたあとで、早坂さんは俺を、自分のなかに導きいれた。

 

「桐島くんが入ってきた……」

 

 俺の上で腰を動かしはじめる早坂さん。

 

「前から思ってたけどさ、これって、すごくえっちだよね」

 

 うん、とうなずいて、俺は手を伸ばして、早坂さんのゆれる胸をさわる。

 

「いいよ。一緒に気持ちよくなろ」

 

 早坂さんはにっこりとほほ笑む。

 そして俺は、心地よい気持ちよさのなかで、果てたのだった。

 それから俺たちはもう一度シャワーを浴びて、今度はちゃんとパジャマを着た。

 

「風邪ひかないようにしなきゃいけないからね」

 

 そしてふたりでベッドに戻って、寝る体勢になる。

 

「さっきのえっち、すごくよかったね」

 

 早坂さんは俺に抱きつきながらいう。

 

「私、すごく幸せだった」

 

 俺はなんだか照れくさくなって、早坂さんを強く抱きしめる。

 

「桐島くんはホントに好きだなあ、私のこと」

 

 早坂さんは甘えん坊モードになって、頭を押しつけてくる。俺はその頭をなでる。

 

「明日からは、やっと理想の恋人生活スタートだからね。これまでのぶん、いっぱい甘えるから、覚悟しておいてよね」

 

 なんて、いうのだった。

 

刊行シリーズ

わたし、二番目の彼女でいいから。9の書影
わたし、二番目の彼女でいいから。8の書影
わたし、二番目の彼女でいいから。7の書影
わたし、二番目の彼女でいいから。6の書影
わたし、二番目の彼女でいいから。5の書影
わたし、二番目の彼女でいいから。4の書影
わたし、二番目の彼女でいいから。3の書影
わたし、二番目の彼女でいいから。2の書影
わたし、二番目の彼女でいいから。の書影