境界線上のホライゾン きみとあさまでGTA Ⅳ

第七章『離れた場所の行き交い怪々すれ違い』

「──当然さね」


 と、直政が升に口をつけるのをナイトは見た。

 そこから視線をナルゼに移すと、既に彼女は直政の方にそろそろと移動している。

 置かれている膳や重箱を翼で引っ繰り返さないように、背を曲げて行くのは有翼の常だ。

 茣蓙の中心から外に向かって翼を置けるように、直政の横に回り込む。

 すると、


「何さね皆、気になるんかい」


 皆を見渡す直政の、その頬が薄赤い。

 酒のせいではないだろう。

 皆の注目があるのだ。

 その理由は、


「……まあ皆、大体、解ってるわよね。――私達の機殻箒の改造について」


 ……一応、改造して貰ってるのは隠してきたけどねえ。


 状況の流れから、大体はバレているということだ。

 秘密厳守とも言ってなかったので、情報は梅組から外には出ていないだろうが、身内の共有になっている筈。

 しかしそうなると、隠す意味も無いので、


「どんな感じ?」


「ほれ」


 直政が、小さな表示枠を二つ出して、こちらとナルゼに放ってきた。

 手の平で受け取ると、直政がいつもの”つまらなさそうな口調”で言う。


「機関部の共用位相空間ロッカーに入れてあるさ。

 あたしの権限で使ってるけど、結構高くつくらしいから早めに出して持って行きな」


「──礼を言う前に説明が貰えるかしら」


「テキトーさね?」


 と言いつつ、しかし直政が頭を掻く。

 そして彼女が、二枚の表示枠を出した。

 ワイド型、と思ったが違う。

 もっと長い形だ。

 自分達の持つ箒のイメージを二分の一縮小で映したもの。

 その内、自分の箒の方を直政は掲げ、


「聞くさね?」


 聞く。


 ナイトは、直政の言葉を受け入れた。


「いいさね? ナイトの方は、高速域で先端がブレ易くなるっていうから──」


「押さえた?」


「いや、そのままケツのブラシ囲って更に速度がまっすぐ出るようにしてやった。

 ──最高速は上がったろうけど、先端側はもう何の意味もなかろうさ。

 方向転換はフロントグリップに持って来たかったが時間が無い。

 言われた通り安定翼とグリップ兼用のデザインにしたから、旋回は前を掴んで尻でやりな。慣れてるだろ?」


「あ、うんうん、りょーかい」


 うっわナイちゃん強がってる、と思うが、それも性分だ。

 実際、フロント側をヘビーに固めて安定性を採るとしたら、箒自体の出力がかなり必要になる。

 中速域で安全運転を心がけるならありだろうが、


 ……そういうものじゃないかんね。


 移動のために箒に乗っているのではない。

 飛ぶために乗っているのだ。


「格好良い……! 今度何処かで使おう。ナイトママのフレーズ」


「フ、……飛ぶために乗っているのよ」


「早速使ってますわね?」


 観光客がノリノリだ。

 そして表示枠を見ていると、大体の改造点は読み込めた。

 その上で、横のナルゼの箒を見てみると、


「ガっちゃんのは、加速と小回り重視だね。最高速度よりも初速重視」


「私の誘導ラインは敵に近いほど意味があるものね。確かに加速と小回りで絡みつける方が有り難いわ」


「ナイトの方、最高速度って言っても、出力の高速帯はナルゼと大体同じだったからそれに揃えた。

 最大出力帯に入るときはアフターリフレクスってんだっけ? 掛けるんだろ?」


「ブラシ削れるんだけどね。でも……」


 直政の表示枠から、箒の諸元を見ていて気付くことがある。


「……それを使わない限りは、ガっちゃんと等速だったんだ?」


「気づいてなかったのか?」


 言われてみると、確かにそうだ。

 元々、箒で飛ぶこと自体がアナログな技術なのだ。

 術式だって本来は”飛翔用”という扱いで、速度とか出力の絞りや開放などの設定術式も、後発的なものでしかない。

 横、ナルゼが言うには、


「私、いつもマルゴットが合わせてくれてるんだと思ってたわ。結構、先行かれること多いから。……勘違いだったのね」


「あ、ええと、合わせてるのは確かだよ。アフターリフレクスの加速を断続的に入れて速度上げてるから。無い状態で飛んでるとガっちゃんの初速に追いつけないし」


「え? あれもそうだったの?」


 そうそう、と頷いてると、ナルゼが肩を落とす。


「私、マルゴットの箒の性能がいいんだと思ってたわ」


「そーいうもんだよ。

 黒魔術の加速術って、荒っぽいから。箒自体の減衰反発で飛ぶとしたら初速遅くて伸びもないけど、だからって加速術追加すると今度は跳ね上がるから」


 言うと、ナルゼが目を細めて上を見た。

 眉を歪めた彼女は、ややあってから、


「昔、それ聞いた記憶あるわねえ……」


 自分も話した記憶がある。だけど、


「そうだっけ」


「そうよ。言ったわよ」


 ナルゼがわずかに眉を立てた笑みでこう言った。


「私がいつも前に出ちゃうから、速度落とそうか、って言ったら、お尻が見えるからそれでいいって言ったじゃない」


 やばい、それは憶えてない。

 でも実際そうだから問題無い気がするし、わざと速度落として後ろから見たりもするから更に問題無い。

 ついでに言うと、向こうで浅間が酒を吹いたのでよしとする。


 ……ウケがとれたらいっかー。



「オッケ! オッケーです!」


 視線を向けた先で光が空に昇っていった。

 どうでもいいか。

 ただ、直政が、表示枠を指でつついて言った。


「一応こんな風に、言われた通りの改造は入れてみたけど、あたしも魔女系のものは正直不慣れさね」


「機械と術式の複合は、マサやんでもやっぱ難しいかー」


「難しいんじゃなくて不慣れな」


 訂正された。


 直政の訂正を寄越す反応に、ナイトはしみじみこう思う。


 ……うちのクラス、負けず嫌い多いよねー。


 だが、向こうでアデーレが首を傾げた。


「機械と術式の複合って、どんな事なんですか?」


「あー……、説明面倒だからスッパリ行くけど、たとえば箒飛ばすのには補強術式とかもいろいろ兼ねてやってんのね?」


 つまり、とナルゼがこちらの言葉を受けた。


「──素の箒の状態でベスト、っていう風に術式を組んでる訳」


「ああ、成程」


 アデーレには合点が行ったらしい。

 流石は機動殻の補修をやってるだけはある。浅間も同じように頷いているが、横の喜美はかなり怪しい。というか雰囲気じゃないかなアレ。

 だが、首を傾げたのはミトツダイラだ。


「どういうことですの?」


「Jud.、ナイちゃん達は箒を素の状態で術式によって改造するエキスパートなのね」


 そして、


「マサやんは、箒を素の状態から機械くっつけたりして改造するエキスパート」


 だけど、


「ナイちゃん達、機械よく解らないんだコレが。マサやんも、えーと」


「不慣れ」


「そうそう、そんな感じ」


 だから、と己は言った。


「両立するのは凄く難しいわけ」


「そうでしたの。……でも、術式も機械の方も、どちらも数値など検出してそれぞれ調整してる訳ですのよね?」


「空飛ぶってのは結構不安定なことなのよ、ミトツダイラ。

 方向制御のバランスだって、私達にとって未だに予想外のことが生じたりするし、天候や気流でも全く違う。

 平らな道をまっすぐ行くんじゃなくて、どちらかというと、すぐにでも吹っ飛んでしまいそうなものを技術でまっすぐ前に飛ばしてる。そんなようなものなのよ」


 言いつつ、ナルゼが自分の羽箒の映った表示枠を掲げる。


「私達の方でも数値関係は提出してるわ。

 直政の方ではそれを付き合わせて、最適な部品など組んでいる筈。

 だけど、それが実際に私達に合うかはこれからの調整次第ね」


「前後の重心くらいはしっかりとっておきたいなあ」


 それが出来ていれば、とりあえずはまっすぐ飛べるし上昇下降も可能だ。

 と、ミトツダイラが首を下に振った。


「大変ですのね」


「いやいや、大変とか言ってられないってか、避けられない道だから。──でも、この両立をしっかりやってるところがあるわけ」


「それは?」


 狼の眉が、僅かに立ったのをナイトは見た。

 やはり騎士は悟るのだろう。強敵という存在の、その理由を。

 だから己は言った。自分達が次に届かせる手の行き所を、口にする。


「”見下し魔山”」


 ハイディは、ナイトの言葉に酒を飲む手を止めた。

 今までは、浅間の酒を”どうやったら安全に商品に出来るかなあ”などと、この時期いつものネタを考えていたのだ。しかし、


 ……ふーむ……。


 ハイディさんとしては大ネタどう扱おうか、自分に興味あるなあ。

 ”見下し魔山”というブランドを知らぬ己でもなければ、その武蔵内テスターの山椿を知らない訳でもない。

 配送業の序列一位という”山椿”。


 ”山椿”は、高速配達によるメッセンジャーをこなしている。

 運ぶ物品は、手紙や書類だけに絞り、それ以外のものは運んでいない。

 一見すると、軽い仕事だ。

 だが、その配送には定評があり、高額でもある。 

 高値の理由は、高速である事もだが、安全だということだ。

 無論、”山椿”が安全運転をしているということではない。

 彼女に任せておけば、荷物が”絶対無事に送り元へと到達する”ということだ。


 ……企業戦闘とか、国家間の諜報活動とか、武蔵内でもあるものねえ。


 ”事故”は時折生じるものだ。

 そういったものを、”山椿”という運び手はくぐり抜けてきている。

 彼女の保っているものは、地位だけではない。

 武蔵内の配送業という、組織のプライドであり、顔役でもある。

 だとすれば、もしここで、ナイトとナルゼがその番付を覆すなら、


「────」


 うわーめんどい、というのが素直な感想だ。

 配送業内の序列変動なので、”山椿”を頼る企業や国家、他の顧客にとって、その信頼感はあまり揺らぐところがないだろう。

 だが、彼女の”強さ”によっていたものは、大きく瓦解する。

 つまり”山椿”を用いることを、自分達のブランドとしていた顧客は、次の序列一位を頼り、冠に飾り直すことになるわけだ。


 ……だとしたら……。


 ”山椿”の顧客って、どんだけいたかなあ、とハイディは検索を掛ける。


「ほーい」


 とハイディが手を挙げるのを、ナルゼは半目で見た。

 ”山椿”と自分達の勝負に関する事で、何か商売を思いついたのだろう。

 だから己は、ハイディに対して一つ頷いてこう言った。


「──お断りだわ」


「そ、そこを何とか!」


 通じてるのかよ、という直政のツッコミを横に置いて、自分は言う。


「どうせ序列一位になったときの、私達への配送依頼権とか口利きとか、そんなものを欲しがってるんでしょう?」


「そりゃもう! うちが宣伝担当とかするよ! 手広く行けるよ!?」


「いや、いいわ、評判落ちるし」


「あっれ? ちょっと待って欲しいなあ」


 ハイディが首を傾げた。


「うちが他人の評判落とすようなこと、したことあったっけ? 信用毀損で訴えるわよ!」


「無茶苦茶評判落としてるよ!」


 皆にツッコミを食らった商人は、即座に泣き真似を始めた。


「そ、そんな皆で……。い、今、うち、経営厳しいのに……」


 解りやすすぎる。

 なのでこちらは、吐息をつけて商人に言っておく。


「先日に、小西商会から港停めた分のお金、貰ったでしょう?」


「え!? そんなこと言ったっけ? 聞き間違いじゃないかなあ!」


「鈴」


 声を向けると、鈴が頷いた。


「ん。言った」


 ハイディが後ろにぶっ倒れた。


「ッキショー!」


 ホントに解りやすいが、この商人、現場でもこうなんだろうか。


 だが、ふて腐れた商人が横向き寝の姿勢になると、そのまま表示枠を開いて通神を始める。


「いいもんね。”山椿”の顧客関係で、その人がミスったときに何か儲けられるような手を探して打っておくから」


「相手のミスを頼りにした商売は上手く行かないものよ」


「上手く行かせるのが商人だもん」


 と表示枠を操作している声には、既にネガなものはない。

 何か興味のあるものを見つけて動き出しているのだろう。


「逞しい話だわ」


 言うと、横で箒改修の表示枠を見ていたマルゴットが振り向く。

 彼女は、珍しく眉を浅く立て、こちらを諭すように、


「あのね? ガっちゃんも結構逞しいよ?」


「そうかしら」


「うん、落ち込むけど、そこからの反発が高くて、真面目だから結構危ないときある」


 言われてみるが、思い当たる節がない。

 だとすれ、


「真面目なのは頷くわ」


 皆が半目でこちらを見たが、気にしない。


「言っておくけど私は真面目よ。ちゃんと同人誌では三ページ以内に合体に入るし、オチもつけた上で後書きも忘れないから」


「ガっちゃん本気で逞しいよねー」


 褒められてるのだと思う事にする。

 だが、自分達がどうであるかの証明はこれからだ。

 目の前にある表示枠の中身は、大体目を通した。


「マルゴット、どう?」


「んー、正直、乗ってみないとよく解らないかな」


「マニュアル読まない派だものねえ」


 それでよく加速を爆発させるような黒魔女の飛行が出来るものだと思う。

 が、マルゴットに言わせれば、


「アドリブ強くないと逆に乗りこなせないんじゃないかなあ」


 とのことで、だとすると真逆の自分とは相性がいいのだろう。

 ならば、と、直政から受け取った開放術式の表示枠を手に、ナルゼは言った。


「じゃあ、ちょっとマニュアル確認したら、出すわよ?」


 涼しい、といえる空気は、高い位置から下に吹く。

 教導院の階段下は、淡い風が長い木造階段を通路として下って来る。

 そういう場所だ。

 夜の始まった武蔵上。

 教導院の正面にある階段下には、幾つかの影が集まっていた。

 黒の制服を上と下も短めの設えで着込むのは、


「はい、第一特務麾下、夜警の打ち合わせするから集合ー」


 第一特務、渡辺・頼綱、という腕章をつけた黒髪の少女の手前、男女ともに居住まいを正して座った学生達が振り向く。

 渡辺以外、誰も彼もが両膝着きで、しかし踵を上げている。

 何時でも即座に動ける、という正座だ。

 そんな皆に、渡辺は頷き、


「はい、じゃあここに来るまでで、何か変なことありました?」


「Jud.」


「はい、点蔵君。どうしたの? クロスユナイト先生がまた何かした?」


「あ、いや、うちの馬……、クロスユナイト先生は、家を出るときに見たら”合法ハーブの作り方”と書いた紙を片手に床の上で白目と歯を剥いた笑顔で倒れて御座ったが、まあ平常運転なのでいいで御座ろうかと」


 渡辺は頷いた。


「番屋呼んだ?」


「最近は”またですか。御家族で処理して下さい”とか言われるもので……」


「んー。一応呼ばなきゃ駄目ですよ? 累積で牢に叩き込むことも可能ですから」


 はあ、と頭に手を当てて頷く点蔵に、渡辺が促しの首傾げを送る。


「──で、何があったの?」


「Jud.、ここだけの話に御座るが、大須賀副長とうちのクラスの御広敷が一緒に番屋に」


「ああ、屋台の中で本気の殴り合いしてたとかで、うちにも通報来てました」


「そうで御座ったか。──総長も一緒というのは本当で?」


「あ、うん。二人が殴り合ってる間に、スカートとレジの中身を取り替えようとしてて現行犯。

 ”物々交換だよ!”って言い張ってるみたいね」


 静かになって、俯いた皆に対し、渡辺は言う。


「生徒会は結構まともだけど、総長連合の役職系でまともなのはうちだけですから、皆はそのあたりを自覚の上で動いて下さいね?」


 と、そう言って、渡辺が右の手を肘から挙げた。

 そして笑みの口を開き、


「──滝」


 告げた瞬間だ。

 皆が、一斉に眼前へ己の表示枠を展開した。それも小型。両目の間ほどの大きさで、非発光型だ。

 合い言葉による指示にて開かれる、隠密用、または極秘情報の展開用表示枠だ。


 点蔵は、透過薄墨スケールで描かれる表示枠を見た。

 そこに描かれるものは、薄墨階調のものだが、一階調ずつ、実際の色が仮想で割り振られている。

 第一特務麾下たるもの、透過薄墨の表示を見た瞬間に、それを脳内でフルカラー把握出来なければならない。しかし、


 ……これに慣れると、薄墨印刷の同人誌が読みにくくていかんで御座る。


 描く側はこちらの階調割り当てなど知らないし、自分達も慣習づいているので、ふと見ると脳内知覚によって緑色や真っ赤な肌だったり、青と黄色のストライプに変換されてしまう。

 アレとかソレとか、男ビームが、ピンクや青に見えたときの恐怖たるや。

 やりにくいで御座るなあ。


 ……しかし、フルカラー同人誌は贅沢の要求に御座るから、やはり自分はエロゲ派。


 思いつつ、己は腰を落として画像を見る。

 そこに映っているのは、


『──”山椿”』


 渡辺が、忍術としての小声で言う存在。

 点蔵は彼女を知っている。

 配送業の序列一位。

 ”見下し魔山”の現武蔵内テスターだ。

 現在、ナイトとナルゼが二位になったので、二人は”見下し魔山”のテスター権を懸けていずれ彼女と勝負する筈だ。

 ゆえに自分としては、彼女達の援護となるように、”山椿”についてある程度の情報を調べているのだが、


 ……ナルゼ殿が、それを欲するとは思えぬで御座るがなー。


 ナイト殿なら受け取ってくれるで御座ろうか、と、そんなことを思いもする。

 だが、


『基本、魔女達の戦闘行為は武蔵内の航空法、市内警備法に反しています。

 彼女は学生ではありませんから、戦闘行為の正当性は正当防衛以外にありませんからね。

 配送業内の序列争いとは言え、市内の警備を行う総長連合としては、放置出来ません』


 渡辺の声と共に、”山椿”の画像が変わる。

 それは、機殻箒を構えた姿勢の彼女で、


 ……輸送艦を撃ち抜いたので御座るか。


 理由は解らない。だが、


『以前に、M.H.R.R.側の企業帯の輸送艦が”制御不能”になったのを、彼女が撃沈したことがあったわね。

 下で小西さんの大型輸送艦が受け止めたので大事にはならなかったけど、あれと同じようなことを勝手にされると、総長連合としてはメンツもありますので』


 点蔵の右、三年の女子が手を挙げた。

 彼女は立ち上がり、


『法基準が前に出るなら、第二特務麾下の特務隊が出るべきでは? 私達は諜報が基本です。

 荒事は別件解釈かと』


『第二特務麾下は安芸の方に出て、祭関係の折衝中ですからね。

 当分、向こうの警備です』


 ああ、と近くの仲間がつぶやいた。


『K.P.A.Italiaとしては、うちが劇場艦で武蔵の大規模怪異祓いをやるなら、それが失敗するように戦力奪っておこうってだ』


『政治的な取引ですよ。──上手く行けば、他国の介入無しで、武蔵の力を外に見せることが出来る訳ですからね』


 そして、と言った渡辺の言葉を、己は聞いた。


『──覚悟も、見せられるかと』


 ……覚悟?


 渡辺の告げた小さな台詞に、すぐ頷く者はいなかった。

 覚悟という一語。

 それに対しての説明はない。

 だから皆は、個々の解釈を用い、ようやくという間を置いてから応じる。

 誰も彼も、渡辺に視線を向け、


『──Jud.』


『そうそう、あまり深く考えないでね。でも、この”山椿”さんと、うちの学生さん二人組が、近いうちに戦闘する可能性があるわ。

 ──点蔵君』


『あ、Jud.』


 立ち上がる。


 ……まあ、尋問タイムで御座るなあ。


 ある意味、今から自分は覚悟だ。

 心を決めて、誰のことであろうとも包み隠さず情報を伝えておかねばならない。

 そう、たとえ仲間……、仲間で御座るかなあ、どうで御座るかなあ……。う、ううむ……。


「落ち着きましょう、点蔵様」


「ま、まあ、確かに」


「Jud.、落ち着いていれば点蔵様も人並の判断力を発揮出来ますとも。ええ。ではこれにて。おっと、御礼は不要です」


 と、こちらの肩を一回叩いて青雷亭の新人が去って行く。

 それを見送ったこちらに対し、渡辺が声を掛ける。


『どうしたの点蔵君』


『あ、いえ、非常に難しいもので御座るなあ、と』


 まあまあ、と渡辺が手を小さく前後に振る。その上で、


『点蔵君の知り合いである二人。彼女達の戦闘に関する能力は、先日の隠竜戦や、このところの早朝に行われている自主訓練などでも見えているわ』


 薄墨の画像で、遠方から撮影された二人と、ウルキアガの航空戦闘訓練が示される。


 ……ウッキー殿、意外と俊敏で御座るなあ。


 二人が飛ぶのは見慣れてるが、ウルキアガは珍しい気がする。しかし、


『──戦闘関係については、各自画像を見て判断出来るわね? だったら点蔵君、ちょっとまあ、それ以外の情報が聞きたいのよ』


 たとえば、


『二人が良く立ち寄る場所……、たとえば御店とか、何処?』


 浅間は、点蔵からの通神文を受け取った。

 今、浅間神社は結界を閉じているので、やってくる通神関係は自分を一度通すのが決まりだ。だから宛名を見て、


「ええと、ナイト、ナルゼ? ──点蔵君から通神文です」


 はあ? とナルゼが眉をひそめた。


「何あの忍者。金髪巨乳好きだからって、マルゴットに色目使ってんの?」


「あー、ガっちゃん、テンゾーをネタに同人誌描くのやめようよ」


 あのさあ、とナイトがこちらを見た。


「通神文の内容、読んじゃって。変な空気漂ってると嫌だし」


 あ、はい、と浅間は頷いた。

 そして浅間は、点蔵から来た通神文をそのままに読んだ。


「──”お二人がよく行く店は何処で御座る?”」


 点蔵は、即座の返信を見た。

 その内容は、ローカルの実況通神をこちらに繋いだもので、リアルタイムに、


『テンゾー、アンタ、スミケシ無しでいいわね?』


『わあお、下から』


『──点蔵君、勇気と蛮勇は違うと思うんですよ』


『待ったー! 何か、何か変な方向に打球が!!』


『ククク、じゃあどういうことか言って見なさい? ハイスタート!』


 己は考えた。ここは事実を言うしかない、と。


『──今、第一特務会議で、武蔵の保安のため、お二人の位置などを知っておいた方がいいと、そういうことに御座るよ!?』

刊行シリーズ

GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン NEXT BOX GTAきみとあさまでIV【電子版】の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン NEXT BOX GTAきみとあさまでIII【電子版】の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン NEXT BOX GTAきみとあさまでII【電子版】の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン NEXT BOX GTAきみとあさまでI【電子版】の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン NEXT BOX GTA喧嘩と花火の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン NEXT BOX GTA縁と花【電子版】の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン NEXT BOX GTA祭と夢【電子版】の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン NEXT BOX GTA狼と魂【電子版】の書影
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GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン NEXT BOX HDDD英国編〈中〉の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン NEXT BOX HDDD英国編〈上〉の書影
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GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンX<中>の書影
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