境界線上のホライゾン きみとあさまでGTA Ⅳ
第一章『打ち合わせ場所の日陰者達』
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夜の武蔵には、門限時間がある。
基本は夜の十時がそれだ。
夜の九時と九時半には鐘が鳴って、十時には大部分の横町の門が閉まる。
門が閉じたならば、町と町の行き来は出来なくなる。
必要ならば、門の脇の番屋に身分証明と理由を話し、通用門を開けて貰う習わしだ。
ゆえに夜は、人の行き来が少なくなるのが、武蔵の夜の特徴だった。
今、十一時の鐘が鳴った。
人の流れは各艦中央の居住区や、自然区からは消えている。
あるのは、
「外周になる輸送区画の横町と縦町は、輸送関係から、夜も開いてんだよー。身分証明の提示は縦町ごとで済むから、移動の際はこっち使えよ? 孫一」
「手間掛けさせてすまない。元忠」
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輸送関係の大八車や人足が、消えることなく動く外周。多摩の輸送区画にいるのは、鳥居と孫一、そして、
「忠世──、先の方、道通してくれたー?」
「地下三階だろ? とりあえず寄り道無しで通せるようにした」
すまない、と鳥居の横で頭を下げる少女。
魔神族の長銃使いに、忠世は眉をひそめた。
「鈴木・孫一。──言っておくが、あたしはアンタを歓迎しない」
「Tes.、あたしもその意味は解ってます。歓迎される方がおかしい」
「だったらいい」
「いいんですか」
孫一の言葉に、忠世は背を向ける。
「鳥居次第の部分もあるからね。歴史再現や、そこで行う事も含め、今後の武蔵には大切なことだろう」
ただ、
「その後で、アンタ、あたしと勝負しな」
「それで気が済むなら」
孫一が無表情に頷いた。
「それだけのことを、しでかす訳ですから」
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良い度胸だ、と忠世は孫一について思った。
こちらは副会長。
向こうは無役だ。
無論、鈴木・孫一はムラサイと合一した本願寺勢力に加わり、織田に乗っ取られた形となったP.A.Odaと戦闘を繰り返した存在だ。
実力的には、確実に特務級以上。
それであっても、副会長クラスからの相対の申し出に、緩まない。
こちらは三年、向こうは一年と言った学年だろうに。しかし、
……こちらを侮っているわけじゃあないね。
誰であっても、相対を求められたら相手をする。
そういう生活が染みついているということだ。
余程、本願寺での戦闘がシビアだったのだろう。
「Jud.、そういうつもりで行こう。鳥居も文句ないね?」
うん、と、鳥居が小さく笑う。
「ま、やってみないとどうなるかは解らないさ。だけどまあ……」
彼女は、孫一の背から脇に手を回し、抱き寄せた。
え? と孫一が変えた表情は、明らかに不意を打たれたもの。
芸人の”間”というヤツだ。
長銃使いは狙撃も行う集中力の塊だと言うのに、鳥居は、その間を外して簡単に腕を回す。
そして彼女は、孫一の胸を掴み、
「お前、昔から変わってないなー」
「元忠はおかしいです」
それは凄くよく解る。
だからふと、自分は、こちらの知らぬ時代、そこにいた鳥居を知る孫一にこう問うていた。
「コイツの昔、どうだったんだ?」
先ほどからの話によれば、
「元々、同郷だったんだろう?」
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「Jud.」
と孫一ではなく鳥居が応じる声を、自分は聞いた。
「うちは元々、堺でさ。大型重奏領域の砂漠地帯の縁で商人やってたのね。
で、こいつのところは、砂漠の移動商人警護隊。
うちはよく、こいつのところを雇ってた、っていうわけ」
「だが、P.A.Odaが、堺に乗り込んできましたから」
その意味は知っている。
織田だ。
信長の歴史再現として、織田家はあることを行った。
「自由都市であった堺を、支配したんだな」
「そういうことです。うちは家長の父に従い、本願寺に合流して織田との戦闘に入りました。父や兄達は戦死しましたが、あたしは戦力増強の意味もあり、襲名を得て今に至ります」
ただ、と孫一が、歩きを緩めずに鳥居を見た。
「昔から元忠は酷かった」
「どういう風に?」
「平気でポークカレーを食わせてみたり、断食中に目の前で唐揚げ食い出したり、”これ豚だから”って騙してラム肉全部食われたりとか」
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「鳥居、お前クズだろ」
「ハッキリいうなよー! 傷つくじゃないか! 大体、子供の頃の事だよ!? 今だったらやんないよその程度のこと!」
「今、五秒くらいの間にクズポイントが五箇所くらいあったから反省しとけ?」
「反省しとくー」
孫一が信じられないようなものを見る目を鳥居に向けるが、気にしないこととする。
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しかし、でもさあ、と鳥居が横目で孫一を見た。
「こいつ、”一族を侮辱するのか”とか、すぐに無言で長銃構えたりするんだわー」
「そりゃするだろ」
「うん。だから”下が留守だ!”ってパンツ下ろしたりしたっけ」
「お前よくそれで銃殺されなかったな」
「避けたから」
撃たれたのか。
ならいい。
イーブンだ。
しかし、と思う横、祭用の足場を積んだ大八車が通り過ぎる。
「イヤッホウ――!!!」
「イエエ――!!」
「夜ですから静かにしますのよ――!!」
大八車に観光客の客車がトレインされていく。
何気に最後の客の声が一番大きかった気がする。
ともあれ、去って行く木造車輪の音を聞き、自分らはまた歩き出す。そして、
「鳥居は、堺が支配された後、武蔵か」
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あまり昔の事を話さないが、今、彼女の父も母も教員だ。
父は一年生を教えていて、母は小等部を教えている。
鳥居は、歩きながら遠く、武蔵野の方を見た。
「うちは息苦しいの嫌だからって、健在だった爺さんが三河に行くことに決めたんだけど、”鳥居”の名を金とかいろいろで襲名した後、爺さん亡くなってさ。
そして武蔵に移ったら、三河が人払い始めちゃってね。
鳥居の名を放っておくのもアレだから、ボクがその後の代を武蔵で襲名」
そのあたりのことは解っている。
あやかりのようについていた友人の名が”本物”になったのは、誇らしくもあり、また、自分もそうであったが故に、どことなく残念も感じたのだ。
……襲名者はあたしだけの特権じゃないんだって、そんな感じだったか。
しかし、高等部に入って生徒会にも入れば、考えも変わる。正直言えば、
……武蔵にもっと襲名者いていいだろう!
○
「これはどの国でも本音だと思うのですが、武蔵でもそうだったのですか」
『親戚の集まりで忠世から直接聞いたことあるんで、本音やろ』
『アー、直接証言は活かす方向ですねー……』
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……聖連や他国相手の仕事で、権利負けしてたまらん。
昔の自分は己しか見てなかった、と、そんなことを反省としてしばしば思う。だが、
「会うのは、十年ぶりくらいになるのか? 二人とも」
「爺さんの伝手が残ってたから、時候の挨拶やら何やらはいろいろ。砂漠の民は親戚付き合いみたいなもんだしね。世話になった恩は忘れないし」
「恩、か……」
その言葉に、孫一が頷いた。
「──望みは返します」
彼女は鳥居の腕を払い、前に出た。下りの階段、武蔵外の船客が泊まる施設のある多摩地下へと身を向けながら、
「それが砂漠の民の報恩です」
○
「……軽い息抜き的な別シーンかと思ったら、随分と長くなったな……」
『私としては全く知らない世代の話だから興味深いな……』
「武蔵の政治的な歴史の変遷よの。こういう時代があって今が……」
「……今、特殊過ぎないかえ?」
「そういうツッコミ何処かで来ると思ってたよ!!」
「いろいろなものに対する深刻度が違いますよね、今と昔で……」
「と、ともあれ次からはまたシーンが戻って私達の番ですのよ?」
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暗い部屋がある。
布団が三枚敷かれた畳敷きの部屋だ。
入り口側の布団では浅間が眠り、中央ではミトツダイラが髪を被るように浅い俯せで、そして外に面した障子側の布団では、喜美が、
『愚弟、起きてる?』
非発光式の表示枠を掲げ、トーリと言葉を交わしていた。
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……何か、起きちゃったのよねえ。
恐らく、短いながらも勉強中に一息入れてしまったせいだろう。
眠ることも出来たが、最近は浅間神社に泊まり込みが続き、家で寝ていない。
帰宅はしても、荷物を置いて取っていくだけとなっている我が家では、
『愚弟、ここ数日はどんな感じなのかしら?』
『ああ、うん、それがまた、エロゲが捗ってなあ……』
『駄目よ愚弟、私がネタにして面白そうなのは取って置くのよ?』
『うん、対戦系はとっておいてある。あと、もの凄く告白シーンがクドそうなのとか。
泣かせ系は姉ちゃん泣くときあるから率先してクリアしてさ。
さっき、もう俺泣きまくりながらエロいことしてて、人間の業をかんじたYO……』
『タメ作らなくていいから』
Jud.Jud.と向こうが応じる。
しかし、弟は興味本位か、問うてきた。
『そっちは?』
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『Jud.、浅間もミトツダイラも、寝てるわよ? ──見たい? ほら、浅間とか、布団ちょっとはだけて、ノーパンだから脚崩れてなくても裾がもう……!』
『いや、そこらへん、手引きあっちゃあまり良くねえってか、やっぱ現場いなきゃ駄目だろ』
そうねえ、と己は頷いた。
すると弟が、言葉を作って来た。
『怖かったら言えよ? あ、俺にもいいけど、浅間やネイトいるなら、そっちにも』
『大丈夫よ。──逆に、家に戻ったら隣に誰も寝てないのが怖いかも。
眠れなかったら、手、握ってくれる?』
『うん。何だったら、姉ちゃん寝るまでエロゲを横でやってるよ』
迷いのない返答に、僅かな笑みと熱を得る。
これだから、と思うがしかし、
「……ん」
周囲、ミトツダイラと浅間の寝息が聞こえた。
だから自分は、言葉を作った。
『あのね愚弟。意味解らない振りして、ちょっと聞いて』
『うわー、何言われてるか解らねえー』
『その調子その調子』
だけどね、と心の中で前置きして、己は言った。
『アンタ、最近母さんの処に入り浸ったりしてるわね? その理由は聞かないでおいたげる、私も実は、あの状況ケッコー期待してるし、楽しんでるから』
でもね?
『──私達が今持っている大事なものに、不要な迷惑かけたり、裏切ったら駄目よ?
アンタ、王様になるんだから』
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言う。
『ちょっと調べたけど、昨夜あった密輸事件。結局、アンタ一人で捕まったのね。
それって、お仲間をかばったの?』
『うわー、言われてること解らねえ』
それでいい。だけど、
……実際は、こういうことかしらねえ。
『アンタ、お仲間と、昨夜ので縁を切ったんでしょ? 最後の仕事、って言って』
地下の密輸倉庫。
今まで見つからなかったものが、今日いきなり発覚するのは変な話だ。
浅間の言によれば、それは怪異らしき流体反応から始まったのだという。
ならばそれは、と己は思う。
……それは、倉庫の持ち主が故意に発見されようとしたんでしょう?
何のためかと言えば、簡単だ。
弟とは、”別”だと、そう知らせるため。
弟が、”彼ら”をかばって捕まったことに対し、恩で報いたのだ、
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きっと、今日見つかった密輸品は、昨夜のものではない。
恐らく、弟の関わっていないもの。
だけど、”彼ら”は、それを昨夜のものとして、浅間神社に発見させ、弟と昨夜の密輸は無関係とした。
それは、密輸に関係した有力者が、浅間神社に密輸倉庫発見の功を与えた上で、その一件を自分達のものとした、ということだ。
浅間は気づいていないだろう。
しかし恐らく、浅間の父あたりは、あの倉庫を借りれるクラスの権力者と付き合いもあるだろうし、解っている筈だ。
有力者達が認めた上での、取引。
これによって、縁は切られた。
ただ、現場では不都合な動きが生じる場合もある。
特に、倉庫の存在を知らせる下手人が捕まっては意味が無い。ゆえに、
『愚弟? ナイトとナルゼには、よくやったわ。──タルト以外に、一品つけるなんて』
……邪念、ね。
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その呼び方。
あれは、ナイトとナルゼの、どちらが気を利かせたのだろう。
奥多摩の地下に追い詰めた怪異は、自分から見ても人間だった。
中身は不明だが、あの倉庫にあったエロゲの密輸に関する存在だろう。
だからナイトとナルゼは、気を遣った。
きっと彼女達にも、事情が何となく掴めたのだろう。だからあれを邪念扱いとして、よく訳が解っていない浅間に、そう処理させたのだ。
結果、その気遣いは、弟と、恐らく武蔵の有力者を救い、更には、浅間が自分で気づかぬところで彼女を救った。
『浅間が二人の祝勝に、愚弟のタルトを要求したのは面白かったわね』
『よくわかんねえけどさ、姉ちゃん』
『フフ、何?』
『俺さ、高等部入ってからいろいろやってきたけどさ』
うん。
『もうちょっと大きいことやってみてえ』
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弟が、言葉を続けた。
『浅間や姉ちゃんやネイトや、テンゾーやシロやネシンバラとか、もう、周り、いるだけいるやつらに迷惑掛けるような、そんな感じのデカいこと』
犯罪じゃないわね? とは言わない。
縁を切ってきたのだ。ならば、
『謝ったら、駄目よ?』
『あ、うん』
よしよし、と思うが、そうじゃない。
『こら』
言うと、ややあってから、弟が言葉を返してきた。
『あー、わかんねえー。姉ちゃんの言ってる意味、よくわからんけど、どーいうこと』
『そうそう。それでいいの』
何故なら、
『アンタの掛ける迷惑を”しょうがない人”って受け止めてるのに、それが”迷惑だろ、御免な”って言われたら、受け止めた甲斐がなくなっちゃうものね。
受け止めたのは、アンタに謝られるためじゃなくて、あんたが不利無いように、出来るようにするためなのに、それを謝られたら、助けたのに悪い事してる風になっちゃうわ』
だけど、
『礼を言うのも無しよ? それやったら、犯罪を助けたようになっちゃうときもあるから。
”しょうがない人”って受け止める方も、さりげなくやってるんだからね』
『えーと、何の事?』
微妙に、本気で解ってなさそうな気がして、ちょっと怖くなってきた。
だが、自分は思った。
禊祓の泉に入る前の、浅間のことだ。
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……馬鹿ねえ。
彼女は、真っ正面から、弟や自分の事を信じている。
無論、疑問に思う事は忘れていないし、叱るときは叱りもするし、制止も掛けて来る。だからそれは、依存ではなく、
……最後の部分で、信じることに、決めているのよね。
誰かが見捨てても、他の皆が背を向けても、浅間は弟や自分を支えるつもりだ。
それに甘えてはならない。
もしも彼女の支えに甘えたら、こちらの依存が発生する。
彼女は最後のラインで信じてくれるのだ。ならばこちらは、
『──自信を持ちなさい。愚弟。アンタと私と、そして皆は、それだけの過去をもってやってきているわ』
あとは、
『アンタは思い切り迷惑掛けなさい。そして、応えなさい』
『あー。ちょっと俺の話じゃないんだけど、それ、いい?』
『誰の話?』
『チューコ』
『アンタ、女の子にソレはやめなさいよ? 向こうも相当だけど』
だが、
『あの生徒会長が、何?』
『ああ、うん、昨夜言われた。──お前ら、生き方共有してる、って』
言われ、ふと、自分は思った。
……あの女。
弟の持つ領分とそのあり方は、自分達が昔から育んできたものだ。外から、それに関与するような事は避けて欲しいものだが、
……意外と鋭いところを突いてるわね。
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己は、横を見た。
眠っているミトツダイラも浅間も、自分も、それぞれが弟を含みで共有している部分が大きい。
誰が主であるか、というものではなく、皆が自分のやりたいことや性分を進めていったら、そこに弟の望みが重なったり、相性が収まったという感だ。
今、弟はそこに、新しいものを含めようとしている。
誰も持っていない個性。
”何も無い”という彼女を。
「ヘイラッシャイ!!」
「シ――」
静かに、というジェスチャーに頷き、パン屋突撃隊筆頭の姿が消えていく。
「幻覚です」
主張は出来たのでよしとする。
ともあれ自分達の事だ。
『大きくなるわね』
随分と、望むものが大きくなった。
かつて、もう何もかも失われることを望んだときに比べて、随分と大きい。
『でもね愚弟』
『何? 姉ちゃん』
『私、このくらいじゃ驚かないわよ? だって、把握出来るもの。まだまだ高い位置から見下ろしている感じ』
『おお、じゃあ、俺も高望みは忘れないようにしないとな』
『どうするの?』
『あ、うん、明日から新しいバイト入れる。稼ぎがなくなったし、今後は買い専だから』
いきなり小さくなった気もするが、これでいい。
バランスなのだ。
だから一つ、言っておく。
『浅間に、気づかれないように、何か御礼しておきなさい。──いいわね?』
言って、自分は表示枠を消した。
周囲は暗い闇。
怖いと、そう思える青黒い世界だ。
だが、友人の寝息が聞こえる。
弟の言葉も聞いた。
「素敵ね」
己は胸に手を当て、様々な思いを逃さぬように、目を閉じた。
○
「喜美様、……このホライゾンの干渉があって尚、破壊力が御高い……」
「というかここの記録、個人的に保持していいです、……か」
「珍しく自分の欲を出してますわね」
「マーそんな感じで試験最終日前夜? とりあえず終了だねー」
「じゃあ一息入れたら試験最終日ね。まずは私達からスタートだわ」